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元奴隷少女が死にたがり霊能者に生きたいと言わせる方法。  作者: 汐見 こころ
序章 病死美人と結婚指輪
3/3

【注意】上手くいかない時もあります


「うぅ…ど、どうするのよ…着いちゃったわよ…どんな顔してればいいのよ…」


「普通だ」


「それがわかんねーから聞いてんでしょうがこの顔色死人野郎!」


「霊に死人と呼ばれている…死にたい…」


シーナさんの旦那さんの故郷らしい港町は、港やそこに面した商店街は大きいけれど街としては小さなところだった。私は食べたことがないのだけれど、魚が名産品らしい。


「先程からすれ違う男は漁師らしい格好をしている人間ばかりだな。この街ではほとんどの男が漁師なのか?」


「いや、漁師と商人が半々くらいよ。単に商人はこの時間に働いてるからすれ違わないだけでしょ。あたしの夫もそうだったわね」


「なら居場所もすぐ分かりそうだ。良かったな」


「だからどんな顔して会えばいいのよ!いや、よく考えたらそもそも顔以前にどうやって蘇ったことを説明すりゃいいの!?」


シーナさんはここにベッドがあれば確実にクッションを抱えてゴロゴロ転がっているであろうくらいの勢いでうろちょろしている。

綺麗な頭を掻きむしるものだから、せっかく艶のある金髪がボサボサだ。


「普通に1番彼が信じてくれそうな言い方で説明すればいい。ホテルのことを正直に話すでも、単に自分に未練があって魂が残っていたとでも」


「みんなそんな説明で信じるの!?バカなの!?」


私も、そんなにあっさり話が通じるのだろうかと初めは思っていた。が、よほど遠方ならともかくこの国の人は割とそれで直ぐに受け入れてくれるらしい。

レイモンドさんによると、リカルド様の仕事が優秀だから遺族や一時期現界して人に紛れ込んだ霊が彼の評判を話しているからだそうだ。わざわざ覚えていなくても、どこかで噂を聞いたことがあるかも──位の認知はあるらしい。

──もっとも、使用言語が同じでも遠い国の炭鉱にこもりきりだった私は知らなかったし、箱入り娘だったシーナさんが知らないのも無理はないと思う。


「そう言われれば、私が知らないってのはわかるけど。なんとか短命の娘を幸せにしようと奔走してたうちの両親まで知らなかったのかしら?」


「それか、あなたには使ってもらいたくない手段だったかだ。大きな心残りのない霊ならば通常は霊になった自覚もなく成仏する。

…まともな親ならば、そもそも生前になんの心残りもなく幸せに逝かせてやりたいと思うものだろう。もっとも、素直じゃないあなたのせいでそういう訳にもいかなくなった訳だが」


「悪かったわね!!」


髪を振り乱すシーナさんの頭を私が整える一方、今度はリカルド様が自分のカフェモカ色のボサボサ頭をくしゃくしゃした。


「…で。どこにいるんだ、その彼は」


「うっ…」


こういうのは、確か『往生際が悪い』というのだっけ。


「いや、ツンデレだ」


「誰がツンデレか!」


「…俺とアルナはあなたが幸せになれるよう最大限の手伝いはするが、手伝いだけだ。

どんな最悪の環境だって幸せを感じられる人間が居るように、最終的に人生を彩れるのは自分しかいない」


シーナさんの動きが止まる。

リカルド様はじっとその瞳を見つめると、彼女に手を差し伸べた。


「あなたの力で、あなたが踏み出すんだ。

大丈夫。俺達もついている」


「…男は、」


シーナさんの唇が震える。


「嬉しいものかしら?本当に、嬉しいの?

長くは続かない幸せだと初めから分かっていても、その上で選んだ道だとしても、永遠の契りを交わすことすら出来ずに死んだ女が逢いに来て、本当に、嬉しいもの?」


「嬉しい。きっと涙が出るほど。俺なら抱きしめる」


「本当に?本気でそんなこと言ってるの?

──おかしいんじゃない!?」


彼女の形のいい爪が、人形みたいに白く美しい掌にくい込んだ。


「だって、忘れたいでしょ!辛すぎるじゃない!あたしのしたことは裏切りも同然なのに、今顔を合わせたってこれから一緒に生きられるわけじゃないのに、どの面下げて戻ってきたんだって話じゃない!」


「あなたの彼はそんな事を言う人なのか?」


「──言わないかも、しれないけど!あたしがあたしを赦せないのよ!

あたしはあいつに恋してた訳じゃないし、それはあいつも知ってたわよ!だけど、だとしても!あれだけ優しくしてくれたあいつにあたしは素直になれなくて、最期までありがとうの一言も言えなくて!

死ぬ時すらそうだったのに、今更何が出来るのよ!」


「今度は素直になればいい」


身を乗り出していた彼女の体が、つんのめった。息も荒いまま、目をそらせないみたいにじっとリカルド様を見つめている。


「俺なんかにあなたの苦しみは理解できないかもしれない。でもひとつ言えるのは、もし動くのなら今しかないという事だ」


この空気をそのままにしておくのもどうかと思って、空気を読まない発言かもと思いつつ、未だ息を荒らげているシーナさんの代わりに「彼女の霊力が少ないからですか」と尋ねる。

リカルド様は私を見ると、少し笑って首を横に振った。


「別にそうじゃない。でも、物事は先延ばしにするほど遠ざかっていくものだからだ。そうでなくたって、いつ、何があるかも分からないものだから。人は弱い。脆いから」


「…死にたいが口癖のまだ若い男が、死人に向かって説教ってわけ」


シーナさんはさっきよりも静かな呼吸で、少し頬をふくらませていた。リカルド様は肩を竦めている。


「俺には大したことは何も言えない。だけど、たくさんの無念や人の想いを見てきたから分かることもある。

あなたの本当の未練は彼に会いたいのでも、もっと生きたかったのでもない。ただ、自分が赦せないからじゃないのかとは思う。その無念を解消するための手段が、結果として彼に会うということに繋がっている。…憶測だが。あなたは高飛車で勝気だが、一方でそういう高潔で、誇り高い人に見えるから」


シーナさんは腕を組んでそっぽを向いてしまった。


「…説教の次は口説き?霊能者って随分軟派なのね。陰気なくせに」


また、そんなこと言って。

そろそろ私にもわかってきた。

私はリカルド様をとても慕っているし、そう言っているから、彼だけでなくレイモンドさんまでそれを知っている。

…けれど、そう出来ない。素直に伝えられない人もいるのだ。ううん、もしかしたら私にもそういう時があるのかもしれない。

つい自分の気持ちを隠したり、誤魔化したり。それで後悔したり、すれ違ったり…恋愛物語を読んでいてもよくわからなかった展開が、ようやく分かった。──何故そうなるのかまでは、もっと勉強がいるけれど。


私はリカルド様と同じように、彼女のもやもやが無くなってくれたら嬉しいから。

そして、私ももっとたくさんのことが知りたいから──気を抜いていたシーナさんの背中を、細くてしなやかな背中を、ぐっと押した。


「えっ、アルナちゃ──」


バランスを崩した彼女は、リカルド様の胸に勢いよく突っ込む。

彼は私のすることが分かっていたみたいで、いつもなら転びそうな体で、よろめきながら受け止めてくれた。


「あっ、あっぶな!いきなりどうしたのよ、何す──」


「シーナさん、ちゃんと一歩踏み出せましたね」


「…」


彼女はぽかんと口を開けたあと、笑うみたいに眉を八の字にした。


「…そういう表現は、例えで使うのよ。物理的な1歩、なんて──」


「だけど、1歩は1歩だ」


リカルド様はシーナさんの腰を支えると、恋人のように優しい目で静かに笑った。


「踏み出してみたら、なんてことはなかったんじゃないか」


「そりゃ、不意打ちだったから、だけど────うう、ん」


シーナさんはため息をついて、笑う。


「いや。…意外と、そんなものなのかもね」





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