後編㊼
「今日」と言う日はいつ終わるのか。
そう問われれば時刻を指す時計の針が午前零時を指す時、昨日は去り明日が訪れると人ならば誰でも言うだろう。
しかし、内なる人間の心はどうだろう。
例え時計の針が午前零時を指そうともそれが自分の願う「今日」と言う日であれば有るほど、願うべき希望や期待、想いを今日に棄てて明日を見ない限り、それは永遠に終わらないのではないだろうか。
それは時代が幾年過ぎようとも、その時代に生きた人々が終わったのだと思わない限り、「その時代」はいつまでも続いてゆくのではないか。
玲子は今日と言う日をいつも精一杯生きて来た。それは病魔と言うものを小さな身体に背負い込んだ時から。
――今日を生きること、
それが病魔に侵された玲子にできる家族への精一杯の務めとも言えた。
だが、
その意味合いが自分の中で少しずつ変わり始めているのを彼等に出会ってから感じている。
彼等とは?
玲子は瞼を閉じた。
そして瞼の裏に浮かぶ顔と彼等の言葉を思い起こす。
――近松寅雄、
権田清
そして水野静。
(…水野さん)
意味合いが変わってきているという事を自分に強く認識させる画家の表情。それはどんな意味合いなのか。
玲子は細い手を挙げて手の甲で瞼を覆う。
(…ゴッホが描いた芦屋の向日葵)
玲子の瞼裏に写真で見た絵が浮かび上がる。それは青い背景に前で花開く黄色い花弁の向日葵。あの向日葵が何故、こうも自分達家族を結びつけるのか、それは父に聞かなければ分からない。
分からないが、しかしあの向日葵は今自分と彼等、いやもう少し自分の心の我儘に従えば――彼、水野静と自分を強く結び付けたのだ。
自分にとっての「今日」はそれから変わりつつある。それは家族の為に精一杯生きることからもう少しで手の届きそうな――自分が諦めたいたそんな「何か」の為に。
だから「今日」と言う日を終わらせたくない、玲子はそう願うのだ。
――その願いは届くのか。
思うと手の甲を置いた瞼から涙が零れ落ちて来た。
零れ落ちて、それが頬を伝ってゆく。
頬を伝う涙。やがて玲子はそれを優しく撫でる指の温もりを感じた。
この指の温もりは一体何処から来たのだろう?
玲子がそう思った時、不意に瞼を開いた。
開いて手の甲を払うようにして半身を起こした。
起こすと長い黒髪が揺れた。
――頬を撫でた温もりは自分ではない…
…であるのなら。
玲子は起こした半身で温もりが差しだされた方を見る。肩へと流れ落ちて行く黒髪の隙間から見えたのは自分が生きる「今日」と言う世界の客人の姿。
それは水野静の姿だった。




