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24.魔物の腹の中2

「何の本か伺っても大丈夫?」


 ネリサリアに問われ、エルマは少し考えてから、本の表紙を彼女に見えるようにする。黒い目が表題を追い、きらりと輝いた。


「幻獣――では、エルマ様も天馬にご興味が? わたくしも憧れます、王侯貴族でも限られた人だけが騎乗できるのですもの。ジェルマーヌ公爵家には、とても美しい白馬がいるのですよね。天馬って普通の馬より派手な毛色が多いらしくて、白馬は逆に珍しいとか」


 ネリサリアは天馬に興味があるようだ。エルマが調べようとしていたのは竜なのだが、なぜ興味を持っているのか突っ込まれると事情を隠しながらの説明に少々手こずりそうである。天馬はエルマも好きだし、このまま流れに同調することにした。


「ええ、フォルトラという名前で。わたしも何度もお世話になっています」

「まあ、羨ましいわ……乗ったこともあるの?」

「はい。とっても良い子ですよ――」


 共に興味のある話題で盛り上がっていた二人だが、ちょうど通りがかった人が「ここが図書館であることをお忘れなく」と言いたげに咳払いしてきた。令嬢達ははっと黙り込み、それから互いに忍び笑いを漏らす。


 ネリサリアは内緒話をするように口元に手を当て、ひそひそ声で話しかけてきた。


「ねえ、お昼はまだ? わたくしね、今日は多めに休憩時間をいただいているの。よろしければご一緒にいかが?」

「ええ、是非――!」


 快諾すると、伯爵令嬢も嬉しそうにニコニコしている。


 あまり押しが強すぎるのは苦手だが、リードしてもらえるならありがたい。ネリサリアはほどよく積極的で、非常にペースを合わせやすい相手だ。


 折角なのでまた本を借りてから、図書館の外に出る。

 お招きに預かったのはネリサリアの部屋だ。彼女は上級侍女なので、城内に私室があるらしい。ちょっとした休憩スペースという広さだが、柔らかな暖色で上品に彩られた内装は、部屋の主の明るさを表しているようだった。


「ちょうど晴れているし、バルコニーでいただかない?」

「素敵」


 お誘いに乗ると、ネリサリアはメイド達にあれこれ言いつけてランチの会場を整える。


 もてなされるだけで何もしないのはちょっとそわそわしたが、ゲストに招かれたら今度は相手をお招きすればいいのだ。エルマは余計なことはせず、ただしネリサリアや手伝ってくれたメイド達に感謝の意を告げることは忘れない。


 ふわふわのオムレツを囲んで、令嬢同士の会話はとても盛り上がった。

 というより、ネリサリアが聞き出し上手なのだ。エルマは普段相づちを打つ側に回ることが多いが、興味津々にあれこれ尋ねられれば自然と口数も増える。


「加護が目に見えるって本当? どんな感じ?」

「天馬に乗って空を飛んだの!? 怖くない? 障害を飛翔するのとどう違うの?」

「まあ、賢者様ってそんなことをなさっているの? お花を咲かせる魔法……ふふ、面白い。そういうものもあるのね」


 気がつけばあっという間に、デザート及び食後のティータイムである。

 初夏の屋外で味わう氷菓は、ほどよく体を冷やしてくれてとてもおいしい。


 エルマがほっと息を吐き出して目を上げると、ネリサリアも同じようにしていたらしい。クスクス笑い合って、まるで少女の時代に戻ったような気がした。


「お話しできて嬉しいわ。こっそり言ってしまうけれど、あなたに近づきたい人って大勢いるのよ。でも……ふふ、あれだけ閣下に睨まれてしまうとね、遠慮してしまうわ。あの閣下が熱愛なんてって思っていたけれど、本当にずっと離れたくない! ってご様子なのですもの」

「う……お恥ずかしい……ユーグリークさまは心配性なんです。わたしが頼りないせいもあるのでしょうけど……」

「あら、良いじゃない。わたくし、仲のいい人の話を聞くの、大好きなの。自分も幸せのお裾分けをしていただいたように思えるもの」


 ユーグリークのことを話題にされ、エルマは顔を赤らめる。ネリサリアはうっとりして、ますます聞き出そうとする意気込みのようだ。ただ、他人の幸福を素直に喜べるのは、良い意味で貴族令嬢らしい性質に感じられた。


 ひとまずお茶を口に含んで小休止を入れたエルマは、男女の話と言えば……と、ネリサリアに聞かねばならなかったことがこちらにもあったことを思い出す。


「そういえば、ネリー様はスファルバーンさまとお知り合いなのですか?」


 ――途端に形勢が逆転した。

 今まで明るく快活で余裕と自信に満ちた令嬢そのものだったネリサリアは、エルマが声をかけた瞬間、危うくカップをひっくり返しかける。


「だ、大丈夫ですか!?」

「え、ええ! ごめんなさい、とんだ粗相を……」


 幸い、未遂に終わって被害はなかったようだ。ほっとしたエルマが再び伯爵令嬢を見れば、なんと彼女の顔まで髪と同じような赤色に染まっているではないか。


「ど、どどど、どこでその話を……ひょっとして、スファルさ――いえ、スファルバーンさまから、何かお聞きしたの? わたくしのこと、何か言っていた?」


 急にどもり、もじもじと手をすりあわせ始めたネリサリアの様子に、エルマは「おや……?」と思いながらも、つとめて平静を装う。


「いえ、お兄さまのベレルバーンさまが、あなたとお会いしたと言ったら、昔スファルバーンさまとご縁があったと仰って」

「そう……スファル様は覚えていらっしゃらないのね」


 途端にネリサリアはしゅんとする。


 無意識かもしれないが、今彼女はスファルバーンの愛称であるスファルの方で呼んでいた。エルマも従兄弟達と最初に会った時は「スファルバーンさま」ときちんと呼びかけ、「スファルさま」と言うようになったのはある程度仲が深まってからだった。


 一方でネリサリアはファントマジット家の親族でもないが、随分自然に短いあだ名の方を口にしている。


「もしかして、ネリーさま――」


 つまりはそういうことか、と確認しようとした瞬間、ネリサリアはさっと顔を青くし、椅子から立ち上がってしまった。


「だめよ! ええ、あなたとはお友達になりたいし、色々聞いたわ、聞き出しすぎたかも。でもね、だめ……許して! 今すぐに話題にするには早すぎるわ。お願い、それ以上聞かないで!」

「ええ、わかりました、わたしからは聞きませんから」


 両手を合わせて必死に懇願されては、それ以上の追及なんてできない。エルマは相手の勢いに釣られて返した後、咳払いし、改めて微笑みかける。


「では、そちらのお心の準備ができましたら、お話ししてくださいな。今日はわたしのお話をたくさん聞いてもらったのですもの。今度はあなたのことをたくさん聞きたいです」

「そ、そうね。今度ね……ごめんなさい、一瞬失礼させていただきます!」


 ネリサリアは小走りに去った。一瞬という言葉を挟んだなら、帰ってくるつもりがあるということだろう。火照った顔を冷やしにでも行ったのだろうか。


 エルマはのんびりと紅茶の残りをいただきながら、思いをはせる。


(スファルさまは吃音癖もあって内気だけど、わたしを守ろうとガリュース殿下に立ち向かおうとしてくださったこともある……芯は強い方。ネリサリアさまも、昔そういう姿を見かけたことがあったのかしら?)


 何しろ奥手で、少し前までまともにダンスを踊ることすらおぼつかなかった従弟である。思いがけない春の気配に、エルマの気持ちまでなんだか浮かれてきてしまう。


(ネリーさまは素晴らしいご令嬢に見えるし、積極的で明るくて……その上であんな風に、素直な可愛らしさもあって。お似合いに思えるけど、どうかしら……)


 貴族の世界は狭いとは聞くが、女性の友達ができたと思ったら、ひょっとしたら親族になるかもしれないなんて。


 魔法伯家に帰れたら真っ先に祖母に話そう――とか考えていたら、ご令嬢が戻ってくる気配がした。


「ネリーさま、本日は――」


 そろそろお暇の時間だ、お昼の礼を述べようとしたエルマは、はたと言葉を切る。


 椅子に腰掛けず、エルマの脇までやってきてじっと見下ろしたネリサリアは、エルマの態度に感心するように目を細めた。


「するどい。変化すぐ見抜く、いい傾向です」


 ――その瞳に、怪しげな赤い光がきらりと走った。

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