逃避行
一矢は苛立ちが抑えられなくなってきていた。
「悪いけどもう帰らせてもらうよ」
ドアの方へと一矢は振り返る。
「そう言うわけにもいかん。王都へ魔族を引き入れた以上、君達を査問にかけなくてはならん」
「……エイミーを殺す気なんだろ?」
「エイミー?」
「作戦部長殿。一緒に参りました魔族の者です」
ベティーナが補足する。その表情は一矢からは見えない。
「ふっ、魔族にも名前があるのか。その決定は先程した筈だが?」
「ふざけるな! 悪いが帰らせてもらう」
一矢はほとんど走る様にドアへと向かう。
「この者達を拘束せよ!」
作戦部長の所まで案内した兵士が一矢の前に立ちはだかる。
「申し訳有りませんが、作戦部長の指示に従って下さい」
兵士はすまなそうに言う。
「……退けろ」
一矢の肩は怒りに震えていた。
「一矢殿。ここは穏便に話し合いましょう。下手をすれば罪が重くなります」
「罪? 罪だと! 俺が何をしたっ! エイミーが何をしたって言うんだ!」
怒りに燃えた目を向けられて、兵士は恐怖さえ感じた。
一矢がドアノブに手をかけるのを、兵士は止ただ見ている事しか出来無い。
ベティーナやクレア、本部長さえも一矢の後ろ姿に息を呑んだ。
一矢がドアを開けて出て行くと本部長の部屋は時間を取り戻したかの様に動き出す。
「な、何をしている! アイツを止めろ!」
兵士は慌てて部屋を出て、走る一矢の後ろ姿を追う。
「一矢殿! お、お待ち下さい! お願いです!」
そう叫んで追いかけて来る兵士を一矢は無視する。
異変に気付いた近くの兵士が一矢の行く手を塞ぐ。
「止まれ! 一体何事か?」
そう言った兵士は一矢を捕まえようと両手を広げる。しかし、一矢は止まらず、兵士をそのまま吹き飛ばした。
そして一矢は作戦本部を飛び出す。
一矢はそのまま乗ってきた馬車へと向かった。その後ろを数人の兵士が追いかけて来る。
馬車の側に居た砦の兵士がそんな状況に目を白黒させる。
「一矢殿。これは一体……」
一矢は何も答えずに馬車の中を飛び込む。
エイミーとディナは驚いた様に一矢を振り返った。
「エイミー、一旦町を出るぞ。馬車を出してくれ」
「えっ? ……もうっ! また何かしでかしたんでしょ!」
エイミーは戸惑いながら直ぐに業者台へと移ると、巧みに馬を操り走らせる。
文句を言いながらも、素早く動くエイミーを見て、一矢怒りは和らいでいった。
「やれやれ、命の恩人に酷い言い方だなぁ」
エイミーは一矢の言葉で事態を察する。
「やっぱり上手く行かなかったのね」
「まぁね。それよりお礼を言う方がさきでしょ? 『キャー! ありがとう格好良くて優しい超イケメンな一矢様〜!』みたいな」
次の瞬間一矢の体に電流が流れる。
「ギャー!!?」
一矢の目の前には電気を帯びたディナが浮かんでいた。怒りの表情で。
「ディナのお姉様にセクハラ発言は許さないんだから!」
「……ゴメンなさい」
一矢が謝ると、そのままディナはエイミーの所まで飛んで行く。
「ありがとう。可愛くて優しいディナ」
ディナは喜んでエイミーの横顔に抱き付いた。
エイミー達の馬車は町の外まで逃げてきた。
街道に誰も居ない事を確認し、エイミーは馬車を街道脇に広がる森の中へと入れる。
そして暫く進んだ所でエイミーは馬車を止めて一矢を振り返った。
「さぁ、何があったか話して」