22.従兄弟の集い 後編
エルマとスファルバーンは神妙に頷いた。二人とも元々口が軽い方ではないし、身内に損をさせるようなことをあえて吹聴するような低俗さも持ち合わせてはいない。
一方でエルマは、浮上してきた新たな可能性に目を輝かせていた。
ベレルバーン=ファントマジットは一見不親切にも見えるが、弟のスファルバーン同様、かなりわかりやすい性格をしている。ファントマジット一家はたぶん、根が皆素直なのだろう。本音が態度に出やすい。
例えば従兄は無理だと考える時は、きっぱり無理だと宣言する。先ほど弟が第二王子の懸想を心配したら、ただちに切り捨てたように。
(そのベレルバーンさまが明確にやめておけと言わなかったということは、ガリュースさまの件、努力のしがいがあるということだわ!)
第二王子の懐柔は、必ずしも必須ではない。ユーグリークは王太子ヴァーリスの近衛騎士、兼親友である。兄と対立しがちな第二王子との無謀な接触は、リスクと言えよう。
だが一方で、なんだかんだ第二王子でもある。ガリュースが現われる度に第一王子も近衛騎士筆頭も露骨に身構える。あの緊張が緩和できるのだとしたら、悪くないのではないか。
別に世の中の兄弟や親族が全員仲良くする必要はないが、どうもあの辺には不要な摩擦が感じられる。しかもその発端が自分のこともあるようなので、渦中のエルマとしては結構心苦しいのだ。
加えてガリュースは、ベレルバーンがお世話になっている相手でもある。
今のエルマにとっては、いわば親族の友人、いや上司――やはり無視してはい終わりで済む関係とは到底言えない。
向こうからの態度が変わらないにしても、こちらの苦手意識がなくせるなら、大分この先がやりやすくなるのでは。あわよくばあちらのツンケン具合ももう少し緩めていただいて、兄王子やユーグリークとも、もう少し穏やかに過ごせるようになっていただけないものか……。
どうせ関わらなければいけないなら、少しでも気分の良い関係でいたい――そう考えるのは、自然なことだ。
そしてエルマは、当初は距離のあったファントマジット兄弟とも修復できたことで、以前よりも人間関係に対して前向きになっていた。
(楽天的なばかりではダメ。わたしが余計なことをしたせいで、ベレルバーンさまの立場が悪くなったり、ユーグリークさまがますますガリュース殿下を警戒する可能性も、ないわけではない。でもやっぱり……そうね、まずは知る所からだわ)
「僭越ながら、殿下は昔からあんな感じなのですか?」
何事も情報。幸い、第二王子に理解の深い人物なら今ちょうど目の前にいる。
というわけでエルマは、この機に謎めいた第二王子について更に聞き込んでみることにした。
「あんな感じ?」
ベレルバーンはまた眉間に皺を作っているが、あれはたぶん本気の不愉快というより、染みついた癖だ。答えを返してくれるということは、答える気があるということ。
エルマは従兄の口を閉ざさないよう、感情を抑制して真面目な顔を作る。彼に対しては、社交界で鍛えた愛想笑いより、真剣にあなたの話を聞きたいですという態度の方が有効なはずだ。
「その……全く表情が変わらない所とか、執着したかと思ったらあっさり投げ出すような所とか……とにかくわたし、殿下の考えていらっしゃることが全くわかりません。ベレルバーンさまは、どうやって見分けていらっしゃるのですか?」
「ボクも理解できたことはないぞ。わかるのなんて、機嫌が良さそうか悪そうかぐらいだ」
(逆に言えば、慣れるとその辺りは見分けられるようになるのね……)
エルマは興味深く聞いていたが、ふと視線を流した先、スファルバーンも兄の言葉に注意深く耳を傾けているようだった。
吃音癖があり、兄に遠慮が多い従弟は、今まで第二王子のことを尋ねたくても、機会に恵まれなかったのかもしれない。
ベレルバーンはベレルバーンで、話したくとも相手がいなかったのだろうか。心なしかちょっと気分が良さそうに、ガリュースのあれこれを教えてくれる。
「定期的に口をきかれなくなって、これは見捨てられたかな、と思うんだが、少ししたらなんてことないように『ベレル、なんで迎えに来なかったの』と言うような方だ。学生の頃はもう少し悩みもしたが、今はもうそういうものと受け止めている」
「に、兄さん……そそそれでなんで、ず、ずっと仕えてる、の……?」
エルマも思った。
ガリュースの猫のような気まぐれさは、仲の深さに関係なく発揮されるらしい。無視されていたと思ったら「構え」だなんて……しかも何度も繰り返されたら、慣れるより先に心が折れたりはしないのだろうか。
が、ベレルバーンにとって、スファルバーンの質問は気に入らないものだったらしい。途端にぐっと押し黙ろうとするが、年下二人にじっと期待のこもった目で見つめられると、渋々重たい口を開いた。
「別に……何でもいいだろう。スファル、お前だって、ジェルマーヌ閣下を敬愛しても、盲信してるわけじゃない。だろ? こういう所は理解できないとか、正直好きじゃないとか、一つもないとは言わせないぞ。特にエルフェミアに狂っている辺り」
「あ……あー。ああー……うん……」
「あの、ちょっと。ベレルさまが辛辣なのはいつものこととして、スファルさま。あっさり納得しないでください」
従兄弟同士通じ合うのはいいのだが、内容については一言もの申したいエルマである。
兄の切り返しにぽんと手を打つ勢いのスファルバーンだったが、エルマから抗議されると目が泳ぐ。
「だ、だって……あ、あのね。わ、悪いとはい、言わないよ。仲が良いの、い、いいと、おお思う。だ、だけど……」
「狂うはちょっと言い過ぎでしょう? 語弊があります」
「ない。事実だ。閣下はエルフェミア狂だ。そうだよな、スファル」
「うっ……ううっ……」
「ベレルさま、スファルさま!」
思わぬ矛先の変化である。
兄と従妹に挟まれたスファルバーンは、皿に残っている食事に逃げた。……急いだせいで、喉に詰まったらしい。慌ててコップをあおり、ほっと一息つく。
会話が止み、食卓にはちょっぴり微妙な空気が残っていた。従弟はおろおろ視線をさまよわせた後、そうだこれがあった、と何か思いついたようで、ぱっと顔を輝かせる。
「ね、ねえ、エルフェミア。ヒーシュ……リ……ご、ご令嬢と、あ、会ったんだって?」
ヒーシュリンの発音は難しかったらしい。だが、本日のもう一人の遭遇者について話題を振られ、エルマは素直に応じる。
「ええ、とても気さくで親切な方で。わたし、考えてみれば、同年代の女性とあまり親しいお付き合いができていなくて……またお会いできるといいのですけど」
「そ、そうだね。あ、会えると、い、いいね……」
楽しみにしていることを告げれば、スファルバーンも釣られるようににひっと表情を緩める。まだまだ笑い方は下手くそな従弟殿である。
が、今度は食事を片付け終えて口元を拭ったベレルバーンが声を上げる。
「ヒーシュリン――ネリサリア=ヒーシュリン?」
「はい、そう名乗っていらっしゃいました。もしや、お付き合いのある方ですか?」
「いや、別に。ただ昔……ちょっとな」
貴族世界は狭く、故に知り合いと聞いてもさほど驚かない。だがベレルバーンは「へー」と他人事に話を聞いている弟に、呆れたような目を向けた。
「ボクじゃなくて、お前だろうが」
「…………え? え、ええっ!? な、何……?」
意外な展開に、エルマも目を見張った。当人スファルバーンは心当たりがないようだが、ベレルバーンは大きなため息を吐く。
「……まあ、覚えていないなら、それはそれでいいんじゃないか」
「な、なんで、兄さん。お、お、教えてよ……!」
結局ベレルバーンが食事を終えたこともあり、それ以上は聞き出せなかった。
これはますます、ネリサリア=ヒーシュリンと再会する必要がある――そんな風に感じて終わった従兄弟達の集いなのだった。




