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黄金色の涙 1945 himawari  作者: 日南田 ウヲ
48/54

後編㊸

 

 ――とんぼ返り


 空飛ぶ蜻蛉は突如、方向を変える習性がある。飛びながら突、方向を変えられたら、後を追う者はどうなるだろうか。

 そんな事を権田は水野から預かった向日葵の絵を膝元に抱えながら阪神高速を移動するタクシーの中で考えた。

 自分が近松達に会うまでに思い浮かんだことは、全て話した。話して、やがて権田と近松は黙り込んだ。いや正確には近松は黙り込みながら手帳に手早く書き込んでいる。その書き込むペン先の流れる様な音だけが響いていた。

 権田が眺める車窓越しに高速の壁を越えて見える屋根が見えた。

 それが何か。

「もう、甲子園すぎますわ」

 運転手の何気ない言葉に権田が頷く。

「すいませんね。天神橋からここまで少し込んでしまいました」

 運転手が帽子の鍔に手を触れて謝罪する。

 二人は天神橋商店街を抜けると、南森町の交差点でタクシーを拾ったがあいにく道が混雑し、タクシーは上手く高速に乗れなかった。それを運転手は謝罪してるのだろう。

 それはつまり料金がいつもより上がるという事を暗に言っているのだ。

 権田はそれに気づき、言葉をかけた。

「まぁええですよ。気にせんで」

「…ほうでっか、すんませんねぇ」

 運転手のいう言葉が切れるのと同時に甲子園を過ぎた。

 それからまた車内に沈黙が戻る。

 自分が近松に言ったこと。

 それは田川洋子についてだった。

 そして田川康夫という人物との関連性を自分なりの意見を付けて。


 ふたりの関連性。

 それは親子ではないかという事だ。


「――成程なぁ、権田さん」

 沈黙を破る近松の声。それに振り返る権田。

「まぁ、恐らく。そうやろうな。二人は…」

 それから権田はバツが悪そうに謝罪した。

「すいません。近松さん」

 権田は頭を下げた。

 それは何故か。

 実はここに至り始めて土岐護の事を近松に話したのだ。話さなければ自分の考えは憶測で終ってしまい、これからの何か予感めくような展開に対応できないと感じたからだ。

 予感めいた展開。

 それが何を予感させるのかはわからないが、何ゆえにそのよう思ったのかと関上げると膝に抱えた向日葵と水野を匿うという事が権田の内面で精神的唸りとなって満ちて来たからかもしれない。

 だから権田はその人物、つまり土岐護が幾つか近松に関連する過去の事件に触れていたことを踏まえて、自分との戦中戦後における関係、そして最近近松から土岐護について問いかけられた時、知らないと装った諸々のことを今移動するタクシーの中で謝罪したのである。

 二人だけの密談のような空間こそ、全てを話すのに適していると判断して。

 ペンを仕舞うと近松は言った。

「…うん、まぁそれはしゃあないことや。誰にだってギリギリまで秘匿した方が良いと言うことはあんねん、だから謝らんでもういいよ。それよりも…権田さんが話したほうがいいと考えたタイミングは間違ってないのかもしれん」

「…そうでしょうか?」

 問いかける権田。

「そうや。情報と言うのは出す時のタイミングが大事や。俺はそう思うね。これで俺が得ている情報のいくつかが符牒したんやし、まさにタイミングは申し分ない」

 言ってから近松はふぅと息を吐いてサングラス越しに目を細めて微笑した。

「しかしまさかその人物が俺の若い頃の阿呆なことに関連していたとはねぇ…」


 ――阿呆な事。

 それは勿論、近松が刑事の若い時分ピカソの作品を落としてしまったと言うことを指している。


 その絵の見事な修復という技術を見せつけられた近松は何と言ったか。


 ――権田さん、あなたに一生分の借りが出来ました。この近松寅雄、何か権田さんのことで困ったことがあれば必ずご恩を返します


 それだけではない。


 ――うん、わかった。じゃその画家にはありがとうと伝えてください。近松寅雄が感謝していると


 近松が若い自分へ向けて言葉をなぞるように呟いた。

「近松寅雄が…感謝している…」

 呟いた言葉に権田が近松を見つめる。サングラスには流れゆく六甲の山並みが映っている。しかし、その奥に煌めく何かを見つけた。

 それが何か。

 近松の心奥に去来した思いが形となって溢れて来たのかもしれない。それは長い時間自分の心に秘匿していた想いが蓋を開けて。

 そんな二人に去来する時間を止める様に声が聞こえた。

「お客さん、そろそろ京橋ですわ。ここで降りて元町に向かいますから」

 それは運転手が告げた二人を現実へ引き戻す鐘のような響きを含んだ声だった。


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