後編㉝
――どうして曽根崎に来たんや。
近松は言葉を思い出して帽子を目深く被り直す。被り直すと金縁のサングラスに陽が映えた。
それから扇子を取り出し、パタパタと音を立てて襟首を広げて扇子で仰ぐ。
近松はそこで思わずにっと唇を横に広げて、にっと笑う。
(自分でも惚れ惚れする張ったりやったな)
――本当に芦屋の向日葵を取り戻そうとしてか?それとも…ひょっとして、それはお前自身の為にしたんじゃないのか?
浦部に放った言葉を続けて思い返す。
――お前、実は田川洋子の本当の姿を知っていて、サツに来たんじゃないか?つまりサツに洋子の身辺を探らせるために…
ここで浦部は表情を変えた。その瞬間を自分は逃さなかった。その表情はまるで意外なところから突如水をかけられたときに真人間の反応だった。
(…それはつまり、あの二人は元々計画して行動したのだ。浦部が曽根崎に来たのは…恐らく二人の中であらかじめ示し合わされた何らかの時限付き行動なのだろう。それは何か?)
近松はサングラス越しに見えた新大阪の正面口へと向かう階段の前に立つ。
(浦部よ…理由もなく、お前は謂れも無く何ゆえに永年歴史から消えていた世界的名画の盗難を警察にチクらなければならない?あまりにも不思議やないか…?)
階段に踏み出した革靴底が音を鳴らす。近松の目がサングラス向うで細くなる。末で猫科の動物が獲物に狙いをしました時の鋭さを帯びて。
(つまり、それはだ。お前達二人にとって危急の時が迫れば警察を動かす必要があったと思うべきなのだ、違うか?浦部)
近松は階段に踏み入れた足に力が籠る。
(俺はお前が思うほど、其処迄阿保やないで…)
それから足早に階段を昇り始める。
(…水野先生とバイクで朽木へ向かった時、俺が何もネタを掴まず、ボウズで帰って来たと思ったいたら皆、大間違いや)
近松は新大阪の駅舎の中に身を入れると切符売り場へと向かう。そこで行き先案内板を見ると目を細めた。
(ここ一発のネタは常に隠しとかアカン)
思わず、何かを思い出して再びにっと笑う近松。笑いを消すように真面目な顔つきで行き先案内板を見る。
(…ほんなら、あの時のバイク旅の相棒に会いに行くか)
近松はボタンを押すと切符を買った。
向かう先はJR天満橋。
そこは自分の相棒水野のアトリエに向かう為の最短の駅だった。




