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23.魔物の腹の中1

(ど……どうしよう……)


 その日のお昼時、エルマは呆然としていた。


 手にしているのはタペストリーだ。

 先日、従兄弟達が持ってきてくれた、加護戻しの依頼の品だ。曰く、とある商家が「これを飾っておけば家が守られる」と先祖代々受け継いできたものらしい。


 たわわに実る果樹園と、豊かな実りを享受する動物達、というような絵が織り込まれており、確かになんとなく縁起物に思える。


 しかし、最近はどうもそのありがたい効果が切れてきたのではないか。

 具体的に言うと、家族が怪我や病気に悩まされたり、商売がいまいちだったり……祖父母の代にはこんなことはなかった。

 なので、消えた加護をなんとか戻してほしい……といったような依頼内容であるらしい。


 喪失した加護を復帰させる、まさしく典型的な加護戻しの対象である。現物を目にした瞬間、エルマは「見慣れたものね」と感じた。


 では一体何に驚いているのか。


(は……早すぎる。直るのが……!)


 そう。初めてのパターンだ。

 今まで、ぱっと見ただけでは加護の直し方がわからず、元の形の解明に手こずったり、補修の仕方に悩んだりしたことはあった。


 だが、見た瞬間に頭の中にすぐ完成形も過程も勝手に浮かんできただなんて……失敗するよりはいいのかもしれないが、なんだか我がことながらちょっとあまりにスムーズに行きすぎて気持ちが悪く感じてしまうのである。


(わたしは作業に集中すると、お父さまが歌っていたのと同じファントマジット家に伝わる子守歌を口ずさんでいるらしいけれど……その暇がなかったわ。本当に、文字通り触れただけで戻せてしまった……)


 ごしごし目をこすって見直してみても、目の前にあるのはすっかり加護が復活したタペストリーだ。この様子なら、商家はまたしばらく安泰だろう。大きく息を吐き出したエルマは、釈然としない思いを抱えつつも、いったんは依頼品を畳む。


(うまくいっても半日はかかると思っていたのに……また時間が余ったわ。まだ午前中だもの)


 今日は賢者にも、加護戻しの依頼に取り組む予定を伝えていた。そのため老人は出かけており、この唐突なパワーアップ現象について尋ねることもできない。


 ――となれば、資料漁りの続きをするべきなのだろうか。


(ガリュース殿下におすすめしていただいた本は、確かにこの国の歴史について述べていたけれど、全体を包括的に説明するようなものだった……そうではなく、もう少し建国時、それかその前辺りに詳しい本が欲しい。いえ、それとも……竜のことが知りたいのだから、歴史と言うより生き物の話になるのかしら……)


 ウィッフィーと共に今一度図書館にやってきたエルマは、受付に読み終わった分を返却すると、今回はまずさっと辺りを見回す。


 ……ガリュースの気配はない。安心するような、ちょっと残念なような。


 ともかく、この間とは別の棚を見てみることにした。


(ええと、竜、竜……この辺りかしら?)


 なんとなく前回探した歴史の棚を離れ、生き物についての本が固まっていそうな所にやってきた。

 きょろきょろ見回すと、ちょうどふと『幻獣記』というシンプルな表題が目にとまる。手に取ってぱっと中を確認すると、竜のことについても触れているらしい。


 ウィッフィーを抱えている都合上、そのまま立って読むのは大変で、エルマは近場の椅子まで移動した。図書館にはあちらこちらに椅子も机も置いてあり、気軽に本を開くことができる。早速痛まないように注意しながらも本を広げ、ページに目を落とした。


 ――今は亡き竜種。四つ足に二つの翼を持ち、強靱な鱗に守られ、空を飛翔する幻想生物。この世で最もおぞましく、美しく、そしておそらく人に最も近いもの。


 書き出しはそんな調子で始まっていた。エルマは続きを目で追っていく。


 ――そもそも、この種は幻獣、幻想生物と呼ぶべきなのか? なるほど姿形は獣の王そのものだが、性質は我々が知る一般的な獣と随分異なる。


 ――竜種は繁殖しない。成長もしない。彼らに親は存在しない。強いて言うならば、我々人間が自然、精霊、神等と呼ぶものがそれにあたる。


 ――彼らはある日発生(・・)する。暴風の中に、雷の中に、猛る炎の中に、深い水の底に。完璧な姿を持って、この世に生み出されてくる。人間の赤ん坊とまるで対照的なことに、生まれた時点で完成しているのだ。


 ――ではその成長することもない生き物のような何かの発生した目的とはなにか。


 ――殺し合いだ。


 ――竜種は他の竜種を殺すために生まれてくる。その過程でどれだけ他種が迷惑を被ろうと滅びようと関係ない。


 ――お前を殺すものを殺せ。お前を殺す相手と巡り会え。これが彼らの本能だ――。


 その辺りで一度エルマは視線を感じ、顔を上げた。


 見覚えのある黒い目と視線がかち合う。


「ネリサリアさま……ネリーさま!」

「ごめんなさい、エルマ様。邪魔をするつもりはなかったのだけど」


 思わず本を閉じて嬉しい声を上げれば、赤い髪の伯爵令嬢は申し訳なさそうな表情をした。


「いえ、邪魔だなんて……本はいつでも読めますもの。それよりあなたとまたお会いできて嬉しいわ」

「あら、本当? 随分熱心に読みふけっているように見えたけれど」


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