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メイク・シンデレラ・メイク  作者: 中秋満月
4/10

4.子爵一家転落事件 ④

「実は……今回の王都訪問に際して、お父様は私の婿を探すと仰っていたのです」

「それで家出ですか? ちょっと話がわかりませんね」

 貴族の、それも娘が家出など聞いたことがなかった。一夜でも屋敷に帰っていないということが公になり知れ渡ってしまったら、処女性を重んじる貴族にとっては醜聞、もしくは疑惑にしかならない。

 また、ナオミは、孤児であり身寄りがないということだった。

家出をするにしても、どこに行くというのか。野宿をするというわけにもいかないだろう。十一月の夜は寒い。地中海から偏西風に運ばれて来るとは言っても、野宿には向かない。旅慣れした者でも、野宿を避けて雨風しのげる場所を探す季節だ。

「お恥ずかしい話です」

「事件の捜査で聞き、他には一切他言致しません」

「えぇ、国王陛下に誓って、他言せず墓まで持って行きます」とシムアも自分の胸に左手を置き、右手には国王陛下から授かった警視補のバッチに手を置いて誓った。

「それで……家出と申されましても、どこでお過ごしになっていたのですか?」

「お義父様に引き取られる前にお世話になった孤児院で過ごしていました」

「期間は?」

「十一月の十一日から十四日の四日間です」

「子爵たちが出発する前には屋敷に戻られていたということでお間違いありませんね?」

 もっとも重要なのは、十五日にアリバイがあるかということである。

 転落が起きた場所と屋敷の距離、そして馬車の移動速度を考えると、十五日、もしくは十六日の早朝に馬車は崖から転落したと考えて間違いない。

 その間に、ナオミが家出をしていたとしたら、馬車転落の実行犯である可能性がある。

 孤児院にも聞き込みを行う必要がある。

「十四日には私は連れ戻されましたから。そして、十五日早朝、私はこの屋敷でみんなの出発を見送りましたから。でも、私が家出なんてしたから……私が殺したも同じです」

 ナオミは再び嗚咽した。

 自分が家出をしなかったら……。転落事故に遭わなかったかもしれない。生き残った家族としては、そう考えてしまうのは自然なことだ。

「そんなことは誰にも分かりませんよ。もしかしたらあなたも含めて、シャロン領主一家の全員がお亡くなりになっていたかもしれません。今は、一家のあなただけでも生き残ったことを喜ぶべきです」

 シムアがそう言ったので、ナタンはシムアを横から睨む。

 おい……俺たちは捜査に来ているのであって、女を口説きに来たのではないぞ。そう視線で警告を放った。

 家族を失い悲しみにくれる少女。それも、結婚するとなれば、シャロン領という豊かな領地の領主となるという莫大なプレミアがついた……それに……美しい。

 公安警察は給金は良い。ただ、貴族に関わる事件が起こった場合には、いつだろうとその場へと赴かなければならない。王都から遠い領地で難事件が起こると、数ヶ月も王都を離れることになる。

 ナタンもかつては家庭を持っていた。だが、捜査のために留守がちで、半年にも及ぶ捜査の末、王都の家に帰ると家の机の上には妻からの離縁状が置いてあった。

 あまりプライベートなことには踏み入らないが、シムアも特定の恋人などいないようである。シムアにとっては千載一遇の玉の輿のチャンスなのであろうが、今は捜査を優先させなければならない。

「さきほど、エリアム様は、ナオミ様を婿入りされるつもりだったと。それで家出というのは、どういうことでしょう。詳しくお伺いしても?」

「ご説明いたします。といっても、まだ夫を迎える気持ちにはなれなかったのです。孤児だった私を養子に迎え、大切に育ててくださいました。奇しくも貴族の一員となった私の義務であることも理解していますが、いざとなるとどうしても……」

 ナタンは、この少女は本当に十歳であろうか? と疑問に思ってしまう。

 貴族の結婚は政略結婚である。好きな相手と結ばれるというのは強い偶然性に左右される。

 結婚相手と名前が上がった人物のことをたまたま好きか、結婚後に好くか。

 酷な運命にあると言っても良い。貴族の義務ノブレス・オブリージュの一つでもある。

 十歳の少女の覚悟……だが、実際は家出をして孤児院に逃げ込んだ。言動が矛盾している。

 それに……

「ナオミ様は十四日に孤児院から屋敷へと連れ戻されたとおっしゃられましたが、連れ戻されたのなら、どうして馬車で一緒に王都へと行かなかったのでしょうか?」

 連れ戻されたのなら無理矢理にでも馬車に王都へと向かうのではないか?

「お義父さまが、今年の結婚を諦めてくださったのです。すでに、打診していた先方との顔合わせの日取りは、十一月の十日でした。出発の日程が遅れている上に、家出をして逃げ出すほど嫌なら、今年の王都デビューは見送ると、許してくださったのです。来年は必ず王都へ行くというお約束と共に」

「まぁ、十歳で結婚は貴族でも早いほうですしね」とシムアが言った。

「すみません、少し、時系列を整理してもよろしいでしょうか」

 ナタンは鞄から羊皮紙と羽ペンを取り出して机に広げた。



 十月末 出発(予定)

    バラク様のご病気

     馬の異変

 十一月上旬 子爵家王都到着(予定)   

 十一月十日 ナオミ様お見合い(予定)

 十一月十一日から十四日 ナオミ様孤児院へ

 十一月十四日 ナオミ様、屋敷へと戻る

 十一月十五日 馬車出発 ナオミ様、子爵様たちを早朝見送る

 十一月十五日午後~十六日 一家崖より転落、死亡

 十一月二十日 王都で捜索願が出される

 十一月二十八日 遺体確認

 十一月三十日 王諸侯会議




「このような時系列で間違いないでしょうか?」

「はい。えっと……『王都で捜索願が出される』という日時は私には分かり兼ねます」とテーブルに広げた羊皮紙に書かれた内容をゆっくりと確認してナオミは言った。

 ナタンは、『捜索願』という専門用語も理解し読めている少女に警戒心を強める。十歳の少女が、『捜索願』という単語を覚える機会などあるだろうか?

「それは、私共公安が確認済みですのでご安心ください。もっと詳細に何か思い出せることがあれば、教えてください」

「バラクお兄様が頭痛を訴え始めたのは、出発しようとした十月三十日からです」

「それで、医者が診断したのは?」

「十一月二日です」

 ナタンは、それらの情報も羊皮紙に書き加える。

「それで……お義父様が、バラクお兄様の仮病……をお叱りになったのが、十一月三日です」

「馬の調子がおかしかったのはいつ頃でしょうか?」

「十一月四日からです」

「タイミングが良すぎませんかね? まるで、出発を遅らせるためとしか考えられないじゃないですか?」

 ナタンは、ドスの利いた口調で言った。

「ちょっとナタン警視……」

 シムアがナタンを制する。だが、それを無視してナオミの黒い瞳をじっと、ナタンは見つめる。その両目が嘘を言っていないかを探るために。

「バラクお兄様が……病気を装われたのは、王都に行きたくないからとおっしゃっていました……」

「あなたは、バラク様が仮病であったことを知っていたのですね?」

「はい。お兄様の看病をしている中、打ち明けてくださいました。仮病だし、本とは頭なんか痛くないからそんなに心配しなくても良いと」

「なるほど。で、仮病をこの領地の名医が見破り、今度は十日から馬たちの異変が始まったと?」

「そういうことだと思います」

「まぁ、馬たちのことは、セバス殿から聞くとして、馬たちの異変が治まり、今度はナオミ様、あなたの家出ですか?」

「はい……。後悔をしています。もう出発が十分に遅れていたので、もし私が家出をしたら、私を置いて王都に向かってはくれないだろうか……という打算は確かにありました。ただ……もう一つ……最後に、私の本当のお父さんとお母さんを、もし叶うなら、一目でも見たかったのです」

「産みの親……ですか。何か手がかりがあるのですか?」

 ナオミは黙って首を横に振った。

「もしかしたら拾われた孤児院に何かあるかも知れないと?」

 ナオミは今度は肯く。

「はい。このまま王都に行ったら、きっとそのまま嫁ぎ先の領地へと行くことになったでしょう……。そして、きっとこのシャロン領には帰る機会は少ないか、もしくはないと思いました。この地を去る前に、せめて一目だけでもと……」

「ご存命であるかも分からないでしょうに」

「どこか遠くの領地よりも、自分が拾われた孤児院の近くの方が、確かにナオミ様のご両親と会える可能性は高いですね」

 シムアはそう言ったが、ナタンは心の中で疑問に思う。

 シャロン領は、地中海に面しており、多くの民族が流入する場所である。ナオミが黒髪であることが良い例である。この地域では、黒髪は珍しくないようだが、王都では珍しい。

 そして、港に面した街特有の……偏西風が逆風となる季節にだけ滞在した男と、船乗りを相手にする娼婦との間に産み落とされた……というような可能性が高いし、そうなれば、自分の親が誰かなど探し出せないであろう。

「分かりました。お疲れのところ時間をとっていただき感謝いたします。あとは、馬についてと、バラク様を見られたお医者様について伺わせていただきます」

「はい……王都から遠路はるばる感謝いたします……。お医者様のことも、セバスが知っていると思います……」

「ナオミ様。どうか、気落ちなさらず。栄養のあるものをどうかお食べください」

「お気遣いに感謝いたします」とナオミはシムアを見上げる。ナオミの黒い瞳が揺れていた。

 シムアはその様子にまんざらでもないようだった。

 おいおい、俺たちの仕事は、事件の捜査だぞ? とナタンは再度思った。


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