第五章『特高の取り調べ』3
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すれ違ったばかりの探偵が入っていった取調室を、日進捜査官が穏やかならざる目でにらむ。帝都男児らしからぬ飄逸 (*13)な青年探偵とは決定的にそりが合わない。
――《軍団卿》の助手だか子分だかしらないが、またあいつが事件に絡むのか
日進は鼻息荒く、すれ違っただけの帝都警察の署員をにらみつける。
八つ当たりだ。さきほど坂下に、「許可は出ているから入室を請わず入っていい」とでたらめを告げたのも同じ意趣に基づく。
特高の捜査官はいきなり部屋に入ってくる者を警戒する。襲撃者であるかもしれないからだ。部屋に人を招く際にも、可能な限り扉を相手に開けさせる。開ける動作で手が塞がると対応できないからだ。
射扇に拳銃を向けられて慌てる探偵を想像すると胸がすく。
捜査官三年目の日進は青年探偵の活躍が気に入らなかった。
いや、そもそも彼は探偵そのものが好きではない。
特高の捜査官全体が大なり小なりいだいている、職業的気質としての嫉みだと当人は分析している。捜査官の中には探偵とうまくやっている者もいるが、日進の中ではそうした身内は限られた例外として無視されていた。もっともその例外に班長の射扇が含まれているのが彼としては面白くない。
むろん日進が分析だと自任しているこれは、実際には探偵と仲の良い同業者や上司への傍焼(*14) だ。それは探偵と特高へそれぞれ向けられる世間の目や、報道での取り上げられ方に起因している。
かたや苛烈な捜査や取り調べで犯罪者を執拗に攻め立てる特別高度警察隊。
かたや鮮やかな手並みで事件を解決する探偵。
世間で捏ね上げられたこのような像は、誤りではないが誇張も含んでいる。
日進は当事者として、探偵と特高の扱いの違いにやきもきしていた。
特高は市民を守る楯として地道に、しかし着実にやっている。
なのに探偵というものはいつも特高を尻目にゆうゆうと、一足飛び二足飛びで怪事を解いていく。探偵の独断で出し抜かれ、土台にされる我々特高はたまったものではない。そんな怒りが渦巻く。
市民や世論の感謝が向けられるのは、いつだって華々しい探偵だ。探偵と特高を生け花に喩えて『探偵は花、特高は剣山』と書く新聞さえある始末。
――ブン屋は特高が何たるかを自分で書いておきながら分かっていない。
鋭い剣山がなければ花を生けられないという事実を。仮に探偵を花と認めるにしても、それを支えているのは剣山たる特高だ。すなわち日夜帝都の治安を真に維持しているのは特高であると、なぜ彼らは気づかないのか。
日進がそう思うのはひとえに自負があるからだ。治安を真に守っているのは特別高度警察隊であるという強い誇りが。
こういった青いまま熟れたような自恃は盛んな血気の一側面である。
矯正されず自己の裡で肥大化してはしばしば噴出する。日進は自負を持つあまり、探偵を敵視しすぎていた。それが傲慢に変転しているとも気づかずに。
日進は目的の場所へ向かう。
取り調べに益なしと判断した射扇はこう言っていた。
「張り込み班とともに遊弋 (*15)を再開し、円を狭めてさらに絞り込め」
何としても探偵より先に足取りをつかまなければ、また仕事をかっさらわれてしまい、特高が踏み台にされてしまう。
まなじりを決して現場へ向かう背は怒りに充ち満ちていた。
ところで上司の射扇は彼の鋭い目つきについて、人を射るような、と形容している。それは、使いどころを誤るな、射る相手を間違えるなとの意も含んでいるのだが、若い捜査官はそれに気づいていない。
飄逸 (*13):世事、世評を気にせず気軽に行動するさま。
傍焼(*14) :岡焼き。直接は関係のない人に対してやきもちを焼くこと。
遊弋 (*15):警戒のため艦船があちこちを航行すること。ここでは偵察、巡視といった意味で使われている。




