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46.天翔る憎悪

 人の注意が自分からそれたのを、地上の竜は見逃さなかった。邪魔が入らないうちに今度こそ飛び立つ。


 天馬達が反応して追おうとするが、一頭から二頭に増えると、どちらを突撃対象にするか判断に迷うようだ。乗り手達も次の動きに戸惑ったが、「総員待機!」と声が響き渡るとほとんど反射的にそれに従う。


 指示を出したのはユーグリークだ。敵が増えて興奮し、首をブンブン振り始めた愛馬をなだめながら、飛び立つ竜を目で追う。


 ともすれば合流を見逃したかに見える行動は、すぐに巻き添えを避けるためのものだったと知れる。


 同じ姿の二頭は互いを視界に捉えると、明らかに相手を威嚇する声音で吠え合った。空中を旋回していた方が、上がってくる方を迎え撃つようにくるりと向きを変える。


 迷いなく飛び上がった方は、空中の竜にその勢いのまま突っ込んだ。二竜は空中でそのまま組み合い、互いに相手を鋭い牙や爪、よくしなる尾で傷つけようとする。

 同じ姿の彼らがぶつかり合うと、もうどちらがどちらか、人間には見分けられそうにない。


 ――いや。すぐにわかりやすい区別がついた。傷が増えていくのが片方だけなのだ。

 深手を負うと、血が流れ出す代わりに、黒い煙のようなものが傷口から吹き出す。一つ、二つ――三つ目の深い傷を首に受けて、劣勢の方が悲鳴を上げた。


 がっちりと相手の首に食らいついた方は、そのまま地面に向かって突き進み、再び飛行場に向かってくる。竜同士が争い合う姿に固唾を呑んでいた騎士達が、巻き添えにならないように天馬を走らせる。


 今度は二頭の竜が飛行場に着陸した。正確には落ちた方と落とした方。だが二頭のどちらもそれ以上の動きを見せる前に、彼らが降り立った地面がぱっと光り輝く。上から見下ろせば、飛行場に巨大な魔法陣が出現したことが見て取れた。


「わざわざ降りてきてくれて助かったわい!」


 どうやら賢者は、この間に竜を捕らえる魔法を編んでいたようだった。彼の連れているカラスが放たれた矢がごとくまっすぐ素早く飛んでいき、傷がない方の竜の体に吸い込まれていく。触れたかに見えた瞬間、カラスの姿は溶け、代わりに光の鎖が無数にあらわれ竜の体を拘束する。


 魔法の鎖に戒められた竜は忌々しげに吠えた。先ほどまでと異なり、その赤い目には敵意がありありと宿って見える。踏みつけられている下の方の竜はぐったりと地面に伸び、大きな胸を上下させていた。


 直感的にわかる。優勢な方が後から来た竜で、傷を負い地面に伸びている方が先にやってきて賢者と言葉を交わした竜だ。


 そして更にエルマは、今傷ついている方が自分の元に何度もやってきた方だ、とも感じていた。同じ姿の二頭だが、その危険性の差は明らかだった。


 赤い目はまず忌々しげに賢者を見つめ、周囲の騎士達を見つめ、白い天馬で一度ピタリと動きが止まる。


「――――」


 化け物の目から、刹那害意が消えたように見えた。だが直後、大きく吠えた竜はまた何かを探すようにぐるりと辺りに首を回し、ある一点に目をとめる。


 エルマは自分に注意が向いたのを感じた。そしてすぐに、ありったけの敵意が向けられるのも。


「――――!」

「エルフェミア嬢!」


 エルマの目の奥に鋭い痛みが走った。崩れ落ちる彼女にヴァーリスが手を伸ばす。


 ――それからのことは、あっという間だった。


 二竜を囲うように周りに氷が出現した。地面から生えた壁は中心に向かって閉じていき、半球を形成する。


 完全に氷に閉ざされる前、鎖で戒められた竜は足蹴にしたままのもう片方に食らいついた。ひときわ大きな煙が湧き出す――すると煙に腐食されたように戒めの鎖にヒビが入る。


「いかん、飛ばせてはならん!」


 老人が叫んで杖を構えるが、竜が乱暴に首を振るとバキンと音を立てて拘束は砕け散った。間髪入れず、竜は空に飛び立とうとする。


 そうはさせまいと、天馬達が駆けていく。すると竜は素早く中の一騎に狙いを定め、かっと口を開いた。


「殿下!」

「――かわせ、シーカーン!」


 標的に選ばれた黒銀の天馬はただちに逃げようとするが、竜の攻撃が届く方がわずかに速い。翼を焼かれて馬体が傾き、乗り手と共に落ちていく。


「……っ!」

「ガリュース!」


 人馬を包み込むように風が吹いた。倒れたエルマを抱きかかえながら、ヴァーリスは弟のいる方に手を伸ばしている。風に包まれてゆっくり地上に降り立つと、ガリュースはすぐに飛び退いた。乗り手が離れると、シーカーンの膝ががくりと折れ、倒れ込む。


 氷魔法の達人がそちらにわずかに気を取られた間に、竜は閉じきっていない氷の壁から空に抜け出した。ぐんぐんと飛翔を続け、あっという間に空へ吸い込まれる。


 白馬を駆けさせ、ユーグリークがその後を追う。後にまだ残っている二名の騎士が続いた。


 飛行場には閉じきった氷の壁と、その中で倒れ伏す竜が残される。黒い煙が吹き出し続ける体は、それに伴ってどんどん萎んでいき――やがて氷の中で姿を変える。


 巨大な竜は、人間に形を変えた。

 長い髪は黒、肌も浅黒く、身にまとう布も、まるで全身の黒い鱗を模するかのような暗い色。翼と角、尻尾は消えた。背はあまり高くなく、若くて中性的な顔立ちをしている。


 人の姿になっても、傷を負った箇所は黒ずみ、相変わらず煙がぶすぶすとくゆっていた。だが竜の姿の時よりは量が少ない。ゆっくり体を起こしたそれは、徒労感をにじませながら氷の壁に近づいていき、中の様子を窺う老人に向かって口元をゆがめる。


「今の、にんげんの敵。わたし、にんげんの味方。わかったですか?」

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