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黄金色の涙 1945 himawari  作者: 日南田 ウヲ
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後編⑫

 田林は腫れる唇を抑えながら、乾建設のドアを開けた。昼休みで誰もいないオフィスの奥へと向かう。その奥に社長室があった。田林は急く心を押し殺すようにノックする。しかしそれが本当に動揺を抑えることができていたのかどうか。

「社長、田林です」

 すると中から初老の男の声がした。

「入りなさい」

 失礼します、と言うやドアを開ける。それから足早に中に入ると部屋の中を確認した。社長室に男が居た。

 人物は乾建設の社長乾陽介である。社長は乾海運の社長乾洋一郎の叔父にあたる。先代の乾海運社長乾憲介は物事には思案を重ねて判断していく人物だったが、弟の陽介はやや合理的に物事を判断し、即断を好む性格がある。どちらかというと物事の判断が早く、その為、従来の判断よりも新しい物への取り組みに必要な判断力が必要な新興事業向けであり、それを考えたうえで洋一郎から新事業である乾建設を任されている。

 顔は細づくりの初老の男だが、しかしながら内面に香るような気品を持ち、合理的な判断を好むところがどこか表情にも出ていた。

 その乾陽介が背を黒革の背にもたれさせながら、足早に近づいてくる田林を見た。

「どうした?そんなに急いで。その様子じゃ飯もまだだろう?」

 それから田林の口元を見て、おやと言う表情をした。

「どうした…、その唇…」

 言い終わるのを待つことなく田林がその唇を陽介の顔表に近づけた。

「社長、大変です」

 どうした、とは言わず唯目を細めた。何やら、重大なことがあったらしいことは田林が部屋に入って来た時から感じていた。

「例の新島の若先生と水面下で進めていたダム建設の用地買収と地元住民との訴訟…いや、これからそれが起きそうな件ですが…」

 陽介が目を動かし、田林を見る。

「…、どこからか漏れているようです」

「…何?」

 低く小さな声を出して田林を見た。

「本当か?」

 陽介が首を寄せる。

「はい、先程、議員の鬼頭がやって来て私に私達しか知らない筈の隠れた情報を洗いざらい…」

「何だと?鬼頭だと…」

 陽介が首に顎を持って行く。それは深く思案しているようだった。

「鬼頭と言えば、新島の大先生の所に入りこんでいる若手議員であの目つきの鋭い奴だな…若先生でも軽率に漏らしたか……」

「それはどうか」

 田林がハンカチを出して唇を拭く。吹いたハンカチに小さな血が付いた。

「いや、それはすまい。若先生、態度は大きく見えるがああ見えて内心は小心者だ」

 それには田林は深く頷く。

 新島の息子、幸雄は確かに態度が大きく大物政治家の息子らしい風貌と態度を持っているが、内心は小心者だと思ってる。政治の世界でトラに食われるウサギだと見せれない。

 田林はこのダムの件で顔を良く付き合わせるうちにそれが良く分かった。

 幸雄は内心の焦りが出てくると今の自分のようにハンカチで汗を拭く。焦りが体温を上げるのだろう。

 政治家と言うのはどんな時でも内心の変動で汗をかかぬものだと思っている。清濁併せてこその政治家だろうと言うのが田林の政治家に対し得る尊敬と蔑みだった。

 新島幸雄はそういう意味では純だろう。あの鬼頭に比べれば。

 いずれ親の株は全て鬼頭に取られるだろう。

 唇を強く抑えて、ハンカチをポケットに仕舞う。

「ということは、独自で調べているのだろうな、その鬼頭は…何が目的かは知らんが…」


 ――目的…


 田林は顔を上げた。


 ――新島先生と私とは少しこのダム建設に対する本当の目的が違うんだ


(確か鬼頭はそう言ったな…)

「しかし、まぁいいそんなことは。今はこれからをどうすべきかだな」

 言ってから陽介は立ち上がると顎に手を遣りながら田林の側に立った。暫しの沈黙が有ったが、迷うことなく陽介は言った。

「明日の役員会でダム建設の件は明らかにしよう。それからこの件は以後、社の内外に明らかにする。勿論、裁判沙汰になりそうな件は伏せて…この件もそこに住まう方々には誠意を持って乾建設、いや、ひいてはグループ全体としては対応するんだ」

「新聞社も情報を掴んだら来るでしょうね」 

 頷いて陽介が言う。

「別にやましいことをするんじゃない。地方の生活にこれから必要になるエネルギーを造る事業だ。勿論、私も当初反対していたのだから他の役員は驚くだろうが、洋一郎もこれから乾グループに必要な事業だと内心は認識している。その時期を早めて挑戦するだけなのだ。どうせなら役員会の後に新聞記者を呼んでもいい」

 陽介はそれだけ言うと後は唯何も言わず、席に着いた。田林はそれ以上何も言わず、社長室を出た。

(早くて明日の夕刊か、もしくは明後日の朝刊にはダム建設の件が出るだろう)

 田林は自分の事務室に戻ると急いで机の引き出しを開けて分厚い名刺ケースを指で急いで開いてゆく。

(どこに入れただろう…)

 焦る心が指を早めて行く。

(どこだ…)

 ページを捲る指が止まった。

(あった…これだ)

 田林は止めた指の所から一枚の名刺を出した。それはどこにでもある名刺だった。

(近いうちにこちらの方からダム建設の件で連絡あるかもしれない)

 田林はそれを電話機の横にそっと置いて名前が見えるように捲った。

(なんせダムができればダム湖に沈むあの建物の所有者で、当社に裁判をすると言われている代表の方なのだから…)

 田林は再びポケットからハンカチを取り出して唇に当てた。唇にあの鬼頭のボディガードに殴られた跡から滲む血の味がした。その地を唇で拭くと名刺を見て相手の名前を見る。

 その名刺には田川康夫と名前が書いてあった。


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