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17.侍女の余暇1

 賢者の特別侍女になって数日、エルマの日課はもっぱら、おいしいお茶の時間を用意することと、無数にある賢者の部屋の掃除をすることである。


 その他には賢者が(たぶん好意で)怪しげな魔法実験に付き合わせてくれることもあった。


「部屋に花を咲かせる魔法じゃ。ほーれ色とりどりの薔薇をドラマチックに……なんじゃ、これはパンジーじゃ。違う違う、調整を……なんと、今度はミントの畑じゃ!」

「服の模様を変える魔法じゃ。そーれ水玉模様になーれ……うむ、いくら可愛い系で攻めようとしても、水玉は微妙じゃの。元に戻……戻せ……戻る明日を信じて……戻ったわい! ひょひょ、ちとグラデーションかかってしもうたが、これも味じゃろ!」


 このように、基本は無害だが特別役に立ちそうなものでもない、という内容ばかり(しかもそれなりに失敗している)なので、良くも悪くも緊張しない。


「エルフェミア嬢、今気分はどうじゃ? 何、クラクラしてきた? いかん、中止じゃ。落ち着いて腰を下ろして。さあ、深呼吸じゃ。ほれ、水を飲んで。……ううむヨルンめ、まるで頑固な油汚れがごとくこびりついておるわい。もうべったべたのぐっちょぐちょじゃ。強力な洗剤があればのう」


 ……かと油断していると、さくっとエルマに混じったヨルンの魔力の除去を試みようとしている瞬間もあるらしく、なかなか侮れない老魔法使いである。


 時折心臓に悪いこともしでかす老人だが、基本的には協力的であることに変わりない。侍女業を任命されたからには充実させたいエルマの要望を受け、賢者部屋の一つを簡易キッチンに改造もしてくれた。


 気軽にお湯が沸かせると、お茶の準備もお掃除も随分と楽になる。エルマは大いに喜び、張り切って作業をした。

 しかし作業環境を整えることなんて、一日もあれば充分事足りる。三日目、何なら二日目午後から、エルマには早速余った時間ができていた。


 賢者は前述の通り、エルマを巻き込んで魔法実験していることもあるが、基本は単独プレーの御仁らしい。


「では儂は野暮用で消えるが、暇な時間は自由にしていて構わんからの。儂特権でどこでも出入りできるぞい! じゃが入れぬ部屋に無理に押し入ってはくれるなよ、儂にはちゃんとお見通しじゃからのー!」


 等と言い捨てて手を振り、そのままいなくなってしまったりもする。


 ちなみに戻ってくるときは「ひょっひょっひょ!」と笑いながらお茶の準備をしているエルマの背後に現われるのだ。

 神出鬼没とは彼のためにある言葉なのではなかろうか、なんてエルマはしみじみする。


 さてそんなわけで思った以上に暇ができているのだが、ただぼーっとしているわけでもなかった。


(まずは今まで通りに……式の準備を進めないと。ユーグリークさまは毎日お迎えに来てくださるらしいし、ファントマジット邸の方々ともどうやって連携していくか、確認しないといけないわ。それから、まずは敵……そう言っていいのかしら? もとい、ヨルンについての情報がほしい。人に聞く手もあるけれど、ここは王城だし、聞き込みをして回っていると、ユーグリークさまのお耳にもすぐ入ってしまうかも。となると……)


 検討の末、エルマは猫もどきを抱え、まずは城内の図書館へ向かうことにした。


 なお、ここでなぜ猫もどきを抱えるのかといえば、この賢者特製生物に、新機能が追加されたおかげである。


 勤務三日目、朝は案内役のメイドに送ってもらったエルマは、賢者の部屋との行き来のために毎回誰かを呼ぶのも申し訳ないからと、相談してみたのだ。


「賢者さま、わたくし、できれば一人でこの場所とお城の他の場所……せめて寝起きする客室を行き来できるようになりたいのですけど、どこかに地図などは……道を覚えるコツだけでもお教えいただけたら嬉しいのですけれど……」

「確かにのう、不便じゃわいの。ちょうどええ、この猫にな、ちょっとオプションを足して……ほーれ、儂ァ天才じゃからの、ちょちょいのちょいでできたわい! これで城の行きたい場所にはこやつが道案内してくれるからの!」


 ――以上、である。


 自力で歩かない怠惰な猫がどうやって道案内をしてくれるのかという具体的な説明はなかった。ぶっつけ本番の試用運転である。


「えっと……ウィッフィー、あの、わたしね。図書館に行きたいのだけど……」


 これで合っているんだろうか、といぶかしみながら話しかけてみる。

 ウィッフィーの名前を与えられた猫もどきはカッと目を見開き、うにゃ! と鳴いた。思わず落っことしそうになるのを堪えたエルマは、よく見たら猫もどきのしっぽが右側を示しているのを発見する。


「……ここから右に進めばいいの?」


 うるにゃん、とウィッフィーは鳴く。困惑しかけたエルマはふと思いつき、物は試しで猫を左側に向けてみた。……腕の中でうにゃうにゃうぞうぞ抵抗された。


(ということは、やはり右……なんとなくわかったような気がするわ!)


 その後もエルマは、分かれ道や方向が怪しくなると立ち止まってウィッフィーに話しかけ、猫もどきが行けと言う方に素直に歩いて行く。


 途中、すれ違う城内の人間から不思議な目で見られもしたが、概ねは「あらかわいい」とウィッフィーの姿にほっこりしてくれたので、あまり変な噂にはならない……と思いたい。


「よ、ようやく来られた……」


 城内を歩き慣れていないこととウィッフィーの道案内が初めてなことがあってか、なんだかんだ一時間ぐらいさまよっていた気がする。目的地に無事至ることができたエルマはふー、と大きく息を吐き出した。


「――あら。そこにいらっしゃるのは、エルフェミア=ファントマジット?」

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