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21.従兄弟の集い 前編

 ヨルンのことと言いガリュースのことと言い、ユーグリークに話せず心にしまっておかねばならない事情が増えていく。


 エルマが苦悩する一方、ユーグリークは自分の勝手知ったる場である王城にエルマを迎えられたことで、落ち着いた部分もあるらしかった。


「夕食の予定は?」

「今日は、ベレルバーンさまとスファルバーンさまが来てくださると」

「そうか。魔法伯家の打ち合わせもあるだろうしな。俺は別の用事があるから、今日は参加できないが……従兄弟で水入らずの方がエルマにはいいかな? 俺の愚痴が言える」

「もう、ユーグリークさまったら」


 このように、軽口を叩く余裕もあるようだ。魔法伯邸と公爵邸を行き来していた頃であれば、もう少しエルマと離れることに未練を見せていた気がする。


 これまた魔法伯邸で過ごすエルマであれば、今のユーグリークの態度は少しつれなく見えたかもしれないが、今の環境だとこれぐらいでちょうど良く思う。ずっとべったりされていると、ヨルンの調査などで動きづらい。


(老師……賢者さまのおかげなのかしら。ユーグリークさま、賢者さまのお墨付きがあると、いつもより大分簡単に納得してくれるもの。あの方を心から信頼なさっているのね)


 何しろ顔を隠す布にしろ、婚約指輪にしろ、ユーグリークが身につけている特殊な魔法が付与されたものは、大体が賢者さまのお手製らしい。実力を知っているから、老魔法使いの言うことなら素直に受け入れられるのだろうか。


(……そういえば、賢者さまは魔性の力に耐性をお持ちでないのかしら。あれだけすごい魔法使いさまで、竜への対抗手段もご存じなのだもの。それにお年を召していらっしゃるから、受ける効力も減るような気がするけれど)


「それじゃエルマ。またね、だ」


 ユーグリークは別れ際、エルマの手を取りさっと口づける。顔の布がある時は接触も控えめだ。


(今のキスも……お顔の布がなければ、頬にも瞼にもできるのに)


 じっと遠ざかるユーグリークの背を見守っていれば、また加護の気配がゆらりと揺らめき、そして消えた。



 ◇◇◇



「ガリュース殿下が?」


 夕食の席、早速本日の出来事を共有すると、従兄弟達は顔を見合わせている。


 ちなみにメニューは魚料理だ。何しろ現ファントマジット魔法伯当主――つまりエルマの伯父にあたる人だが――は、大の魚好きである。珍魚展なる怪しげな催しに、「魚」の響きに釣られて一人で出かけていったこともあるぐらいだ。姪にも熱く魅力を語ろうとしたが、エルマはそこまで執着がなかったのでありがたく遠慮させていただいた。


 そんな伯父は当然のごとく、食べる方でも魚が好物だ。

 ちなみにエルマの祖母、先代魔法伯夫人に任せると、菜食傾向が強くなる。男子の多い魔法伯邸では、「婆様主導だと食卓が豪華な修道院だ……」なんてこっそり、動物成分の不足を嘆かれたりもしている。


 ともあれ、そんな保護者達の元で育った兄弟は、そこまで食に強いこだわりはなさそうだ。ただし特に思い浮かばなければ、自然と魚を選択する。これが英才教育の成果、というものなのだろうか。


「か、閣下には……い、い、言ったの……?」

「まだです。折を見て、慎重に話そうかと……」

「だ、だよね……」

「まあ、仕方ないだろうが。バレる前に自分の口で説明しておけよ。中途半端な秘匿が一番揉める。結婚式前なのに新郎と微妙な空気になってくれるな、こっちも困るからな」


 エルマの「婚約者にはなんでもかんでもすぐに打ち明けない」という方針については、従兄弟達も同じ意見であるようだ。


 優しい弟のスファルバーンは同調し、ちょっと厳しい兄のベレルバーンは釘を刺してくる。


 魔法伯家に来たばかりの頃は、二人のどちらとも距離感がつかめずにいたが、今ではすっかり打ち解けて、気楽に食卓を囲める仲だ。


(二人と話し合えて今があるように、ガリュース殿下ともそのうち話し……合える日なんて来るのかしら。そもそも二人は従兄弟だから付き合いが必須だけど、殿下とは会わなければいいだけのような気も……)


「で、でも、そ、そんないきなり、ガ、ガリュース殿下と会った、なんて……た、たた大変だったね、エルフェミア。だ、だ、大丈夫……?」

「少なくとも生還はできましたが、どっと疲れました……」

「疲れる? 話して、本探しを手伝ってもらっただけだろう。疲れるようなことがあるのか?」


 スファルバーンとエルマは、思わず双方手を止めた。

 この場の一番の年長者、かつ第二王子に一番詳しいだろう長男を凝視してしまう。


 ベレルバーンは黙々と白身魚を切り分けていたが、しんと静まりかえった気配に顔を上げ、眉に皺を寄せる。


「……なんだ」

「親しさの差、でしょうか? わたし、ベレルバーンさまと違って、ガリュースさまに嫌われていますし……そのせいでお話ししづらいのかもしれません」

「は? 嫌ってる? 誰が誰を」

「え? ガリュース殿下がわたしを……」


 エルマがおずおず答えれば、魔法伯家の中で唯一従妹に辛辣なベレルバーンは、はん、と鼻を鳴らした。

 眼鏡をかけていてもさほど改善されない目つきの悪さがまた威圧感を与えるし、まるで悪人がごとき顔の形成に貢献してしまっている。

 慣れるまではこの目で見られると、エルマは萎縮して言葉が出てこなくなってしまったものだった。


「阿呆が。殿下は嫌いな相手は無視する。継続して話しかけられているなら、なにがしか興味を抱かれているということだ」

「ご冗談でしょう!?」


 エルマは絶叫したし、スファルバーンも呆然とした後、すごい形相で首を縦に振っている。


 だがベレルバーンはそんな二人の方こそ、いぶかしげに眺めている。


「あの方は真面目で正直な者を好まれる。……兄上がアレだからな、自分が真面目な人間を取り立てて保護してやらねばとか思っている所もありそうだ」

(兄上がアレ……)


 エルマはもちろん、たぶんスファルバーンも同じように王太子ヴァーリスの姿を思い描いた。


 いつも飄々とした態度の第一王子は、隙あらば仕事をサボり、大好きな女性を口説き回る。話がうまくて退屈しないが、反面言いくるめ能力も高い。


 ガリュースだって普通に話せはするのだが、あの華やかな兄と比較すると、見た目といい行動といい、どうしても地味に見える事実は否めない。


 そしてガリュースは兄の軽薄な部分を毛嫌いしている。

 だからヴァーリス派閥の一人であるエルマのことも嫌っている……という話ならすんなり飲み込めるのだが、ベレルバーンはそうではないと言っているらしく、情緒が混乱真っ盛りだ。


「ガリュース殿下は、ヴァーリス殿下と顔を合わせれば、いつも口喧嘩していらっしゃいます。わたしのことも、目障りだから同じようになさっているのでは……?」

「良くも悪くも王太子殿下は存在感が大きく、無視できない。だからああなる。嫌っている相手が無能な小物なら、ガリュース殿下は相手にしない。兄王子がなんだかんだ実力者だと認めている所もあるから、静観できないんだよ」


 なるほど、そう言われればそんな気もしてきた……エルマがううむ、と唸る一方、今度はスファルバーンがさっと顔を青くした。


「ま、まさかと思うけど、にに兄さん……エ、エルフェミア、きき気に入られ――」

「口説かれてないんだから思い上がるな」

「で、でででも、し、白薔薇だって……」

「あれは挑発、告白じゃない。お前、殿下は女を口説けないとでも思ってるのか? できるに決まっているが? その気のない相手にやらないだけだ」


 ばっさり、であった。スファルバーンはしゅんとしている。

 エルマは(少なくともベレルバーン解釈では)そういう対象として見られていないことに安心していいのか、自身の魅力のなさを嘆いた方がいいのか、若干複雑な気分にさせられた。


「ただ、まあ……エルフェミアは無視できない相手と認識されてはいる、ということだろうな」

「つまり……今までのベレルバーンさまのお言葉をまとめると。わたし、殿下と関係改善の余地があると、考えてもよろしいのでしょうか……?」


 エルマの言葉に、今度は返事がない。無言で切り分けた魚を口に入れ、もぐもぐ咀嚼して飲み込んだ後、ベレルバーンはどこかばつが悪そうに言う。


「……今のはボクの勝手な評だ。忘れろ、と言いたいところだが、できなければせめて他言はしてくれるな」



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