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7.秋晴れの朝

 その朝、ウルスラの目覚めは早かった。

 もう夜は明けているはずだ。澄んだ声で小鳥が鳴いているのが聞こえてくる。だが部屋の中は暗かった。

 そっと横を見るとギーゼラが寝ているのが目に入った。

 規則正しい寝息の音がかすかに聞こえてくる。よく眠っているようだ。

 この部屋で目を覚ますのも、今日でおしまいになる。

 双子の姉妹と分け合う小さな部屋は、敷き藁と毛皮のにおいが軽く漂っていた。

 先日泊まった総督府の部屋は石造りで、寝台には織目の詰んだ肌触りのよい布地が敷かれていた。

 これからはああいった部屋で寝起きすることになるのだろう。

 そこではウルスラの横で眠るのはギーゼラではない。フェリクスだ。


「起きてたの?」

 ギーゼラが起き上がり、軽く目をこすりながら尋ねかけてきた。

「ん……」

「どうかした?」

「いや……なんでもない」

「今朝で最後だものね」

「……うん」

「どうしたの、そんな顔して」

「帝国の住まいはこことはぜんぜん違う。私、馴染めるんだろうか」

「大丈夫よ」

「どうだろう。いざとなると自信がなくて」

「ウルスラは強いわ。だから大丈夫」

「うん?」

「腕っぷしが、だけじゃなくて、気持ちがね。思い切って新しいところに飛び込んでいけるし、大切なものを守るためなら命だって賭けられる。そういう人だもの。だから大丈夫」

「そうだといいけど」

「それに、毎日のろけ話を聞くのはもう飽きたの」

「……ギーゼラ?」

「副帝陛下だって待ちくたびれているはずよ。さっさと一緒になればいい」

「そう……だね。フェリクス様も待っていてくれるんだから」

「ああもう、言った先からもうのろけられた。これだから」

「……ごめん」

「いいの。だって私も聞いてもらうつもりだし」

「え?」

「私、字を書くのはウルスラよりも得意よ? 手紙、送るから」

「あ、うん、そうだよね」

「たぶん来年には、この部屋にはアルベルンが住んでるんじゃないかしら」

「ギーゼラ、それって……」

「まだちゃんと決まってないけど。でもそういうことだから、手紙に書きたい内容ならたくさんあるの」

「そっか……よかった」

「だからねウルスラ、安心してね」

「ん?」

「こっちは大丈夫。だからウルスラは、自分の、ううん、自分と陛下のことだけを心配してたらいいんだから」

「うん」

「ああでも、ちゃんと髪や肌の手入れはしてね? ついでに、帝国式の美容法とかを教えてくれたら嬉しいな」

「うん……そうだね」

「元気でね。ちゃんとしあわせになってね」

「ギーゼラも」



 氏族の伝統にのっとった花嫁衣装にウルスラは袖を通した。

 婚礼の宴のためには帝国式の装束も用意されている。だが、そちらは総督府でのお披露目の席で使う予定だ。

 まずはベルヌス族の装束を身につけて、生まれ育った集落で婚姻の誓いを立てたい。そうウルスラは主張した。

 フェリクスはその願いを容れた。北の諸氏族に帝国とベルヌス族の絆を示すという意味において効果的だろうと、辣腕家の副帝らしい表情でウルスラの提案を評価した。

 けれどもそう言った後に、フェリクスはこっそりつけ加えた。

「花嫁衣装を身につけた君を二種類も見られるのか。本当にいい考えだ」

 それはウルスラを喜ばせるための冗談だったのかもしれない。けれども、そういった冗談をフェリクスが口にすること自体が、ウルスラには嬉しかった。



 衣装を着け終わったウルスラは、ギーゼラに伴われて広場に向かう。

 入口には既にフェリクスの姿があった。

 今日のフェリクスは氏族の礼服を身につけていた。白いシャツの上に刺繍の施されたチュニカをつけ、革のブーツで足元を包んでいる。

 そういう装いをしても、フェリクスは氏族の若者とはどこか異なって見えた。

 ウルスラの姿を認めると、フェリクスは一瞬、声もなく息をのんだ。

 そして軽く礼をして、ウルスラの前に左手を差し出してくる。

 差し出された手にウルスラは自分の右手を重ねて、正面に向き直る。

 手に手を携えて、氏族の人々と帝国の兵士の見守る中、ふたりは広場の中央に向かって歩み始める。

 

 広場の正面中央には祭壇が設けられていた。あの夏至の日、仮の御座所が設けられていたのとちょうど同じ場所だ。

 祭壇の前には族長ベルンハルトと祭司の姿が見える。


 ――あの日、私が立っていたのは、今、祭司様がいらっしゃるあたりだった。


 ウルスラは夏至の日のことを思い出していた。

 あの日、ウルスラは族長の横に立ち、広場に歩み入るフェリクスの姿を眺めていた。だが今はフェリクスの横に並び、ともに広場に歩み入る。


 ――これからはこの人の横に立ち、ともに手を携えて歩んでゆくのだ。


 秋空は曇りなく澄み渡っていた。空気はどこまでも清澄で、太陽は天高いところで明るく輝いている。

 繋いだ手にたしかなぬくもりを感じながら、ウルスラは横に並ぶ男とともに、ゆっくりと最初の一歩を踏み出した。

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