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13.賢者の午睡4

「……混ぜる」

「そうさな、自分の魔力を相手の魔力に混ぜ込む、というようなことさな」


 白髭をたくわえた老人は顎を撫でながらさらりと言う。

 エルマはしばらく、言葉はわかっても意味するところが理解できず、目を点にしている。


「そも魔力とは何か? 生き物には元から生命力が存在しているが、魔力は単なる生命力のみを表さぬ。魔力は世界への干渉力としても理解することができる。そうさな、元々の素体たる肉体の生命力があるじゃろ、そこにな、更に外付けの生命力が加わり――」


 ゴロゴロ喉を鳴らす猫もどきを撫でていたエルマの手が止まっていた。(ごめんなさい、だんだん話がわからなくなってきました……)という顔をしている侍女に、賢者は展開していた独り言をさくっと丸める。


「まあ、なんじゃ。一般に、魔力のある人間は強く魔法に長けている、と伝わっておろう? その理解で間違っておらん。魔力保有量があり、その上制御に長けた人間が、優れた魔法使いと呼ばれるのじゃ」


 大分わかりやすい言い方をしてもらって、少しは話が飲み込みやすくなっただろうか。


「ええと……ユーグリークさまは、ものすごく魔力がお強い方ですよね」

「そうさな」

「それは、魔性のせいでもあって……というか、魔性の特性を持っているから? 魔力が普通の人よりもとても多くて……」

「うむうむ、合っておるよ。奴さんは魔力制御にも相当長けているのだが、何しろ素の魔力保有量が異常値じゃからなあ。抑えに抑えても漏れてしまうのじゃ」


 エルマが考えを言語化してまとめていくと、老人が優しく相づちを打ってくれる。励まされるように、エルマはゆっくり言葉をつなげた。


「それで、つまり……あれ? わたしの魔力……?」

「お前さんの単純な魔力保有量は、元々は人並みじゃな。低すぎもせず高すぎもせずの正常値じゃ。が……」

「が……?」

「どうやら増やされとる。ヨルンが己の魔力をお前さんに足したらしいの。だから混ぜられた、と言ったのだよ」


 なるほど、わかってきた! とぱっと顔を輝かせたエルマだが、あれ? と違和感に気がつく。


「……あの、賢者さま」

「なんじゃ」

「その、魔力って……気軽に増やしたり減らしたりできるものなのですか?」

「できんよ、普通。自前のもんが気軽に増減可能なら、それこそ魔性の男はさっさと減らして苦労しとらん。他人の魔力をどうこうも普通はできん。そもそも触れんし、触れたとして、自分も相手も無事では済まんわい」

「でも、あの……わたしはその……」

「うむ。今のお主の魔力保有量はちょっとしたもんじゃな。ヨルンの魔力を足された分じゃろ。あやつ、さすがはいくつもの名を持つ伝説の邪竜じゃ。こんなこともできるんじゃのう」


 今度はじわっと冷や汗が浮かんでくる。侍女は震える手で猫もどきを撫でた。柔らかく温かな感触は、パニックになりそうな精神状態を多少落ち着かせてくれる。


「あの、それって、ものすごく大事(おおごと)なのでは」

「大問題じゃな。ま、他言せん方がよかろうて。ここだけの話って奴じゃ」


 賢者はあくまでさらっと、割と何でもないことを話す口調で言う。

 が、紛れもない最高峰の魔法使いに他言無用案件と断言され、エルマはあわあわ慌てだした。

 落っことされそうになった猫もどきがうみゃー! と不満な鳴き声を上げ、あたふたと抱えられ直される。


「そんな、わたし、どうすれば……!?」

「まあまあまあ。大丈夫じゃ、常人なら混ぜられた段階でちょっと人の形保てなくなったりしとろうが、お前さんはしっかり元の姿のままじゃしな。制御力がよほどずば抜けておるのじゃろうなあ、ひょーっひょっひょ……」

「笑い事でしょうか!?」


 次から次へと穏やかではない事実が明らかになっていくが、賢者の語り口調はあくまで軽い。エルマが絶叫すると、猫もどきが体を伸ばしてぷにっと肉球を頬に押し当ててきた。ほっこりする。でも「実は人間卒業一歩前でした」なんて言われたら、ほっこりしてばかりでもいられない。


「ふうむ、既に混ぜられてしまった後じゃからなあ。先ほども言うた通り、特に人に付随している魔力をいじるなんて、普通はできんのじゃ。当代随一の魔法使いと自他共に認められる所の儂でも、お前さんからヨルンに押しつけられた分だけ切り取るなんて器用な真似できん。……あーこれこれ、泣くでない。大丈夫じゃ、このまま追い返したりはせん。ちと待っておれ」


 とうとうエルマが半泣きになったのを見て、賢者はなだめるように言った。うみゃ、とエルマの腕の中で猫もどきが構ってくれと鳴いている。もこもこの塊が手元にあると随分気が紛れた。猫もどきを渡されていなかったら、エルマは今頃事の重大さにパニックを起こし、部屋を飛び出していったかもしれない。


 ふわふわの塊に顔を埋めると、良い匂いがした。その状態で深呼吸する。……大分平常心が戻ってきた、ような気がする。顔を上げ、先ほど賢者に振る舞ってもらったコップの水の残りを口にする。


 その辺りで、奥に引っ込んだ賢者が戻ってきた。


「ほれ、手を出してみい」


 言われた通りにすると、賢者はエルマに何か手渡した。


「……ブレスレット、ですか?」

「うむ。それをつけておれば、お前さんが元の通り、ごく普通の魔力を宿した一般人に見える。完璧ではないがの、保険のようなもんじゃ」


 ありがたくいただいたエルマは早速左手首に付ける。

 特に自覚のある変化は感じられないが、賢者にもらったものというだけでもありがたく、ほっとするような心持ちだった。


「でも……その、わかりません。どうして伝説の邪竜が、わたしにこんなことを……?」

「正直に言ってしまうがな。それは本当に、儂にもわからん」

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