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元奴隷少女が死にたがり霊能者に生きたいと言わせる方法。  作者: 汐見 こころ
序章 病死美人と結婚指輪
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②未練の解消に出かけよう

シーナさんの旦那様が住んでいるらしい村までは、幸い半日で着くようだった。

私達はホテルを出て1番近い街から馬車に乗ってから、シーナさんの故郷でもあったこの国の王都を通り、かつての旦那さんの実家があった港町に向かっている。

家にこもりがちだったシーナさんや、仕事以外ではインドアそうなリカルド様すら平然としているけど、私にとってはまだまだ見慣れない景色ばかりだ。見たことがあるのは殺風景な炭鉱と、その中に奴隷用の寝床として作られた暗い洞穴だけだった。



「あら、キョロキョロしてどうしたの?馬車の窓から身を乗り出すと危ないわよ」


「すみません。見慣れないもので」


「田舎育ちなの?意外ね、綺麗な服を着てるからどこぞのお嬢様だと思ったのに」


「…これは、リカルド様が選んで買ってくださったので」


シーナさんが口笛を吹きながら隣に座るリカルド様を肘で小突く。


「何よ、自分はめちゃくちゃみすぼらしいのにいいセンスしてるじゃない!なんで自分の服にももっと気を使わないの?」


「店員が選んだんだ、俺じゃない。それに俺なんかが身綺麗にしたってしょうがないだろう」


「霊とはいえ人と接する仕事してんだからしょうがないってことはないでしょうが!」


「俺なんかに金をかけるくらいならアルナやホテルに使った方がいい。儲かる商売とは言えないわけだし」


「そりゃ霊相手ならそうで…ん?」


シーナさんはぴくりと眉をあげると、隣に向かって身を乗り出したまま固まった。


「あのね、あたし死人よ」


「わかっているが」


「働いてなかったから収入はなかったし、わずかな貯金とかも全部もう家族の遺産だと思うわよ」


「…だから?」


「いや、払えないわよ!報酬!」


馬車だというのにそんなに勢いよく立ち上がっていいのだろうか。


「そうよ、すっかり忘れてたけどこの…えー…ホテルの宿泊料?成仏サービス?の相場はいくらなの!?」


「相場、と言われましても…ないですよ」


「え!?」


リカルド様は、大変な手間にも関わらず成仏への報酬を求めていない。

それはシーナさんが言ったように、仮に今は実体化しているとしても『霊はお金が払えない』というからというのもあるけれど、あっちの国に行ったりこっちの国に行ったりして動き回るのに、見返りを求めていない。

仕事じゃなく、完全な奉仕として行っているのだ。…そして、ご本人はきっと奉仕なんて大それたことだとも自覚していない。


リカルド様から直接聞いた訳じゃないけれど、大変な仕事にも関わらず見返りを求めない理由は、彼の性格を考えればわかる気がする。

たぶん、そうやって成仏のために奔走している時間、誰かの心を救うために動けることこそが、リカルド様にとって1番の──そして唯一の生きがいだからじゃないだろうか。


すぐ死にたいと言うくせに、とても傷ついた霊に優しい言葉をかける時の彼の瞳の輝きは、きっとそういうもの。


「む、無償ってこと?助けて貰っておいてなんだけど、よくやるわね。はっきり言って正気を疑うわ」


「ほんとになんだな」


「だって変なんだもの!まぁ話を聞くに、あたしはまだ軽い仕事の客なんだろうけど…それでも今みたいに交通費だってかかるし、正直ボランティア精神だけで出来ることじゃないでしょ?経営はどうしてるのよ?」


「…遺族の方のお礼、でしたっけ」


シーナさんのように、偶然どこかでさまよっている魂を見つけたり、生きている人から怪談を聞いて霊を見つけたり──そういう『霊が顧客になる』パターンが1番多い。

でも聞いた話だと、遺族や街の人が心霊現象らしきものに悩まされていると前払い金を持って相談を持ちかけてきたり、成仏を手伝った例の遺族の方が報酬を変わりにくれることもあるそうだ。

でも、メインの収入はそうではない。


「俺の弟が上手いことやってくれているのが大きい。俺は勘当されているが、弟は一族がやっている地主の仕事を受け継いでいるんだ。それでホテルの仕事を援助してくれている」


「えっ、あんた地主の息子なの!?そんなに陰気なのに!?」


「…自分でもなぜ強力な霊感と不気味な外見でそんな家に生まれたのか不思議に思う。ああ…死にたい…」


「そんなに陰気が嫌ならその口癖直しなさいよ!」


シーナさんが弟の顔が見てみたいとため息をつく、が──。


「シーナさん、ちらりと顔を見たことがあるでしょう」


「え?こいつの弟?」


「はい。レイモンドさんは地主の仕事の傍ら、ホテルでシェフもなさっているんですよ」


「えっ、じゃああの穏やかで知的そうなイケメンがアンタの弟なわけ!?」


「似てないだろう」


「そこで胸を張るな!」


確かにレイモンドさんは貴族と言っても差し支えないような優雅で高貴なオーラを纏っている──が、シーナさんから見た彼の印象は私のと大きく異なる。


「確かにレイモンドはいい男だが、穏やかだと思い込んでいると後で驚くことになるぞ」


「あら何よ、仕事もデキるいい男の弟に僻み?」


いや、本当のことだ。


「レイモンドさんは毎朝起きてこないリカルド様をベッドから蹴り落として起こしますよ」


「えっ、あの爽やかなイケメンが!?」


「それで済めばいい方だな。酷い時はベッドシーツごと洗濯されそうになる、というか洗濯桶の中で目が覚めることもある」


「…か、勘当されてるって言ったけど、仕事を手伝ってくれてるんだもん、弟とは仲がいいのよね?」


「俺はあいつを信頼しているが、相手はこの俺だしな。あいつの方は…さぁ」


肩をすくめるリカルド様に、シーナさんは顔を引き攣らせていた。


「…やだわぁ。男兄弟ってこんなもんなのかしら」


ため息をついて腕を組んでいるが、私は彼女にかける適切な言葉が見つけられずにいた。

なんというか、仲が悪い訳では無いのにこういうことをするんですよ、とでも言いたい。


ご兄弟の関係は私にとって初めて見る、奇妙なものだった。

私は鈍いからわからないだけかもしれないが、たぶんレイモンドさんもリカルド様が嫌いなわけではないのではないかと感じられる。

誰に対してもお優しく紳士的な彼は何故かリカルド様の前でだけは人が変わったように荒々しくなる──けれど、奴隷に対し暴力で従えようとする労働者達とは違う感じがするのだ。

気遣いが荒々しさになっている感じ──とでも言えばいいのだろうか?

けれど、私は未だになぜ好きなら優しくしないのか分からないし、嫌いなのかもしれないし、あの二人の不思議な絆のようなものを上手く表現出来ないまま、車体はがっくん、と1度大きく揺れて止まった。


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