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獅子の闘気

獅子の闘気レグルス・オーラ!! 全開っ!!」


 偽臓が産みだした〈魔力〉があつきの全身を覆い、その段階になって初めて〈雷魔〉は敵が秘めた能力を曝け出してきたことに気が付いた。

 彼は黒い眼窩に沈んだ目を眇める。

 明らかに碧薫せきかおる姫を担いだ少年は、〈雷魔〉がかつて見たことのない生体エネルギーに包まれていた。

 彼の故郷の魔界でも、滅ぼしながら渡ってきた七つの世界でも、一度もお目にかかったことのない紅い炎の如きエネルギーだった。

 そして、彼の呪われた生涯の中でも滅多にない衝動に襲われた。

 たかが、一介の人間風情を「強い」と認めてしまいたくなる衝動に。


「なんだ、どうしたなれよ! わらわの眼には汝がなんだか紅く光って見えるぞ!」

「〈魔力〉を毛穴から垂れ流しているからな。光の加減でそう見えるんだろ」

「おおお、もしや、なれは妾の想像以上に強い戦士なのか!?」

「知らねえよ。とりあえず、この場から逃げるぞ。しっかり掴っていやがれ」

「うん!!」


 幼女―――碧薫が肩にしがみついたのを確認すると同時に、一目散に逃げだそうとすると、


『逃がさぬ!!』


 チチチチと火花が散り、〈雷魔〉の右腕がしなった。

 そして、しなりの直線上にいたあつきたちにギリギリのところで避けられると、後ろに並んでいた三台の自転車にぶつかる。

 桁違いの電撃がぶつかったことで、自転車は瞬時に黒焦げになり、フレームのアルミもタイヤのゴムも弾け飛んだ。

 さらに一瞬にして燃焼する。

〈雷魔〉の〈雷光鞭〉の凄まじいまでの破壊力だった。

 これが魔界きっての稲妻の〈妖物〉である彼の通常攻撃なのである。

 どのような硬い金属の盾でも決して防ぐことのできない電撃の鞭は、この〈央京〉に住むものにとっては死神の鎌に等しいものであった。

 だが、あつきの肩に担がれていたことで直撃を免れた碧薫の感想は違っていた。


(―――あの〈雷光鞭〉を避けたときの速度。信じられん。敵は雷の化身なのだぞ)


 碧薫はこれまでに何度か〈雷魔〉と出くわしたことがある。

 そのときは、避雷針がわりになる魔術の使い手や、電撃を弾ける魔導の防具を持つ仲間がいたので防ぐこともできた。

 だが、そんな対策を講じなければ防ぎきれない恐るべき〈雷光鞭〉を、あつきはただ速度だけで避け切ったのである。

 なんということだ。

 攻撃を受けた瞬間、あつきは光のように跳んだのだ。

 瞬間、碧薫は世界がスローモーションになり、時間の針がいつもよりも遅くなったように感じた。

 あまりにも速いあつきの動きが見せた錯覚であることだけはすぐに思いついたが。

 それしか答えの出しようがないのであるから。


「危ねえな、おい……」


 あつきは反対側の手で額の汗をぬぐった。

 敵の攻撃が電撃を飛ばしてくることだとはわかっていても、その速度は尋常ではない。

 まるで本物の稲妻のようであった。

 獅子の闘気レグルス・オーラで全身を覆っていなければきっとやられていたに違いない。

 しかし、自分の判断が正しかったからといって安心できる場面ではない。

 今だに危機は去っていないのであるから。


『やはり、我が体験したことのないエネルギーを纏っているな、人間よ。くくく、面白い。そうでなくてはならなんな。……よかろう、我はその小娘が言った通りに〈雷魔〉という。貴様の名は?』

「……悪いが化け物なんぞに教える名前は俺にはねえ。あと、すぐにいなくなるから、これ以上は追ってくんなよ」

『そうはいかん。我の目的は碧薫姫だけの予定であったが、貴様のような底の知れんものを野放しにしておくわけにはいかんのよ。我の主人であるノゴロド・デル・エリィフ殿下を脅かすことになるかもしれん相手はだとわかれば、特にな』

「ノゴロド……?」


 あつきの疑問に碧薫が答えた。


「こやつらの主人だ。そして、妾が首を所望しておる相手でもある。〈魔王〉を自称する魔人よ。どうやら、汝は出会う前から目をつけられていたようだぞ。ノゴロドは予知能力を持っておったからな」

「なんてことだよ」


 彼の意志に関係なく、この化け物と戦うことになったのかと思うと気が重くなった。


「残念なことに俺はおまえらとやりあうつもりはねえ。だから、命だけは見逃してくれねえか。あ、この幼女ガキも一緒で頼みたいんだが……」

『聞けん相談だな』

「せめて話し合いぐらいはしようぜ。人間だろうが、〈妖物〉だろうが、大事なのは協調の精神だと思うんだよ」

『バカものが。うん、首を縦に振ると思ったか。我は人の血を啜る〈妖物〉であり、我の主人は人を地獄に突き落とすのを至上の喜びとする〈魔王〉であるぞ。話し合いの余地などない。話し合いよりも殺し合いをさせよ』


〈雷魔〉は呪詛にも似た声で宣言した。

 つまりは、戦え、ということだ。

 小癪にも自分の必殺の〈雷光鞭〉を二度も避けた人間をここから逃がすつもりは欠片もなかった。

 そして、それは相手がいつまでたっても臨戦態勢に入らなくても変わりはない。

〈雷魔〉の黒いマントの姿が忽然と消えた。

 次の瞬間、あつきの脇に現われる。

 電光から発せられた稲妻が地上に落ちる速度は秒速150kmと言われているが、もともと雷が人間に擬態したものである〈雷魔〉もほぼ同じスピードで移動できる。

 つまり、光の速さほどではないが、音速すらも凌駕するのである。

 あつきと並んだ〈雷魔〉はそのまま直接〈雷光鞭〉となった右腕を叩き付ける。

 距離を置いて放てば躱される。

 そうであるのならば、直接、近接戦闘にまでもつれこめば、簡単に触るだけで倒せるはずだ。

〈雷魔〉の右ストレートがあつきの顔面に叩き込まれた。


(これでこいつは黒焦げよ!!)


雷で構成された右拳は確かにあつきの頬を抉ったが、電撃が人体を通って火をあげることはなかった。

〈雷魔〉の拳はただのパンチとしての効果しか上げなかったのである。

 何故か?

 それを理解できたものは、当のあつきを除いては誰もいなかった。

〈雷魔〉でさえも何が起きているのかわからなかったのだ。

 だからこそ、殴られたお返しとばかりにあつきが放った下からの突き上げるようなボディブローをまともに食らってしまう。

 だが、それとて結論としては異常なのだ。

〈妖物〉の肉体、しかも雷と電気で構成されている〈雷魔〉の肉体に直接触れることができるものなど存在しない。

 何十万ボルトの電圧さえも防ぐ対電装備をしていたとしても、そもそも物質的に構成されていない〈雷魔〉に触れることなど不可能なのだ。

 すべての攻撃は無効化されるのだから。

 だから、かつてこのような痛みを〈雷魔〉に与えたものなど皆無だった。

 なのに、この少年はありえない痛打を与えてきた。

 発生して以来の、初めての痛みに耐えかねて〈雷魔〉は後ろに飛び退った。

 しかし、ほぼ同じ動きでまとわりつくように、あつきも跳んでいた。


『ぬっ!!』

「遅いと思うぜ!」


 スピードで引き剥がせなかったあつきが次にはなったのは、回し蹴りであった。

 体重のこもった重い蹴りが〈雷魔〉の胴体を薙いだ。

 うなるほどの勢いであった。

〈妖物〉が宙を舞った。

 風が渦巻いた。

 フードを被った頭から〈雷魔〉は路上に転倒する。

 頭へのダメージはなかったが、蹴られた腹には信じがたい痛みが残っていた。


『何故だ!?』


〈雷魔〉にはまだ何が起きているかわからなかった。

 

 人間に殴られ、蹴り飛ばされ、地を這っているという現実を処理しきれなかったのだ。

 雷で出来ている肉体に何をされたのか、まったく理解できないのだ。


「おまえ、どうやら雷でできているみたいだが、みんながみんな、感電が怖くて近寄らないと思っている訳じゃないだろうな」

「―――それはいいのだが、そろそろ妾を下ろしてくれんか。汝の〈魔力〉とやらが妾を護っていてくれているらしいことはわかるが、この姿勢は結構つらいのだ」

「あ、あ、すまん」


 あつきはゆっくりと肩から碧薫を降ろした。


「少し、離れていろ。おまえ、あいつの電撃を防げそうにないからな」

「うむ。だが、汝は凄いな! 〈雷魔〉の〈雷光鞭〉を平然と受けたうえで、魔剣も使わずに手足の技だけであいつを吹っ飛ばせるものがいるとはこの目で見てもにわかには信じられんぞ!」

「別に。俺の全身を包んでいる獅子の闘気レグルス・オーラの〈魔力〉ならできない仕事じゃない。まあ、俺の師匠にはまったく敵わねえけどな。……さ、どこかに隠れていろ」

「どうするつもりだ」

「逃がしてくれないなら、追えないようにするだけだ」


 まだ路上に伏している〈雷魔〉を睨み、あつきは言った。


「……とりあえず、これ以上、俺たちに仕掛けるつもりならこの街の流儀に従って不審者として排除させてもらうぜ」


 あつきが一歩近づいた時、グバっと〈雷魔〉は顔を上げ、


『舐めるな、人間!!』


 と怨嗟の声を上げると、そのまま空中へと飛びあがっていく。

 跳躍ではない。

 完全なる飛行だった。

“雨人”から手に入れたITインクレディブル・テクノロジーによって様々な発展を遂げた〈央京〉の住人たちが未だに手に入れることができない、真っ当な方法による空中浮遊からの飛行であった。


「レビィテーション、それとも重力操作グビティ・コントロールか? とにかく、空を飛べるってのが自慢なのかよ」


〈雷魔〉は百メートルは頭上に位置し、完全に制空権を取られていた。

 あつきが何かを投げたとしても当たらない距離だった。

 銃も真上では命中率は極端に落ちる。

 そのことを知悉したうえで、〈雷魔〉は宙に浮かび、あつきを見下ろすことにしたのだ。

 いかに雷そのものの彼に触れることができる相手とはいえ、空を飛ぶものには決して届かない。

 あとは、あいつの異常さの仮面が剥ぎ取れるまで、〈雷光鞭〉を当て続けるだけだ―――


『おおおっ!!』


 しかし、その目論見は叶わない。

 なぜなら、あつきが一瞬だけ精神を集中して、右胸にある偽臓〈女獅子の心臓コル・ライオネス〉が産みだす〈魔力〉を増幅したことによって、少年は〈妖物〉と同様に空を翔けられるようになったからである。

 そして、あつきの飛行術は〈雷魔〉のものをわずかに上回った。

 下方から突撃した膝が〈雷魔〉の顔面を砕く。

 さらにフードを掴むと、もう一方の膝で追い打ちをかけた。

 ダメージによって空中をフラフラと漂う敵の頭頂にめがけて、あつきは最後に踵を落とした。

 流れるような連続の蹴り技。

 空を飛んでいるからこそ可能なコンビネーションであった。

 生まれながらにして〈雷魔〉が持っていた妖力が減じた。

 あつきの〈魔力〉に打ち消されたのだ。

 相反する光の炎と闇の雷がぶつかり合い、相殺されたのである。

 数多の世界を飛び回ってきた怪物がなすすべなく地上へと落ちていく。

〈雷魔〉は経験したことのない脱力感を覚えたまま、ゴミのように落下する。

 だが、道路にぶつかる寸前。

〈妖物〉の落下が止まった。

 はっとあつきがさらに自分の上を見る。

 そこには、ポロシャツと擦り切れたジーンズ姿の若者が、ボストンバッグを片手にビルの壁に立っていた。


「おやまあ、余の可愛い家臣を半殺しにするとは、なんと恐ろしいやつだ」


 ニタニタと笑う顔には妙な気品がある。

 やんごとなき身分の出身であるということがひと目でわかる高貴な顔をしていた。

 この世界に訪れた〈魔王〉を名乗る青年ノゴロド・デル・エリィフであった……



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