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メイク・シンデレラ・メイク  作者: 中秋満月
2/10

2.子爵一家転落事件 ②

 ナタン警視とその部下であるシムア刑事は、馬を引いて、ギルガル山を徒歩で下ることにした。

 ギルガル山の十一月はすっかりと秋を深めており、木々が紅色に染まっている。

 だが、ナタン警視たちは、紅葉見学のために徒歩で道を歩いているわけではない。

 なにかこの事件の手がかりがないかを探すためである。

「旧道ということなんだろうな」

 ナタン警視は馬車の車輪の跡を見ながら言った。

 車輪の数が少ないことから、この道が普段から使われていないことを示している。

「整備はされてはいるようですが、雨がふれば崖崩れなどの可能性もありそうですね」

 シムアは渓谷の上方を見上げる。崖を削って馬車が通れるようにした狭い道であった。

「どうしてこの道を子爵は選んだのかだよな。南方ルートだと七日。この道を通れば三日。王都の急ぎの用事があったというより、出発が遅れたんだろうなぁ」

「えぇ。王都から子爵の捜索願いが出たのが二十日です。さすがに到着されないのはおかしいと、不審に思った王都勤めの家臣が捜索の依頼を出したようです。元々は、十一月の上旬にはご到着されるはずだったということでした」

 今日は十一月の二十八日である。

 諸侯会議は十一月の三十日から始まる。

 捜索が出されて、馬で公安たちが街道という街道を走り回り、崖から転落している馬車を見つけた。

 馬車の紋章からそれがシャロン領主の馬車であることがわかり、ナタンとシムアがギルガル山の現場に赴いた。

 ナタンは、子爵一家がいつ屋敷から出発したのかを聞かなければならないと想った。

 

 

 

 ギルガル山を下り、平地になるとナタンとシムアは自分たちの馬に乗り、シャロン領主の屋敷へと急いだ。

 シャロン領は豊かな土地であることが分かる。収穫が終わった畑が平野に広がっている。


 街に入った。潮の匂いがする。活気のある港街である。王都とまではいかないが規模を考えると王国でも有数の街と言ってよい。

 石造りの町並み。道には人や屋台が溢れていた。天秤棒の両端に桶をぶら下げた魚売りが、水揚げされたばかりの魚を販売している。

 まだ、自分たちを治める領主の死を知らないのであろう。領主の死が公表されたら一週間、喪に服することになり、市場は開かれず閑散とするであろう。

 喪に服しながら領民たちが影で喜ぶか、それとも悲しむか。それは、領民からどれだけ領主が慕われているかによって変わってくる。

 屋台でナタンとシムアは串焼きの肉を買ってそれを食べながら領主の館へと向かう。串焼きの肉には嗅ぎ慣れない香辛料が使われていて、思いのほか辛味があった。


 領主の館も立派であった。門を潜ると噴水があり、左右には庭園が広がっている。

 屋敷の扉の階段を登ると扉が開いた。

「ようこそおいでくださいました。公安の方々でしょうか」

 上等な服を着た、目つきの鋭い男だった。

「あぁ。私がナタン。階級は警視だ。そしてこっちがシムア、警視補だ」

「シムアです」

「申し遅れました。私は、シャロン領の領主補佐官のセバスと申します」

 領主補佐官……領主が王都に滞在する際に、領内のことを取り仕切る。領主の右腕ということであろう。そして、領主によっては領地で過ごさず、王都に滞在し、領地経営を領地補佐官に任せ続ける場合がある。

 シャロン領主は、諸侯会議の時以外は領地に住む貴族であったという報告があがっている。

「こちらへどうぞ。ナオミ様がお待ちです」

 隙の無い身のこなしであった。

 このセバスという男が、このシャロン領の実務を取り仕切っているのではないかとナタンは予想した。

「こちらでございます」

 廊下には調度品や絵画が並んでいた。ナタンは職業柄王宮にも足を運ぶことがある。シャロン領主の館に並べられている品々は、王宮に飾られているものに引けを取らない。廊下は、貴族の権勢の指標である。

 廊下に掛けられていた肖像画。

 ナタンはそこで立ち止まった。高さが一メートルを越す大きな絵画だった。

 正面には金髪の細身の男が剣を持っている。

 その隣に金色の長い髪の女性が寄り沿っている。そして、その二人の前には男の子が二人、椅子に座っている。画家の腕もあるだろうが、シャロン子爵は美男子で、奥方も美しく、子供は聡明に見えた。

 だが……

「領主代行様はこの絵の中にはいないのですね」

 この絵は、一家を描いた肖像画であることは一見して分かる。だが、今回の子爵一家転落事件で生き残った……それも……妾や愛人の子供など非公認の子息女ではなく、貴族図鑑に掲載されている、王にも正統と認められた正式な子供であり、後継者の一人だ。

「これは、ナオミ様が養子に来られる前に描かれたものですので」

「養子……ですか」

 シムア警視補は、そうセバスの言葉を反復した。

「これはいつ頃描かれた絵で?」

「バラク様が八歳になられた日に描かれた絵でございます」

「ということは、今から二年と少し前に描かれたものですね」

 シムア警視補が言った。

 貴族図鑑には、生年月日も記載されている。シャロン領主には二人の息子がいる。享年十三歳のアムノン様と享年十歳のバラク様である。

ナタンは、シムアからみても優秀で事件を解明する熱意もある。シムアはすでに、死亡した貴族家の詳細を暗記して調査に臨んでいるのだ。さらに経験を積めば、優秀な警視となるだろう。

「それで、領主代行様が養子に来られたのは?」と今度はナタンが尋ねた。

「一年ほど前でございます」

「ナオミ様は、シャロン子爵の遠縁の方だったのでしょうか?」

「それは私からは申し上げられません」

 セバスはきっぱりと答えた。

セバスの主人……つまり、シャロン子爵領領主代行のナオミ様に不利益な情報であるということだ。

「隠し事は為にならないぞ。捜査妨害は重大な違反だぞ」

「よさないか、シムア警視補」

 ドスの聞いた口調でナタンが言ったのをシムアは制した。

 公安は、貴族の死に際して必ず動く存在だ。

 事故死や自然死であっても、死を悲しむ遺族たちのところへ土足で上がり込み、他殺の可能性を考慮に入れながら調査を行う。

 暗殺などであれば、公安に犯人であるとことを悟られると訪れるのは自身の破滅だ。

 貴族達から嫌われるのも公安の仕事である。

 だが、嫌われる仕事だからと言って、自ら率先して嫌われるように振る舞うのは下策である。

「……ナオミ様にお会いになれば自ずと分かることですが……ナオミ様は孤児であったのをエリアム様がお引き取りになり、養子とされたのです」

 エリアムは、シャロン領主の名前である。シャロン領主の当主が養子にした。

「さぞかし、領主代行はお美しいんでしょうなぁ」

 貴族が孤児の女子を養子にする。

 それは、結納金を目的とするのが貴族の通例である。

 跡継ぎに恵まれなかった家であれば、男子を養子に迎える。普通は、濃淡の差はあれ、同じ血が流れている親戚などから養子を迎える。

 場合によっては、その親に多額の金を払って養子に迎える。

 跡継ぎがいなければ断絶となるから、その場合、養子を迎える貴族は必死となる。

 女子を養子に迎える場合にしても、親戚や遠縁に美しい娘がいるから……将来、結納金をつり上げても、釣れる貴族がいるかもしれない。嫁入りする貴族家との婚姻関係に結べるという何にも代えがたい絆に加えて、美しいという付加価値がつくからである。

「それも、ナオミ様とお会いになればわかることでしょう。急ぎましょう。長いこと、ナオミ様は皆様をお待ちです」

 確かに会って話を聞けば分かることだ。

 ナオミという少女。その価値は貴族にとって破格である。貴族図鑑にシャロン領の領主継承権第三位と記されている。

 そして、当主エリアム子爵は死に、第一位と第二位であったアムノン様とバラク様はお亡くなりになった。

 子爵一家転落事件が、本当に事故であったのなら、このナオミという少女が、婚姻を正式に結ぶまでは、シャロン領主代行として事実上の領主となる。そして、目出度くも婚姻を結んだ男は、婿入りという形であれ、この豊かなシャロン領の領主となるのだ。

 貴族図鑑に記されている、王国への納税額もかなりのものだ。地中海に面しており、海洋貿易による利益。実り豊かな土地。

 利に聡い貴族達なら、このシャロン領に残されたナオミという少女の価値に気付くだろう。喪が明けたら求婚の申し出が殺到するであろう。

「ナオミ様はこの部屋でお待ちです」

「案内に感謝する。家族が亡くなられて身も引き裂かれる思いであろう。長くは時間はとらないことを約束しよう」

 ナタンは言った。

 養子とは言え、一度に両親と兄弟を亡くした遺族への配慮……の形を取りながら、領主補佐官であるセバスの同席を拒否した。

「そうして戴けると家臣として感謝の限りです」

 セバスはそう言うと一歩後ろへと退いた。応接室には入らないという意思表示であろう。また、扉へのノックも自分たちでしてくれということだ。

 意外だな……。

 領主補佐官が、成人して右も左も分からない領主代行を良いことに、傀儡として私服を肥やす……そのための領主一家暗殺……というのも前例は多々有る。

 何かと理由を付けて同席したがるのが犯人もしくは共犯者の心情というものなのだが、領主補佐官はあっさりと同席を申し出ずに退いた。

 このセバスという男はシロか?

 それに、『家臣として』と言ったということは、領主代行にナオミという地位に十歳に満たない少女がおさまることをすでにセバス自身が認めているということだ。

 少なくとも、シャロン領主一家の死が事故死であり、問題無くナオミという少女が領主代行の地位におさまると確信しているということであろう。


 ナタンは扉をノックした。

「王室警視庁公安部のナタン警視とシムア警視補です」

「どうぞ……お入りください」

 か細い、琴の弦が震えているような声だった。泣きながら声を振り絞ったのだと分かる。

「失礼致します」

 ナタンは応接室の扉を開けた。


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