二人の夜
ディナが居なくなって一矢とエイミーは暫く何も言わずに座っていた。
木々の隙間を冷たい風が吹き抜けて行き、月の光は微かに漏れ届くばかり。
エイミーと二人きりになるのは一矢がエイミーと出会った頃以来記憶に無い。
一矢は少し緊張していた。
「あ〜、あれかね? ディナはどれ位で帰って来るのかな?」
「二人が見つかれば直ぐに帰って来ると思うけど……そう簡単に見付かるかどうか」
「そうだよね。何処に居るかも分からないし、時間掛かりそうだね」
そしてまた二人は黙り込む。
「ディナがいつ帰って来るか分からないし、そろそろ休みましょ」
そう言ってエイミーは立ち上がる。
「お、おう。そうだね」
一矢も立ち上がり、エイミーに続いて馬車へと向かう。
「……ちょっと。何であんたもついて来んのよ」
「えっ? いや、俺も休もうかなって」
「当然あんたは外で寝るに決まってんでしょ」
「えーっ、俺一人で外なの?」
「大丈夫。あたしも馬車で一人だから。公平でしょ?」
「全然公平じゃないよ! 外、寒いから! 俺も馬車で寝かせてよ。絶対何もしないから! 一緒の毛布に入るだけだから!」
「絶対イヤ! 何で同じ毛布で寝なきゃイケないのよ! 毛布あげるからアッチ行って寝て!」
「おいおい。何勘違いしてんだよ。いつも人の事を変態みたいに言うけどな? おれは全然普通だからな! ただの女好きだからな!」
「全然勘違いじゃないでしょうが! それがヤダって言ってんの! 馬車に絶対近付かないでよ!」
「……絶対?」
「絶対よ」
「それフリでしょ?」
「はぁ? 何よフリって」
「だから『絶対するな』ってのは『すれ』って事でしょ?」
「……何バカな事言ってんの。ハッ倒すわよ」
「照れてる君も可愛いぞ♪」
ウィンクする一矢に毛布が飛んでくる。
「さっさと行って! 出ないと違うものも投げるわよ」
エイミーはナイフを取り出して見せた。
「イヤン、投げるのはキッスだけにして」
そう言って一矢は走り去る。
「相変わらずの馬鹿ね……チョット忘れてたかも」
エイミーは一矢と出会った頃を思い出し、首を振りながら馬車の中へと消えていった。
***
誰かが馬車に乗り込んで来るのにエイミーは
気付き、目を覚ました。
もしかすると一矢かもしれないとエイミーは思うも、直ぐに考え直した。
一矢は軽口を叩いても、信頼を裏切る真似はしなかった。
王都からそれほど離れてはいないから、王都の兵達に見付かったのかもしれない。
そう思うとエイミーの鼓動は速くなった。
エイミーはそっと毛布の下でナイフを握る。
足音がすぐ側まで来るとエイミーは相手に向かって毛布をはね飛ばし、ナイフを投げた。
だが手応えが無かった。それでも相手を怯ませるのには成功したらしい。
訪問者は毛布を被り、尻餅をついた。
エイミーはすかさず追撃しようともう一本ナイフを取り出す。
「待った! 俺だよ! 一矢だ!」
「一矢?」
エイミーが毛布を剥ぎ取ると、ばつが悪そうに苦笑いを浮かべた一矢がいた。
「チョット、何して……」
エイミーが問いかけようとした時、エイミーの胸元からディナが顔を出した。
「とうとう正体現したわね! このど畜生!」
「ち、違う! やましい気持ちなんか無いから! ってなんでディナが居るんだよ! しかもなんて羨ましい所にッ!」
「フフン。お姉様のバストは大きくないけど、超柔らかいんですのよ♪」
そう言ってディナはエイミーの胸元に顔を寄せる。
「チョット! ディナも何言い出すのよ! って言うか本当にいつ帰って来たの?」
「大丈夫です。ディナは巨乳よりももっぱら美乳派ですから!」
「違うわよ! そんな事言ってんじゃないの! もうっ! それで結局一矢は何なのよ!」
「安心しろ。俺もオッパイの大きさで人を判断しないから」
「だから、胸の話しはもういいから!」
ダンッとエイミーが床を踏み鳴らしながら言った。
「いやぁ、何か変な息づかいと言うか、変な気配を感じたからさ。折角だし覗こうと思って」
「何が折角なのよ! それで変な気配って何何!?」
「そっ、それはその……。何だろう?」
「全く、変な事バッカリ考えているから……」
そこでふと、エイミーは一矢と初めて夜を過ごした事を思い出した。
一矢と過ごした最初の夜。エイミーが殺そうとした時も 一矢は何かを感じ取っていた。
さっとエイミーは馬車から顔を出す。
特に変わった様子は無く、森は静かだった。
「……少し辺りの様子も見た方が良いかも」
エイミーは独り言の様に言った。
「お姉様、こんな変態の言う事なんて気にする事無いですわ。どうせ変な妄想してただけです」
ディナがアクビをしながら言う。
「でも王都の兵があたし達を探しててもおかしく無いわ。念には念よ」
エイミーに言われて一矢達は馬車を降りると二手に別れて周辺を調べ始めた。
全く一矢の事を信頼していないディナはエイミーの胸の中でまどろみ始めている。