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ノゴロド・デル・エリィフ

「ノゴロド・デル・エリィフ……」


 碧薫せきかおるは、ビルの壁面に立つ怨敵を睨みつけながらその名を呟いた。

 決して忘れたことのない白皙の貌があった。

 彼女の国の都を半壊させ、何十万もの民を虐殺した悪魔の貌を。

 

 あつきも見ていた。

女獅子の心臓コル・ライオネス〉の産みだした〈魔力〉の力によって空中を浮遊している彼をさらなる高みから見下ろす若者を。

 口元に浮かんだ三日月のような亀裂は嘲笑わらいに間違いはない。

 たった今、自分を護る〈妖物〉を叩きのめした少年を虫けらでも観察しているかのように嘲笑っている。


「おまえ……」

「余はノゴロド・デル・エリィフという、この世界の戦士よ。おっと、名乗らなくてもいいぞ。化け物なんぞに名乗る名前はねえんだろ」

「……ていたのか?」

「ああ。余の予知夢が告げた『ヤバい敵』がどの程度のものか知りたくてさ。いやいや、たいしたもんだよ、油断していたとはいえ〈雷魔〉がそこまでボコボコの半殺しにされるなんて思ってもいなかった」


 ノゴロドは意外という感じに肩をすくめた。

 実際、彼は魔界から召喚して以降、〈雷魔〉を初めとした三匹が誰かにここまでのされたシーンなど見た記憶がなかった。

 来訪した世界にはそれぞれ守護者的な戦士が数多く存在したが、よほど強力に鋳造された魔剣や聖剣の類いを持った相手以外、敵のカテゴリーにすら含まれない程度のものばかりだったからだ。

〈雷魔〉や〈凍魔〉たちが屠ってきた戦士の数は四桁に到達するだろう。

 戦えもしない雑魚まで勘定に入れれば優に六桁に届く。


「―――だから、子分の一大事に助けに入ったという訳か」

「まあ、そういうことだ。お主の戦い方も見せてもらったし、もう十分な頃合いと判断したからだな」

「戦い方を見た?」

「そうだ」


 ノゴロドは指を立てて、オーケストラの指揮でもするかのように振った。


「余の見たこともないそのエネルギーは、どうやら体内にある臓器のようなものから発生しているらしいな。しかも、臓器が脈打つたびにピストン的に発生されるから生きている限り、全身に送られる仕組みだ。これはエネルギーの発生と利用のやり方としてはとても効果的だ」


 ひと目で見抜かれた。

 あつきの顔がひきつる。


「そのエネルギーを使って、全身を覆って防御、四肢の先端に集中させて攻撃、重力に干渉することで飛行、五感を強化して観察、あと勘働きを超越した未来予測もしようとしているな。なかなかに万能な力だ。……ただ、余はもうこの街に一ヶ月ほど滞在しているが、お主の使っているような術法の在など聞いたことがないぞ。おかげで召使いは油断しすぎた」


 今度こそ、あつきは驚きを隠せなかった。

 彼が発生した〈魔力〉を使ってやっていることのすべてが図星だったからだ。

 特に戦闘のために未来予測をしていることまで見抜かれているのは、ある意味では致命傷になるかもしれない。

 かつて、あつきが経験してきた戦いにおいては、その未来予知が勝敗を左右したことが多かったのである。

 

「ただ、身のこなしはともかく、闘技は素人だな。思い付きの体術ではエネルギーを効率よく敵に叩き込むことはできないぜ」


 これも痛いところだった。

 偽臓を埋め込まれるまで、あつきはただの青年学生でしかなかった。

 だから、格闘技や剣術、射撃術など、戦闘に必要なスキルを本格的に学んだことなどないのだ。

 全身に〈魔力〉を迸らせる力任せなやり方しかできない。

 しかし、その欠点をたった数秒で見切られてしまうとは……


「おまえ、何者だよ……? 異世界から来たらしいが、〈央京〉に何をしに来やがった」

「余か? 余はこのちっぽけな街への滞在者だよ」

「……はっ?」

「もしかして、お主は余がこんなどうでもよい閉塞しきった下らぬ街に興味があってやってきたとでも思っているのか? 少なくとも、余はこの街の腐ったごみ溜めのような臭いには五秒と我慢したくないぐらい、ここを嫌っているぞ。当然、支配する気もないし、何かを搾取する気もない」


 あつきには言っていることの意味がわからなかった。

 では、こいつらは〈央京〉で何をしているのだ、と。


「お主のように、こんな臭い吐き気を催す場所で産まれて死ぬ虫けらにはわからぬのだろうが、余はこの街に贈り物をしにきただけだ。大切な用事を済ますついでに、な」

「俺にわかる言語で囀りやがれ」

「くくく、わからずともよい。余も説明する気などない。お主は余の邪魔をする星の下にあるようだから、ここで排除しておくのが正しい選択のようだからな」


 ノゴロドがあつきに向けて掌を差し出した。

 そして、握る。

 訝しむあつきの全身を突然圧迫感が襲った。

 目に見えぬ何かに突然挟み込まれたような圧力がかかったのだ。

 その圧力とノゴロドが手を握ったのは同時だった。

 まるで同調リンクしているかのような……


獅子の闘気レグルス・オーラ!!」


〈魔力〉を迸らせて、その圧力に抵抗する。

 このままじっとしていたら潰されてしまうかもしれなかったからだ。

 そして、全力を挙げて跳ね返し、飛んだ。

 目指すはノゴロド。

 たった今の正体不明の攻撃を仕掛けたとおぼしき張本人のところへと飛ぶ。

 右ストレートを放った。

 しかし、その拳はまたも目に見えぬ何かに遮られた。

 ノゴロドの開いた掌の前に透明な壁のようなものができていた。

 それがあつきの攻撃を止めたのだ。


念動力テレキネシス……?」

「そうだ」


 壁に垂直に立ったまま、ノゴロドが足を蹴りあげた。

 当たるはずのない距離だというのに、蹴られたのと同様の衝撃があつきの腹を抉った。


(なんだ、何をされた!?)


 ノゴロドが指揮をするかのように指を振るう。

 すると、指の動いた方向へと触られてもいないのにあつきは吹き飛ばされた。

 そのまま道路に叩き付けられる。

 直接のダメージこそ、獅子の闘気レグルス・オーラの防御力で減殺したが、受けた衝撃そのものを消すことは叶わない。


「それ、もういっちょ!!」


 再び、ノゴロドが指揮棒を振った。

 あつきは道路から浮き上がり、今度は道端に停車していた自動車のボンネットに叩き付けられた。

 しかも顔面から。

 まるで人形のように弄ばれているのだ。

 それから、二度、三度とあつきは振り回され、ビルの壁やら自転車の群れやらに突っ込まされた。

 獅子の闘気レグルス・オーラの防御がもたないほどの回数、執拗に叩き付けられたことであつきはぐったりとなった。

 ほとんど玩具も同然の扱いだった。


「―――やはりな。体内の生体エネルギーを使いこなすためにはなんらかの媒介物が必要なのか。徒手空拳ではコントロールが難しい程度のレベルかよ……。わりと残念なやつだな」

「……なっ……」


 これも事実だった。

 あつきが〈魔力〉をうまく利用するためには、力を媒介する魔具が必要なのであった。

 そして、それは今のところ手元にはない。

 だから、彼は万全とはいえない状態なのだ。


「〈雷魔〉を下したという点は評価に値するが、まあ、所詮はこの世界の戦士か。この程度ではヤバいと評した余の予知夢の精度までが疑われてしまうぜ」


 そう言うと、ノゴロドは大きく振りかぶった。

 だせる全力を用いて、あつきをハエのように叩き潰すことに決めたのだ。

 この街で彼は念願を叶えようとしている。

 そのためには、趣味は控えておくべきと考えたのである。

 邪魔しそうなやつはさっさと始末しておくに限る。


「死ね」


 不可視の手で掴んだままのあつきを力任せに地面に投げつけるために手放した瞬間、


「おおお!」


 あつきは残った全〈魔力〉を足の裏に溜めて、爆発させた。

 そして、飛ぶ。

 再びゴロドへと目掛けて。

 あつきの飛び蹴りがわずかな隙をついてノゴロドに命中する―――寸前。

 閃光が世界を白く染めた。

 頭上ではなく地面から立ち上がった雷があつきを捉えて、黒焦げにした。

〈雷魔〉の〈雷光鞭〉の仕業である。

 ノゴロドを倒すことに集中していたあつきは戦線に復帰していた〈雷魔〉の存在に気づいていなかったのだ。

 苦悶の悲鳴をあげることもなく、あつきはノゴロドまで辿り着けずに力尽きた。

 地面にぶつかり、何度もバウンドして止まると、それっきり動かなくなった。


「大丈夫か!!?」


 彼に駆け寄ろうと、隠れていた場所から出てきた碧薫も、〈雷魔〉の軽い電撃によって昏倒させられた。

 

「〈雷魔〉、状況が変わったから、その小娘を連れていってくんない? 殺さないようにだぜ」

『承知しました、殿下』


 すべて合わせても五分もしない間の、魔戦とも呼べる攻防はここで終わった。

 ノゴロドも〈雷魔〉も、倒してしまったあつきのことなど気にも留めない。

 戦いの遺した痕跡と、動かぬあつきの死体だけが残った。

 しかし、そのあつきの元に駆け寄るものがいた。

 軍服めいた堅い格好をした女であった。


「おい、秋良波羅あきらばら、まだ生きているか」

「―――なんとかな」


 凄まじい奇跡のようだった。

 あつきはまだ健在だったのだ。

 あの攻撃を受けて、まだ生きているというだけでも奇跡的だというのに、少年はにやりと笑って見せる余裕すらあった。


「頼みがある」

「なんだ」

「俺の部屋に連れて行ってくれ」

「医者でなくていいのか?」

「―――武器がいるんだ」

「?」


 あつきは短く区切るように言った。


「あいつを倒すには武器がいる。……彼女タム・リンが置いて行った武器が……」


 彼はまだ戦う気でいるのであった。









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