6:理性がちゃんと機能しない件
「だから......雫さんの上に覆いかぶさって寝るんですよ」
「ほへ?」
隣で寝るならまだ理解できなくもない範囲だが、覆いかぶさって寝る?上で寝る?意味は分かるが意味がわからない。
僕の思考が停止していたその時。急に春香が身を大きく乗り出し、体と体が触れ合うスレスレの状態で耳元でこう囁いた。
「...こうやって」
耳元に突然入り込んだ甘い息漏れ声は直ぐに鼓膜へと伝わり、電気信号に置き換わり全身を駆け巡る。
「うっ」
途端に僕を強引に押し倒した。体と体が直に触れ合う。聞こえるのはお互いの心音。春香はやけに落ち着いてるのに対し、僕の心臓は驚きを隠せていない。床に背中を打ったのと春香の身体で僕が覆われている為全身が熱い。春香の胸が僕の体と春香自身の身体で柔らかいクッションのように僕たちに挟まれている。
彼女からするほのかな甘い汗の匂いが僕と彼女の空間を取り囲み、真っ白な牛乳のような肌が僕の視界に這入る。互いの瞳に相手の顔を映し合う。
すると突然、お互いがまるで引力のように顔を近づけ合う。それが当たり前のように。地球が僕たちを離さないように。春香はすぐさま僕の顎を手で捉え、抱き寄せて、唇を重ね...
「じゃねーよ!」
春香を振りほどく。が、対して力も無い完全に振りほどいたとは言えないかもしれないが、理性を取り戻すには充分だった。
危ない。完全に理性が効かなくなっていた。
いや、『理性を春香の魅力で押さえつけられていた』と、言ったほうが正解だろう。
学校では清楚だと噂されている鉛前春香がこんなことをするやつだと知ったら学校の奴等は驚きを隠せず開いた口が塞がらないだろう。
彼女は清楚でもなんでも無い。少なくとも僕の前では...清楚ビッチとか言われているキャラに変貌するのだ。
清楚な長く綺麗なストレートな黒髪。前髪はちゃんと丁寧に手入れされていて、自己主張をしないファッション。悪く言うと地味。良く言うと清楚な着こなし。そんな外見に則した丁寧な言葉遣い。ですます口調。
そんな彼女は僕と二人きりでいる時(あの美少女3人は例外なのでカウントしない)、とんでもなく乱れる。おしとやかに乱れる。
彼女自身が不特定多数の異性をターゲットにしている訳では無いのでビッチと付けるのはいささかしっくりこない。けれども、僕のボキャブラリーの中ではこれが一番合う。
「もう!春香抜け駆け禁止!」
「そうだよ〜。しずくんは秋のものなんだから」
「そうよ、ルール違反よ。離れなかったら力づくで止めに入ったわ」
寧夏の発言に秋、冬姫と続く。
「でも雫さんが知りたそうでしたから...」
そしてにっこりと僕に微笑みかけてくる。
「え、僕?!」
「それに日替わりで代わるんですから今日くらい良いじゃないですか」
「ひ、日替わり?!」
「そうですよ。日替わりで交代交代で決めてくんです。それで初日は譲れない!って二人が喧嘩してるんです」
それで秋と冬姫は揉めてるのか。にしても上とか圧迫感で眠れなそう。隣に居るのも緊張して眠れないけれど上は嫌...じゃないけど理性が消し飛ぶから嫌だ。
お付き合いをしていない人とそういうことをするのは駄目な気がする。
「寧夏が今右で春香が上。左を秋と冬姫で争ってるんだろ?」
「そうだよー」
寧夏が直ぐに返事をする。なるほど。僕が今考えたことは今回の最適解か分からないけれど提案してみるか。
「寧夏は右のままで良いけれど、春香は左側で寝てくれないか?」
「嫌です」
「そ、即答?!」
「それでさ、今回は寧夏と春香だけ。明日は秋と冬姫。そうやって交互交互じゃ......駄目かな?」
「.........」
「それでポチ助が毎日僕の上...みたいな感じでさ」
「.........」
皆が一斉に黙る。この謎の間が怖い。皆して何かを考えているって言うのが逆に怖い。皆真顔だし。あっ、でも寧夏はシンプルに馬鹿だから何も考えてなさそうだな。
真顔だからこそ、皆の顔がとても綺麗で整っていることがよく分かる。
(私が上って話だったのに...でも結局交代交代でしたし、皆が上に行けないのは一緒のこと。それで良いかもしれません。やっぱり雫さんは頭がよろしいですね。それに犬と一緒に寝ているところ...見てみたいです)
(何よ。明日になっちゃうじゃない。まあ、もし万が一でも三人だけ選ばれて私だけ一人で寝るってことになったら寂しいわね。それに何より雫が考えたことだから、良いに決まってるじゃない!それが最適解よ!ていうか犬と一緒に寝るとか可愛すぎ!好き好き好き好き好きs......)
(私は明日かー。まあ、明日秋の番だからたくさん一緒にいれたら良いなー。それにしずくんが考えた交代制のほうが平等!やっぱしずくんすごいなー。ていうか犬と一緒に寝るとか可愛s...)
(しずくかっこいい!しずくかわいい!.......................................)※寧夏です。
「まあ、良いわよそれで。あまり良い提案とは思えないけれど」
「それで私も構いません」
「明日は本当に秋お姉さんと寝てくれるなら全然いいよ!」
「...寧夏もそれでいいよ!」
よし、ひとまず僕の提案が通った!あとはルール決めで良いか!
「ごはんとか当番制にして作ろうよ。朝とか夜とかで分けて」
「それならもう考えてあるわ」
冬姫が印刷されているプリントを渡してきた。そこには当番がきちんと皆均等の割合で書いてある。すごい。さすが冬姫だ。さっき電話で『雫が言いそうなことは全部対処しといたから』と言っていただけある。
「家事の当番とか...」
「二枚目のプリントに書いてあるわ。はい、これが...二枚目」
「ゴミ出しとか...」
「それも二枚目のプリントに書いてあるわよ」
「門限とか...」
「7時にしましょう。一応そういう決めごとは全部この三枚目のプリントに書いといたわ」
「鍵とか...」
「合鍵は一応全員分作ってあるわ。でも時期にセキュリティの強いものにしたいわね」
「明日学校だし、制服とかって...」
「そこにかけてあるわ。四人分」
それからも問答は続くが全部完璧に冬姫...冬姫達は用意していた。後半になってからはボロを探すのに必死の僕だったが全部ブロックされた。ブロックされていた。
「へ、へー。ちゃ、ちゃんとしてるね。すごいじゃん......」
僕はこれしか言えなかった。
それにしても、冬姫がしっかりしすぎてるあまり予定より早く終わったな。本当は日を超えると思ってたんだけれど...これだったらなんとかお風呂入ってご飯食べたら九時までには勉強を初められそうだ。
「ルールも決まった...というよりか決まってたみたいだし、話は終わろっか。この当番どおりに...」
...って、風呂の順番の表に僕の欄だけ無いじゃないか!入るなってことか?ってそんな訳ない。まあ、これだけ決めてきたのだからきっと間違えちゃったんだろ。冬姫に聞き直せばはっきりすることだし。
「し、雫。そ、それでなんだけど」
「ん?どうした、冬姫。それよりこの当番表...」
なんか皆して急に顔色が悪い?というよりかは赤い?気がするんだけれどどういうことだろう。
「お、お風呂.........お風呂、今日は誰と入りたい?」
「はひ?」
僕の声が驚きのあまり裏返る。
本日二回目の「はひ?」である。