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黄金色の涙 1945 himawari  作者: 日南田 ウヲ
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後編㊾

 

 父が何故、亡霊なのか。

 綾子の心がその疑問に反応した時、電話がどこかで突如鳴り出した。

 鳴り響く音は綾子の心に少なくとも驚きを浮かばせた。

「電話が…」

 驚きと共に声が漏れた。

「まさか、有るなんて…」

 綾子は哉を見る。

「外部と話が出来る様に繋がっているのですか?此処は」

 綾子は思わず走り出そうとして二人に背を向けた。それを哉が手で制する。

「無駄ですよ。この電話音は通話ができる為に引かれている訳ではないのです。これは――軍事通信の技術の一つ、それは外部の方からの連絡を受け取る為だけに在る」

「軍事通信技術?」

 綾子は哉を振り返る。

「…どういうこと?」

「分かりませんか?聡いあなたなら、もう既にここがどんな場所なのか、私が語った全てから見当が立てれる筈だ」

 自分を見つめる哉の視線を外して綾子は背を伸ばす様に周囲を見渡す。

 周囲には並べられた美術の調度品がいくつも見える。

 壁にはマティスのダンス、その他にも飾られた見事な絵画。それだけではない、美しい陶器に家具、見る者が見れば此処は正に美の殿堂ともいえる場所だ。

 しかし、その場所と外部を最も似合わないもの――軍事通信技術が繋いでいるのだ。

 まさにそれは『死』に相応しい戦場にこそあるべきだが、しかしそれは現実に『美』の殿堂ともいえる場所を繋いでいる。


(そうよ…何故、此処を軍事通信技術が…)

 するとそこで綾子ははっとして顔を上げた。

 何かを思い出したのだ。

 それは哉が語った言葉の中に在った。

 思わずそれが自然と綾子の唇から漏れ出る。

「…731部隊」

 哉は綾子が漏らした言葉で彼女が全てを理解したと認め、首を縦に振った。

 それを見た綾子が言った。

「それじぁ…此処は」

 改めて綾子は壁から天井、全て見渡して哉に向き直る。

「そう、ここは731部隊の国内の秘密実験場。そして…」

 言うと哉は妹の肩に手を置いた。

「新島がダム建設で水没させ闇に消そうとしている場所だ」

 綾子の中に閃光が走る。

(…まさか、それじゃ…それに乾グループが父が…関わっているというの!?)

 哉は言葉を続ける。

「そしてそれは同時にダム建設による水没に反対する同志達の場所…、いや、違うな…言わば新島に苦しめられた亡霊達の墓場でもあり…」

 そこで哉は妹の背を強く握る。

「此処は護の為に用意した僕達兄妹の美術館でもある」

 綾子は思わぬ言葉に驚いたまま、呟いて二人を見た。

「美術館…」

 頷く哉が言う。

「ここに向日葵を咲かせるんだ、護の向日葵を!!新島のもっとも忌み嫌うこの場所に!!護の向日葵を!!」

 哉が叫ぶように言うと再び電話が鳴り響いた。いやそれは軍事通信機と言ってもいいのかもしれない。

 哉は音を聞いて柱時計に目を遣ると驚いたままの綾子に言った。

「どうやら時間です」

 言うと頼子が立ち上がる。

「…どこへ?」

 綾子が二人に手を伸ばす。

「呼んでいるのです。同志が?」

「同志?それは誰?」

 綾子が詰問する。

「分かりませんか?」

「分かりません」

 困惑する綾子が答える。

「田川君ですよ」

「田川?」

 意外ともいえる言葉に綾子が反芻した。

「そう、此処はね。元々田川家が所有していた山林地何ですよ。それを戦時中、軍部が借地してね。そこにこの施設を建てた。勿論、極秘にね」

「行くのですか?ここに私を残して」

 綾子の黒髪が肩から流れて行く。それは幾つかの蟠りを共に手に取って気付いた人への慕情を含んだ湿りとなって。

 哉は首を強く縦に振る。

「ええ、あなたはまだ必要なんですよ。何故なら、あなたのお姉さんがまだ私達に芦屋の向日葵を渡してくれていないですからね。まだ暫くここに居てもらいますよ、私達は田川君の処に行きます。それまで冷めてしまうかもしれませんが、此処にお茶を残しておきます。それで時間を過ごして私達の帰りを待っていて下さい」

「ごめんなさい、綾子さん」

 頼子老婦人が綾子の手を握る詫びる様に言う。

 その手に綾子は手を重ねる意外何も出来る事は無かった。

 哉は綾子に言う。 

 まるで何かの希望を託すように。

「あなたは向日葵の秘密を知り得たのです。そしてあなたには時代の決着を見届ける義務があるのです。まだここから出すわけにはいきません。それは危険というものです」


 



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