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第1話:研修を始めよう!

「えーっと、資料資料……」

「…………」


 セフィリアがデスク横のキャビネットの中でゴソゴソ探し物をしている。

 何を探しているかというと、研修の資料である。


「これは領収書……これは始末書……これは……あ、違った」

「まだかー? 研修は今日一日だぞー」

「わ、分かってますって……あ、あったあった。はい、どうぞ」


 やっと見つかったみたいだ。

 というか、なんだこれ? 手書きかよ。


「んじゃ、研修始めますね。まず……えーっと、この業務の目的ですね」

「一応想像はつくけどな」

「まあ、聞いて下さいよ。折角練習したんですから。まずですね、最近、異世界転移が増加傾向にあります。というか増えすぎです。転生も多いですけど、転移の方がややこしいんです。これ、一大ジャンルになってますけど、中々面白いのって難しいじゃないですか。作者側も疲れるんじゃないですかね?大体世界的にもバランスが面倒なんですよ。すぐパワーインフレするわ、ご都合主義だわ、最近は寝取り寝取られまでありますよね? 荒んでると思いません? 大体――」


 明らかに話がズレてる、というか、作者側の思考だろこいつ。

 どうでもいい話になってきたので無視して、資料を読み進めてみる。


『最近、異世界転移が増加中で色々な世界に飛ばされる地球人が後を絶ちません。しかも大抵、「勇者」や「賢者」という使命を帯び、過酷な戦いに身を置きます』


 確かに多いな。

 しかも突然戦いに巻き込まれるし。


『ただ、昔のようにはメンタルが強くなく、最終的に悪堕ちしたり、八つ当たりみたいな戦いをして周りに迷惑なのが増加しています』


 確かにそういうのが増えてる。

 一緒に転移した幼馴染みが別のクラスメイトとくっついたことで、八つ当たりみたいな悪堕ちをした勇者とか。


『そんなゆとりだらけの勇者が多いことと、大人数での転移が増えたため、神殿での神託や、目的だけ伝えて終わりでは済まなくなりました。そこで発足したのが「世界統括コンタクトセンター」です』


 つまり、神託面倒→委託しちゃえ☆ ってことじゃないのこれ?

 まあ、いいんだけど。

 しかし、これ勇者オンリーか?


『ちなみに対応範囲は勇者に限らず、庶民サイドの「司祭」、悪役サイドの「魔王」も含まれます。但し、これは今後の有用性を見てとなりますので、現状は勇者など、特定称号持ちのみとなります』


 なんか、色々ツッコミ所が多い気がする。

 魔王相手に相談対応するんか。「世界征服はどうしたら?」とか答えられんわ。


『そのため、できる限り満足いただける対応を心がけましょう』


 そんな文面で研修資料が終わった。


「え、終わり!?」

「――そんなわけで……ってどうしましたゼクスさん!? 私の話はこれからですよ!」

「あ、何でもない。んで、話は終わりか?」

「ゼクスさんあなたね……いくら何でも私の話を聞かないとかないでしょ……折角これからクライマックスですのに……」


 よよよ……と泣き真似をするアホが一人。


「いや、お前の話は趣味の話しかしとらんだろ。大体、王道は王道であるが故流行るんだ」

「意外と聞いてるんですね……そりゃ分かってますがね? ……っていうか、また逸らされた!」

「はいはい聞いてる聞いてる」

「やめてくださいよ! そんな……某掲示板で、完全にスルーされた時みたいな……ぐすっ」


 なぜか本気で泣かれた。

 綺麗な紅い目に一杯涙を溜めている。


「ほら、涙拭けよ」

「ううっ……ゼクスさん……はっ! なんか優しいふりして煽られた感じがするぅ! 断固抗議します! 遺憾の意です!」

「うるさい。いいから話するぞ。大体この資料目を通したが、仕事内容は分かった」

「お、そうですか! 流石はゼクスさんです! 私が見込んだだけありますね!」


 表情がころころ変わって面白い。

 というか、セフィリアは相当「こちら側」みたいだ。

 一体どこで仕入れているんだか……


 だが、セフィリアが泣いてもイマイチ影響がないのは何故だろうか。

 こいつの本心が違うからだろうか。まあいい。

 それより、こいつに言わなければいけないことがある。


「……ただな」

「はい? なんですか?」


「――こんな役に立たん資料があるかっ!!」


「うわっ!? なんて大声を出すんですか! ここはシャウトなんて指示してませんよ! 耳がキーンって! キーンってするぅ!」


 兎に角このままでは仕事にならない。

 この一日で最低限しっかりしたコールセンターにしてやる。

 まずはこの駄女神に、管理者のノウハウを落とし込みである。


 * * *


「まず、業務知識の前に、サポート課が意識しなければいけないことはなんだ?」

「やっぱりクオリティですかね!」

「具体的には?」

「え?」

「具体的」

「えー……っと。や、やはり満足度ですかね!」

「どうやって?」

「…………」


 こいつ、本当に何も考えてないんじゃなかろうか?

 大体、なんで【上級神】なのに、この業務なんだ?


 基本的に業務委託が増えているのが最近の傾向だ。

 だが、天界に業務委託があるとは思えない。だって神直轄だし。

 しかも「サポート課」というからには、いわゆる委託先ではない。

 会社だったら、一つの部門としてみられているということだ。


 ……ただ、こういうところは大体引退した工場の人が、再就職とかで来ることが多いんだけどな。

 こいつはまさか、再就職側か?

 いや、多分この女神は若い。なんかやらかしたか?


「……あのー、そんなに見つめられると緊張するんですが。というか、まさか一目惚れ!? そ、そんな……私、心に決めた人が……」

「どうせ二次元だろ、乙」

「ちょ! 酷いですよその言い草! ……否定はしませんが!」


 ほらやっぱり。


「……まあ、お前がそこのとこ考えてないだろうとは思っていたがな。まあいい。さて、コールセンターの満足度に繋がるのは、大体三つだろうな」

「三つですか?」

「おう。一つは、『応答率』。そして『品質』。あとはまあ、『時間』だろうな。もちろん他にも要素はあるが、大体この位だ」

「へー……」


 完全に聞きモードだな。


「まず、『応答率』。こいつは、問い合わせで入ってくる電話数――入電数に対して、何本取れているか、ということだ。例えば一時間に二本入電して、二本とも取れたら応答率100%だ」

「なるほどぉ……あれ? ということは、電話が増えると取れないんじゃ……」

「そうだな。だから管理者は予想しながら出勤人数――稼働を調整して、上手く応答率を上げるんだ。その調整が下手だと、信頼を失う訳だ」


 これは中々難しい。

 稼働少なくて応答率取れないと、お客さんも待たされて不満に繋がるし、クライアントからの評価も下がる。

 まあ、俺たちはクライアントというか、【世界神】の評価なんだろうが。


「さて、応答率の大切さは分かったな」

「ええ、まるで目からウロコです」

「はい次。今度は『品質』だ。さて、品質とはなんだと思う?」

「品質……ですか。まあ、満足度の話からですから、どのくらい対応できたか、とかですか?」

「まあ、そうだな。基本は『応対品質』って言って、応対マナーが指示通りか、話し方を見られる。点数がついたりしてたぞ」

「うわー……面倒ですね」

「まあ、一定品質のためには指示通りの応対マナーでする方が良いんだよ。特に新人の間はな……」

「まあ、確かにそうですね」

「ベテランとかは慣れてるから、言い回しとか、点数が高い言い方とか考えるしな。査定に繋がるし」

「やっぱりそこですか。まあ、分かりますけどね」


 よく、「コールセンターのマニュアル対応」とか悪口を叩かれるが、一定の品質というか、マナーを覚えさせるには定型文化させた方がいいのだ。


「後は、知識面とか、どれだけお客様の気持ちに寄り添えるかだな。お客さんも話慣れしてるわけじゃないから、何を伝えて良いのか分からない。そこをどれだけ汲み取れるかが腕の見せ所……というか醍醐味だな」

「うーん、あたしゃ神様なんで心読めばいい話なんですが」

「それ、天使とか俺はできんのか?」

「……それもそうですね」


 まったく……


「とにかくだ。そんなチートが出来ない俺らはそうやって地道に聞くんだよ」

「あいさー!」


 ビシッという効果音が付きそうなほど綺麗な敬礼である。


「あとな、心が読めても知識は関係ないだろうが。知識がなかったら話のしようがないだろ」

「ごもっともです……」

「お前はもう少し考えて話せんのか……デビュー後にそんな対応してたらしばくぞ」

「私が"口を開く”と心の中で思ったならッ! その時にはもう対応は終わっているんですッ!」


 ガッ!!


「ぬるぽっ!!」

「うん? どうやって対応するって? お兄さんに教えてごらん、さあ」

「……いえ、要はお客様への気遣い。これが大事ってことですね」

「その通りだ」


 ふう。

 ついカッとなってしまった。腕を痛めたかもしれない。


「なんでゼクスさんはこんなに手が出るのが早いんですか……どこで教育を間違ったんでしょう? 手を出して欲しいだけなのに……」


 知らんがな。

 何だろう、セフィリアにならこういう事も受け入れてもらえる感じがあるんだよな。

 あれ、何か昔もそんなことがあった。あの子は元気だろうか?


 * * *


「時間については言わずもがな。一時間当たり何件取れるか、どの程度のスピードで後処理できるかだな。一時間当たりの件数はCPHとかいうことが多いな。一件当たりの平均時間はAHTとか呼ぶぞ。人数が多くなれば、チームで競ったりしてみると面白いぞ」

「ははぁ、面白いこと考えますねぇ。ある意味モチベーションのためでしょうかね」

「まあ、否定出来んな。特にこれはインバウンド――受信メインのコールセンターでは大切なんだよ……ここみたいにな」

「そんな面倒……いえ、細か……いえ心配りのいる仕事なんですね……」

「本音出てるぞ。まあ、そうやって管理者はクライアント――顧客のニーズに応えるんだよ」

「ふむむ……色々考えませんと……」


 少しは真面目に考えるようになっただろうか。

 こいつは「痛くしないと覚えない」と思っていたが、そうでもないのか?


「まあ、難しいことはお願いしますねゼクスさん! だからこそSVになってもらったんですし!」


 こいつ……確信犯か……

 はあ、仕方ないな。


「わかったよ……とにかく対応方法は叩き込んでやっから、業務端末とかツールの使い方は教えろよ?」

「分かってますよ。もちろんその当たりは把握してますんで」

「それじゃ、よろしくな。さて、運営についての続きだ」

「え? 少し休みを……」

「さあ! 明日までにオープン出来るようにしないとな!」


 こんな感じで、三時間ばかり管理者の心得を叩き込んだ。


 * * *


 流石に三時間ばかり喋ると疲れた。

 【神見習い】でも疲れるんだな。


 今度はセフィリアに、ツールとか業務端末について教えてもらう。

 真面目に喋っている姿は中々いいな。


「えーっとですね、まずこのモニターですが、まあ、モニターですね。天界なんで、純粋にパソコンって訳じゃないんですけど……いろんなものを見ることが出来ますよ!」


 へー。まあ、業務端末だからな。

 どうやって使うんだ?


「それじゃ、ツールの説明を――」

「まてまて。使い方なんぞ知らんが、どうしろと?」

「え? 使い方?」

「スイッチらしきものも見当たらんし、キーボードもマウスもない……どうしろって言うんだ?」


 そう。

 どこにもスイッチがない。

 しかも、実はモニターというより、ガラスの板にしか見えない。


「あ」

「ん?」

「……そうですよね-、分かりませんよねー……これはですね、念じれば使えるんです。だから、特に操作はいらないんですよ。まあ、タッチパネルにもなりますんで」


 やたらハイテクだな。

 まあ、本来神にはこんなの要らないんだろうな。


「ちなみに、地球のインターネットにも繋がりますよ!」

「何その無駄に嬉しいスペック」

「ちなみに回線は、某パンダの国です」

「規制の嵐じゃねーか」

「なんと海賊版見放題!」

「お巡りさんこいつです」


 上級神のくせにルール無用な奴だ。

 ああ、駄女神だからか。


「まあ、冗談なんですが。欲しいアニメとかは複数を現地調達に決まってるじゃないですか」

「冗談かよ……事実かと思ったぜ。なんだ? 同じもの三つ買ってんのか?」

「お! 分かってるじゃないですか、ゼクスさん!」

「まあ、俺もオタクの端くれだったからな」

「いや、貴方かなりのヲタでしょうが」


 こいつ、俺のデータ見てたんだな。

 だが、別に否定しようとは思わないんだが。

 というか、現地調達ってお前……地球に降りてんのかよ。


「まあ……いいだろ、別に」

「私は一向に構いませんが。というか、ばっちこいですが」

「そうかい……さ、ということでコレの使い方は分かった…………ありがとな」

「え? 何です?」

「(難聴ヒロインなんて需要無いぞ……)いや、結局仕事ではどう使うんだ?」

「なんか言われた気がしますが……そうですね。まず――」


 仕事用の顧客データ管理システムやコールマスターの使い方を確認する。

 大体は地球と変わらんな。

 コールマスターは、操作部が目の前に浮かんでくる感じで、席から立っても操作できるのが便利だ。バッテリーもないし。


 バッテリーについては「神パワーで解決です!」と言うことらしい。

 ただ、キーボードを使わなくても文字が入るのは便利だがしばらくは手が慣れないと思うな……

 そんな事を品質研修用の資料を作りながら思った。

 ちなみに、資料を作りながら品質研修をセフィリアに行う。

 意外とトークフローって役立つからな。しっかり覚えて、脊髄反射レベルにしてもらわねば。


「これ、ロボットでも出来るんじゃ無いですか?」

「おまえ、自分が路頭に迷うぞ?」

「うん、臨機に対応できることって大切ですよねー」


 本当に……考えて喋れ。バカめ。


 * * *


 研修を受けつつ、研修をしながら、ふと気になること……というか真っ先に聞かなければいけなかったことを尋ねる。


「なあ、セフィリア」

「どうしました、ゼクスさん?」

「どんな問い合わせが入ると思う?」


 そう。

 神託の代わりだとか、世界のサポートということらしいが、どの程度の権限があるのか、どこまで対応するのかが分からないのだ。


「あーそうですね……上司である世界神が言うには、まずは勇者達のサポートらしいですよ? 彼ら、生活の仕方すら怪しいですし。聖剣を包丁にするならまだ良し、下手すりゃすぐに売る事になりそうですもん」

「これだから最近の若いのは………」

「そんな事を言ってますけど、ゼクスさんこそゆとり世代ですよね?」

「…………」


 そう。俺は平成生まれのゆとり真っ盛り世代だ。

 だが、それこそ生活力は高かったぞ?


「まあ、昔の偉い人も『無知は罪』なんて言いましたからね。所詮高校生程度じゃ、そうもなりますよ。というか、発狂しないだけ頑張ってると思いますよ? こういうところ『日本人は未来に生きてる』なんて言われる所以ですよね」

「お前、ホントに日本好きな」

「ええ! 彼らは素晴らしい『文化』をもっていますからね! とある巨人族的な言い方をすると『デカ○チャー』ですよね!」

「伏せ字付いてるぞ。少しは文言に気を付けろよ……」


 危ない奴だ。本当に。

 しかし、なんだかんだこいつと喋るのは面白いな……と思う自分がいる。

 絶対に言ってやんねーけど。


「しかし、どうにか最低限コールセンターらしくなったろ?」

「ええ。助かりましたよ、ゼクスさん。私一人じゃ壊滅してましたね、ははは」

「まあ、何だ……でも、お前は本当に頑張ったよ。俺からイジられてもしっかり覚えたろ? それはすごいと思ってる」

「………」

「頑張ったな、セフィリア」

「はいっ!」


 なんか、セフィリアの笑顔を見ることが出来てほっとした気がする。

 これからは俺たちで「異世界サポート課」を管理していかなきゃいけないからな。


「一緒に、頑張ろうぜ。明日からオープンだ。よろしくな」

「勿論ですよ、ゼクスさん!」


 そうして、俺たちはどちらから言うまでもなく、握手をした。




「あ、いずれはゼクスさん課長になってくれると助かります」

「お前はどうするんだよ」

「寿退社でゼクスさんに――あ、ごめんなさいごめんなさい! ナックルアローは止めて!」


 ゴスッ!


「……少し褒めたらすぐこれだ。ったく………」


 まあ、手加減してやったんだから感謝しな。

 俺たちは、パートナーなんだからな。


 辞めさせないぞ。

これからも、「理系崩れ」共々よろしくお願いします。

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