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黄金色の涙 1945 himawari  作者: 日南田 ウヲ
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後編㊴

 

 神戸から大阪へ向かう風景は少し前から変わらない。少し前と言うとそれは戦後の復興後という事だ。

 その変わらない街並みを見ている自分は、また同時に車窓に映る白髪混じりの髪を後ろに流している自分の表情を見ている。

 変わらない街並みと年老いている自分が重なり合いながら夏の日差しの中に居る。

 平日の昼間近の車内は閑散としている。

 権田は出入り口付近に立ちながら幼子を抱える母親や、年老いた人がめいめいの思いを抱きながら車内で揺れているのを眺めると横目に大きな川が見えるのが分かった。

(武庫川を過ぎたな…)

 あと少しすれば大阪に着くだろう。

 権田は神戸を出て車内で揺られている。揺られながら自分が思っていたことを振り返るように、過ぎ去っていく線路沿いの住宅街へ首を動かして顧みる。

 道端に出て来た子供がボールを追う姿が見えた。

 見えて直ぐに電車の速度の中に消えた。



 ――ダム建設に反対

 そして抗議活動…


(田川康夫…)

 権田は或る人物の名を心の中で呟く。

(…もし、生きていればおそらく、護さんと同じ年か、その下か…)

 眩しい日差しが差し込み、人が立ち上がる。

 電車が尼崎駅に着いた。権田は駅表示に目を遣る。

 電車は先程西宮駅を過ぎた。

 西宮は土岐護が没した土地だ。そしてそこで自分は確かにあの時尋ねた団地で田川康夫という人物に会った。そしてそこで小さな少女に。

(…私が尋ねた時、護さんは亡くなっていた。そこで自分は親子に会った。それは田川という名の…)

 権田はそこで頭を掻いた。

 何かが心に引っかかる。

 それはまるで釣り人が海底に落として忘れ去った釣り針が波に揺らめいて、何かに触れたような感覚だった。

(…何か、忘れていることがある…)

 権田は乗り込んで来た人達から避ける様に肩を動かす。その時僅かだが乗り込んで来た女性の肩に触れた。その女性と目を遇わせると僅かに頭を下げた。肩が触れた詫びの気持ちを含んだ礼に相手も軽く答える様に顎を引いた。

 年は若い女性だ。これから大阪へ向かうのだろう。唇に惹かれたルージュが陽に映える。

(…若い方だな)

 自分の若い時分は戦後で苦難の時期だった。それは全て今のLEONと共にあった。勿論、自分がし遂げようとした仕事は自分が土岐護、乾洋一郎と戦時中に会わなければ成し遂げられなかったことでもあった。

 人生を振り替えれば全てはこの二人との出会いだった。自分がその二人から何事を学んだのかと誰かに問われれば、それは自分の命は拾われたものであるということ、そしてあの乾家の土蔵の中で見た向日葵の美しさこそが戦後の輝く世界に必要だと感じた自分の信念と言える。

(…だが)

 権田は下を向いた。

 今は不幸にもその洋一郎の末娘である綾子が誘拐されている。勿論、警察には言っていないが、それは近松個人の心の中で秘匿されている。

 今、自分は電車に揺られ自分がある確信めいた答えを彼に伝えようとしている。そしてそれはもう一人の人物にも。


 ――水野静


 彼とも奇妙な縁だといえる。

 LEONに持ち運ばれたルノワール作の『陽光の中の裸婦』。それは先程、肩が触れた若い女性と年変わらないであろう美しい女性が持ち込んだ水野の謂わば秀作ともいえる模写。それこそがアトリエの貸主というだけでなく彼と今の自分を裏で繋いでいる。

(…そう、彼とは…)

 そこで権田は不意にはっとした。

 電車が走り出す。それに揺れて海底で釣り針が何かに確かに触れて、埋もれていた海底の砂から何かを引きずり出して来た。

 権田は目を驚きで目が見開くのを感じた。

(…そうだ、待てよ。確かLEONに来た女性の名は確か…)

 権田は唾を飲みこんだ。

(…田川洋子と言った…。待てよ、確か、その名は新聞で見たぞ。安治川の水死体の女性の名が田川洋子だった…それは近松さんが追っている事件。だとすればもしや、もしや…)

 そこまで思うと権田はより一層目を見開いた。

(まさか二人は親子…?で、あるならば)

 その時、車内にアナウンスが聞こえた。それは大阪駅到着と伝えるアナウンスだった。

 ゴトンと電車が揺れ、速度を落として大阪駅のホームへと滑り込み、やがて停車した。停車した電車のドアが開くと権田は駆ける様に人混みを掻きわけてゆく。掻き分けながら権田は何といえない興奮に包まれた。

 それは


 ――自分が西宮の土岐護の部屋を訪ねた時あった親子は、いま自分が思う田川康夫と洋子に違いないと言う心が沸騰するような興奮だった。

 その興奮が年甲斐もなく権田を走らせた。

 早く二人に会わなければ、と。


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