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10.賢者の午睡1

 ◇◇◇


 慣れない人間達に取り囲まれたエルマだが、社交界デビューしたばかりの頃と比べると、随分落ち着いて受け答えしていた。優雅に微笑んで相づちを打つ様など、祖母伝授の完璧な貴婦人そのものだ。


 とはいえ、見た目の装い方、場への合わせ方を覚えたから、そう振る舞えているだけに過ぎない。ユーグリークとヴァーリスが近づいてくると、途端にほっと力んでいた肩から力が抜ける。


「楽しめているかい、エルフェミア嬢」

「ええ、とても。でもわたし、皆さまのお仕事の邪魔になっていないでしょうか……?」

「大丈夫。ちょうど次の予定はキャンセルしたいと思っていたから、断る口実ができてむしろ感謝しているよ」


 日常茶飯事なのだろう、王太子付きの騎士や侍女は誰も騒ぎ立てず、何事もなかったかのように立ち居振る舞っている。

 エルマはヴァーリスにそうなんですか、とにこやかに応じかけて、ん? と首をひねる。


(今、口調は軽かったけれど、話している内容はけして軽いものではなかったような。というか、公然サボり宣言を耳にしてしまったような……)


 王太子がこういう人物であることは周知の事実だが、何しろここは王城、国王夫妻もいらっしゃる場なのである。

 未来の王の自由人っぷりを基本的には見なかったことにしている両親だが、度が過ぎれば苦言を呈しもする。


 思い出されるは、社交界デビューの日。


 エルマが異分子であることに言及する王。隣で黙っているだけで雰囲気ありまくりだった王妃。黙って立っていると王者の風格満載だった第一王子。隙あらば兄を刺す気満々だった第二王子。そしてやたらと王族に好戦的なユーグリークと、彼らの間に挟まれてきゅっと胃を痛めたエルマ……。


「あの……ご予定変更させてしまったということは、やはりわたし、邪魔になっているのでは……」

「大丈夫大丈夫。それにここまで来た以上、なんだか嫌な予感がするからやっぱり帰りますね、ってわけにもいかないでしょ?」


 ヴァーリスは笑った。それはもう、爽やかさ満点な笑みだった。


 王太子は頼りになる人物だが、同時に問題児として名をはせている。

 これからのことを思うと、エルマがお腹を押さえて目を遠くしてしまうのは、仕方のないことだと言えよう。


「本当に気にしなくていいぞ、エルマ。こんなのでも一応、いい大人だし王太子だ。優先順位は考慮している」

「そう、僕はこれでもそれなりに周囲を見ている(・・・・)し、ユーグもその辺ちゃんと理解できているようで何より。模倣してくれてもいいんだよ?」

「俺の一番はエルマだ。次が家と城の平和。その次がお前の確保。優先順位、ちゃんと守ってるじゃないか」

「そうだねえ、よくできていますねえ……」


 なぜだろう。ユーグリークはエルマをフォローしてくれたのだろうが、余計に(わたしがしっかりしないと……!)という思いが強まった。


 エルマを取り囲む人達はいつの間にか軽食まで用意し始め、そのまま流れで少し早めの昼食となる。


「さて、エルフェミア嬢。世の中には働かざる者食うべからず、という言葉がある」

「存じております。不肖未熟の身なれど、精一杯お仕え致します」

「おい、変なことはさせるなよ」

「未来の公爵夫人に無茶ぶりなんかしないよ……まあ、さすがに王女待遇まではできないんだけど。侍女を努めてもらおうかなってね。まあちょっと変わった花嫁修業とでも思って励んでもらえれば」


 貴人との会食も、最初は順番を間違えないだとかの作法で頭が一杯だったが、今のエルマは王太子との歓談を楽しめるようになっている。


 ちなみに他の王太子付きの人間がいるためか、ユーグリークは軽く飲み物を口にしただけで席についたまま静観していた。本人がさらりと、なんでもない態度だから見逃しがちだが、顔を人前にさらせない彼は、こういう場面でも地味に苦労している。


(ええと、上級貴族の女性がお城に出仕する場合、基本的には侍女として、王族のお世話をすることになる……という話だったはず)


 今まで得た知識を思い出しながら、エルマは気になった部分を確認していく。


「わたくしはヴァーリス殿下にお仕えすることになるのでしょうか?」

「んーとね、宮廷魔道士付きの特別侍女になってもらう予定」


 てっきり、今いる人達と一緒に、ヴァーリスの下で働くのかと思いきや……少し事情が違うようだ。


 宮廷魔道士とは、国に仕える魔法使いの最高峰だったはず。

 だがエルマは、知っている情報と今言われたことに差がある気がして首をかしげた。


「魔道士さまのお世話ということであれば、女官のお仕事になるのでは……?」

「お、鋭い。そう、確かに一般的な魔道士、つまりただの公務員の下についてほしいということなら、同じ公務員、つまり女官になってくれって話になるんだけど。エルフェミア嬢にお願いするのは、賢者の侍女だから」

「賢者の侍女……賢者さまの侍女!?」


 復唱したエルマは更に絶叫した。


 何しろ賢者というのは、選ばれた者しかなれない宮廷魔道士の中でも更に別格の存在――建国当初からこの国を支えているとされる、半ばおとぎ話のような人物なのだ。

 一般人にとっては幻獣同様、実在しているかもにわかには信じがたい。


 そんな人物の侍女になれというのは、十分無茶ぶりの範囲に入るのではなかろうか。さっき未来の公爵夫人に云々と言ったばかりのはずなのに。

 ところがエルマが助けを求めて目を向けた先、ユーグリークも、ちっとも動じていない様子なのである。


「まあ、逸話は色々聞いているかもしれないが。大丈夫だ、信頼できる人だよ」

「たまにボケるけど、基本的にはのほほんとしたおじいちゃんだから、取って食いやしないって。我々は親しみを込めて、彼を老師と呼んでいる」

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