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20.侍女の余暇4

 ガリュースは一体どこまでエルマにつきまとうつもりなのだろう。もしや図書館を出ても、ついてくるつもりなのだろうか。この場で読んだらずっと隣にいられそうだから、貸し出してもらう方を選んだのだが……。


 エルマはちょっとドキドキしたが、ガリュースは賢者の特別侍女が自分の推薦した本を借りる所まで見届けると、そこで興味をなくしたらしい。ろくな挨拶もなく、ふらっと離れていった。


 取り残されて呆然としたエルマの腕の中で、ウィッフィーがうにゃんと鳴く。はっとしたエルマは、「借りたんならさっさと帰れ」と視線を送ってきている受付の女性に恐縮しながら図書館を出た。


(今日、ちょっとだけわかったわ。ヴァーリス殿下とガリュース殿下、性格はあまり似ていないご兄弟だと思っていたけど、案外根っこは同じ気質のような気がする。こう、ネコっぽいところが……王族は皆そうなのかしら? 王妃さまはしっかりしたお方に思うのだけど……)


 ちなみにウィッフィーを抱えているせいで手が一杯だが、貸し出し用の布袋とやらを一緒にもらったので、借りた本の持ち運びには苦労しなかった。


(なるほど、専用の布袋……貸し借りの移動が楽になるし、ずっと袋の中に入れておけば紛失防止にもなるかしら。良いアイディアだわ)


 さすが王城、と感心しながら、エルマはのんびり賢者の部屋に戻る道を歩む。特に寄り道をしたわけではないが、周りの建物や部屋の位置関係を頭に入れながらだったから、帰りもなんだかんだ一時間ぐらいかかった。


 午後のお茶を準備した頃、お茶菓子目当てに賢者が現われ、また消える。エルマはウィッフィーを膝に載せ、借りてきた本を読んで午後の残りを過ごした。


 仕事が終わる時間になると、またユーグリークが迎えに来てくれる。

 ウィッフィーのおかげで送り迎えは必須ではなくなったと告げると、彼は少し……いや大分がっかりした顔をしていた。


「心配だから、誰か人をつけておきたい気はするが……」

「それもそうかもしれませんけど、賢者さまからはブレスレットのお守りもいただいていますし、城内は安全とお聞きしています。それにウィッフィーは、賢者さまのくださった人造生命体ホムンクルスです。きっと作り主の賢者さまは、ある程度ウィッフィーがどんな状態か、わかっていらっしゃると思います」


 賢者の侍女、とは、単に賢者に付き従っているだけでなく、彼の庇護を受けているということだ。ユーグリークも、当代随一の魔法使いが大丈夫と言っている、と理解し、ため息を吐く。


「他にも個人的な不都合がある。客室の方に会いに行こうとすると、さすがに露骨過ぎるじゃないか。賢者の部屋(ここ)だとちょうど人目がなくてゆっくりできるのに」


 エルマはふふ、と笑い声を漏らした。


「ユーグリークさまが早く終わったら、お迎えに来てくださると嬉しいです。でも、わたしが城内を歩けるようになれば、今度はわたしが、お仕事終わりのユーグリークさまをお迎えに行けますよ?」


 今までエルマは帰りを待つだけだったが、ウィッフィーに「ユーグリークさまのいるところまで連れて行って」と頼めば、いつでも彼に会いに行けるではないか。

 何なら仕事終わりだけでなく、休憩時間にも……果てはこっそり、仕事中のユーグリークを見に行くことすら、できるかもしれないのだ。

 後半のちょっとよこしまな考えは口にしなかったが、二人の新たな可能性については、ユーグリークも衝撃を受けたようだった。


「何? エルマのお迎え……だと……?」

「はい。他の方のお邪魔にならなければ、ですけれど」

「大丈夫だ。問題ない。邪魔なんて言う奴はいない。いや俺が追い払うから、是非迎えに来てくれ」

「えっと……あまり強硬なことはなさらないでくださいね……?」

「説得するだけだ」


 乗り気になってくれたのは嬉しいが、ヴァーリスのお付きの皆さんには、今度ちゃんとお世話になっておりますの贈り物をしよう……エルマはそっと心に決める。祖母から学んだ貴族流というものだ。


 メイド姿の恋人が迎えに来てくれる予定にすっかり機嫌が良くなった魔性の男だが、はたと何かに気がついたらしく、動きが止まる。


「……思ったんだが。その猫、老師が作ったんだよな?」

「はい」

「道案内ができる猫みたいな何か、なんだよな」

「はい。それで今日は図書室までお出かけしました」

「それは……例えば、俺が今どこにいるか、なんて質問の仕方でも有効なのか?」

「あ……どうでしょう。まだ試したことがありませんでした」

「……ちょっとやってみるか」


 ユーグリークは立ち上がり、今いる小部屋を出て、簡易キッチンに移動したようだ。呼ぶ声が聞こえてきたので、エルマはウィッフィーに「ユーグリークさまのいるところまで連れて行って」と言ってみる。


 猫もどきはカッと目を見開いた。……道案内開始だ。

 尻尾の指す方に進んでみた。ちゃんと簡易キッチンの方を示している。

 ご丁寧にウィッフィーは、キッチンの扉を開けてユーグリークの姿が見えたら、「ぶるにゃ」と鳴いて目を閉じる――案内終了の合図である。


「……どうやら、できるみたいです」

「ということは……その猫もどき、俺の位置がわかっている、ってことだよな」

「…………。そうなりますね……」


 婚約指輪を持っていたときは、エルマはユーグリークにいつも見守られている側だった。だが今度は立場が逆転したらしい。全くそんな意図はなかったのだが。


「なぜだ老師……俺には二つ目の指輪、渡してくれなかったのに……まあ、別にこっちの立場でもそれはそれでいいが……だが、老師……」


 魔性の男の反応を恐る恐る窺えば、彼はそう嘆いていた。


 考えてみれば、ユーグリークであれば「なくしたなんて大変だ、はい二つ目」と言いそうなところ、全くそんなことがなかったのは、賢者にノーと言われていたせいなのか……これも意図せず裏事情を知ってしまうエルマである。別に知らなくても良かった。


(王城で一緒に過ごせるから、ギリギリオーケーだったのかもしれないわ……)


 ユーグリークが「居場所を確かめられないのが心配だから当分監禁で」という方向に行かなくて、本当によかった。いや、城に行くと言い出されたとき、エルマの抵抗が強かったらそうなっていたかもしれない。


 ちょっとひんやりした気持ちになりつつも、結果的には良い選択肢を選べたのだし、とエルマは心を落ち着かせようとする。


「ところでエルマ。図書館に行ったと言っていたな。特に問題はなかったか?」

「――――。はい、広くてびっくりしましたが、探していた本を借りてくることもできました」


 エルマは咄嗟ににこっと、笑顔の武装をまとった。

 ピンチの時ほど、貴婦人は笑わねばならぬのだ。淑女教育でたたき込まれた対人術は、婚約者相手だろうが有効なのである。有効でない場合、ちょっと今後の展開が危ない。


「本当に? 何の問題もなく?」

「ええと……その、入り口で困っていたところを、ご令嬢に助けていただきました! とても感じの良い方で、今度もっとお話ししましょうと。図書館によく通っていらっしゃるらしいので、またお会いできたら嬉しいです」

「そうか、それは良かった。誰だろう? 名前は言っていた?」

「ヒーシュリン伯爵家の方です」


 エルマはにこにこしながら、内心ほっとしていた。このままガリュースのことを言わずに済みそうだ。


(だってガリュース殿下のことは、どう言っても誤解を呼びそうで……意地悪をされたと解釈されても、手助けしてくださったと解釈されても、まずいことになりそうな……)


 そもそも、城での一人歩きで初日に出会った人物がピンポイントにガリュースという時点で、どうあがいてもアウトなのではないか。


 ――意地悪された? わかった、ガリュースにわからせてくる。

 ――手伝ってくれた? わかった、エルマ、ちょっと二人で話そう。大丈夫、痛くないし怖くない。本当だ――。


 駄目だ、どう転んでも危ない未来しか浮かばない。


 婚約者になってから、こっそり夜にデートしていた時は、ユーグリークが通ってくる都合上、二人の側に必ずフォルトラがいた。騎士の愛馬はいいストッパーでもあったのだ。ユーグリークがエルマにかけるちょっかいが過激になると、ツッコミを入れるがごとく間に入ってきたこともままあった。


 だがここは密室、猫もどきはうにゃうにゃ言うだけの毛玉なので抑止力にはならない。

 良くも悪くも、二人きりの時のユーグリークはエルマに甘えているのだ。ガリュースという地雷案件の説明をするなら、もうちょっと人目があって、魔性の男が多少なりとも冷静でいられる所の方がいい……と、エルマは思う。


(ああでも、どうしてなの……もうすぐ結婚式なのに、ユーグリークさまに言えないことがどんどん増えていく……!)


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