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〈妖物〉招来

「見つけたぜい」


〈央京〉には珍しい七階建ての高いビルの屋上で、太陽発電パネルの間の隙間を覗き込んでいた男が言った。


「そうか。やっぱり腐臭がすると思っていたんだよ。取れるか、ほれ」


 同じ制服を着た警備員の同僚から、長いスチール製の棒を手渡された男は覗きこんだ姿勢のまま、棒を先に突っ込んだ。

 この棒の先端にはスイッチ一つで粘っこいスライム状のハンドが飛び出し、目標に絡みついて取りやすくする機能がついている。

 自在に動くと粘着性のスライムは、数年前の“雨人”によってもたらされた生き物であり、あまり使い道がないと民間に払い下げられた技術である。

 習熟度合いによって、そうとう重いものでも絡み取って持ち上げられるということで、この手のマジックハンド的な道具として重宝されていた。

 ある程度の幅があれば、あとはスライム棒を安定させるだけで……


「よし絡まった」


 棒をしごいて引っ張り上げると、やはり十分な重さがある。

 推測通りに“雨人”の死体の腕に絡みついたらしい。

 一気に引き上げると、最初だけ抵抗があったがすぐにすっぽ抜けた。

 戻ってきたのは人間の腕の肩から先だ。

 しかも、ミイラ化していてなめし皮のように黒ずんでいた。


「取れちまったよ」

「おいおい、迂闊に“雨人”を傷つけるんじゃねえよ。〈遺物回収代執行機関かいしゅう〉に怒鳴られんぞ」

「でもよ、こんな狭いところに引っかかってちゃあ、五体満足では引っ張りだせねえぞ」


 同僚はため息をついた。


「しょうがねえ。直接〈遺物回収代執行機関かいしゅう〉にまで持っていった方が報奨金は高いが、ここは通報だけに留めておくとしようぜ。なに、四割引き程度だ」

「ち、もったいねえ。せっかく、お宝見つけたかもしれねえのに」

「なに、また、待てばいいさ。このビルはここらで一番高いからな。“雨”が降ればよく死体が引っかかるしよ」

「だな」


 ポケットから携帯端末を取り出して、音声呼び出しで、中央の〈遺物回収代執行機関〉ホットダイヤルに掛けようとした時、隣から、


『見つけたぞ』


 と地の底から鳴り響くような声がした。

 驚いて横を向くと、黒い革で出来たフードつきのマントを被った背の高い男が立っていた。

 貌はフードに隠されていて見えない。

 だが、知らない男であった。

 しかも、このビルの警備員である彼らが知らない人間は保安上もいてはならないはずである。

 だから、存在を認知したと同時に、職務上の使命感が湧いた。

 逆にここでこいつを逃がしたら、雇い主からクビを言い渡されるかもしれない。

〈央京〉では一度でも失職すれば、別の仕事に就ける確率はかなり少ないのだから。

 腰に下げていたホルスターから拳銃を抜き放つ。

 そして、職務規定通りにまず足を撃ち抜いた・・・・・・・・・

 この街では明らかな不審人物に対しては警告なしの武力行使が普通なのだ。

 だから、警備員も躊躇うこともなく引き金を引く。

 弾丸は男の太ももを貫いて、床を削り取った。

 手応えはあった。

 外したはずはないほどの至近距離なのだ。

 それなのに、男は膝をつくどころか痛がりもせずにそのまま前に進み、屋上のフェンスの縁に足を掛けた。

 飛び降りるつもりなのか、と思ったがそんなそぶりも見せず、じっと下を眺めている。

 撃ち抜いた足は気にもならないらしい。


「貴様、動くな!」


 今更遅いような気もしたが、とりあえず警告を発した。

 スライム棒と“雨人”の腕を放り捨てて、もう一人の警備員も銃を構えた。

 異常を理解して、同僚に倣ったのだ。


「動くと撃つぞ!」


 すでに撃ったあとではあったが、ここまで警告を無視されるのは逆に恐ろしいものだった。

 マントの男の腕が上がった。

 警告を無視してものと断定して、二人の警備員はまた引き金を絞る。

 二発は過たず男の背中に命中した。

 だが、男のまたも揺るぎもしなかった。

 痛みがないのか。

 それとも、硬い防弾ベストでも着込んでいるのか。

 いや、それでは弾丸が太ももを貫いても平然としている理由がつかめない。

 では、どうして?


『―――殿下を追う、妻城さいじょうの姫か。紅蓮の炎をまとったヤバイ敵とやらが現われる前に禍根は断っておかねばな』


 陰鬱とした声で独り言をつぶやく。

 ただ、時折擦れるのは、もともと人間に聞こえるように声を出す習性がないからである。

 この街に巣食うノゴロドの飼う〈妖物〉の一匹〈雷魔〉であった。

〈妖物〉の異界の眼は、地上を歩く姫姿の幼女を完全に捉えていた。

 しかし、隣を歩く青年学生にはわずかの関心も持ってはいなかったのだが。


「動くなと言っている!!」

「殺すぞ!」


 警備員たちの必死の制止はまったく届いていなかった。

 ただ、〈雷魔〉は眠っているときに耳元を蚊が飛んでいるような不快感を覚え、振り向いた。

 その時になって初めて警備員たちは〈雷魔〉の貌を見た。

 黒い眼窩を持つ、パチパチと弾ける火花で構成されたよう無残な貌を。


「ひい!」


 思わず、引き金を引いてしまうが、前と同様に当たっても傷一つつけられない。

 それはそうだろう。

 この〈雷魔〉という〈妖物〉は、全身が雷のような電気で構成されているのであるから。

 彼らを邪魔だと考えた〈雷魔〉の腕が一振りされ、そこから飛び出た電気の鞭が警備員たちの胴体をすり抜けた。

 電気で出来ているのだから、たいていの物体はすり抜けてしまう。

 感電という結果だけを残して。

 そして、〈雷魔〉を構成する雷の電圧は1 - 10億Vであり、人間一人を動けなくさせるには分厚いコートの上からでも50万Vで足りるとすると、鞭に触れただけで黒焦げになってしまう。

 事実、警備員たちはあっという間に炭化してしまったのである。


『ふん、人間など脆いものだ。では、行くとしよう』


〈雷魔〉は屋上から飛び降りた。

 雷そのものでできた右腕は〈雷光鞭らいこうべん〉と称され、どんな生き物でも〈妖物〉でも黒焦げにしてきた最強の武器であった。

 その武器を振るいつつ、刺客は不用心に街を歩く幼女目掛けて襲い掛かった。



           ◇◆◇



「ち、跳ぶぞ!!」


 いきなり、姫姿の幼女――碧薫の腰を担ぎ上げると、あつきは前方に跳んだ。

 とても一介の青年学生とは思えない力強さで、路上を十メートル近く跳躍する。

 ほんの一瞬まで彼がいた場所を、唸り弾ける稲妻が襲い、アスファルトを焦がした。


「なんだ、何が起きた!!」


 あつきが跳躍したのは、頭上から感じたことのない殺気が降りかかり、なおかつ、自身の勘が異常を伝えたからだ。

 この場にいては死ぬ、と。

 だから、意味がわからなくとも跳んで逃げたのである。

 もっとも、その判断は正しかった。

 地面を黒焦げにした一条の稲妻を間一髪とはいえ避けることができたのであるから。

 わずかに遅れて、路上に人が降ってきた。

“雨人”ではない。

 余裕を持った着地を見せたことでわかる。

 天から現われたのは黒いフード付きマントの人物であった。


「―――いきなり名乗りもなく襲われる覚えはねえぞ。おまえ、何者だ?」


 だが、黒いマントの人物はじっとあつきを見据えたままだった。

 ようやく口を利いたかと思うと、開口一番、


『貴様が、ヤバい敵・・・なのか?』


 と、問いに問いで返された。

 あつきは礼儀のなっていない奴だと内心で文句を言う。

 だが、今のところは彼を襲ったらしい理由がわからない。

 ただの誤解だとしたらここで必要以上に挑発したり、煽ったりするのはよくないことになるだろう。


『自分に用があるのは、そこな小娘だけよ。ただし、貴様が殿下のおっしゃられたヤバイ敵であるのならばここで始末した方がいいだろう。―――我の〈雷光鞭〉を振り向きもせずに躱した少年よ』


 黒マントの人物―――〈雷魔〉は、あつきの全身を舐めるように見回した。

 久方ぶりに出会った強敵かもしれぬという戦いの高揚感とともに。

 一方、あつきの側がそんな気分になれるはずもない。

 突然、上空から訳のわからない攻撃をされ、命からがら避けただけなのだから。

 ただ、ぶつけられる並々ならぬ殺意だけは読み取っていた。

 自分はともかく、相手は戦いを挑んでくる気だ、と。


「―――久しいのお、〈雷魔〉よ。この魔人の狗め」

『貴様もしつこいな、小娘。妻城さいじょうの都を半壊させただけで、ここまでしつこく殿下を追ってくるとは思わなんだぞ』

「汝に殺された民草の恨みを晴らさずに死ねるものかよ。妾はこの命を賭けてでも、汝らを地獄の釜の底に突き落とすつもりなのだ」

『やれるものならやってみい、小娘が』


 肩に担いでいる幼女が、見知らぬ黒マントと友好的ではないとはいえ会話をしたことをあつきは驚いた。


「おまえの知り合いなのか?」

「旧知の仲といえばそうだな。……あれは妾がこの世界にまで追ってきた奴の手下よ。三匹の〈妖物〉の一匹、雷を自在に操る〈雷魔〉だ」

「……雷だと」


 あつきは道路のアスファルトが、焦げている部分を除けばドロドロに溶けていることに気が付いた。

 どれだけの熱量がぶつかれば、固まったアスファルトが溶けるというのか。

 それを行ったのは、あの〈雷魔〉という黒マントなのか。

 よくよく観察してみると、右手の部分がわずかに長く、火花を散らすように光を発している。

 腕そのものがまるで電気でできているような……


(まずい!)


 あいつはまともに相手にしてはいけないものだ。

 触れられただけでも、きっと終わる。

 肩に担いでいる幼女を護るためだけでなく、自分の身を守るためにも、アレを使うしかない。

 さっき〈遺物回収代執行機関〉のサイボーグを相手にしたときのように、普段から溜めている程度の少量の〈魔力〉だけではすぐに殺されてしまう!


「―――偽臓ぎぞう、鼓動せよ! 血龍けつりゅう、拡張! 毛細血管、強化! 細胞壁、発生!」


 すべての過程プロセスを同時に行い、体内にある存在しないはずの臓器を起動させる。

 あつきの偽臓は心臓であることから、本来のものが停止したことのよって、脳に流れ込む血流が止まり、激しい眩暈に襲われたがそんなことは気にしない。

 している暇はない。

 激しく鼓動を続ける偽臓が産みだした〈魔力〉が、疑似的な龍と化した血管を伝わって、全身に行き渡る。

 血の代わりに〈魔力〉があつきに物理的反応を凌駕する力を付与した。

 久しぶりの偽臓・鼓動によって、暴れ出した〈魔力〉のせいで左手の爪が五枚すべて剥がれた。

 傷口から血も噴きだすが、そんなことを気にしている暇はない。

 全身を駆け巡った〈魔力〉を抑制し、集中する。

 人の心臓は一分で健康な成人の場合60から90回拍動するが、偽臓はほんの数秒で100回以上、急速に鼓動して〈魔力〉を生産する。

 したがって、偽臓を意志の力で動かしさえすれば、あつきはすぐさま迸るような〈魔力〉を使えるようになるのである。

 幼女の碧薫せきかおると〈雷魔〉が睨みあっていた間、たったそれだけの時間であつきは完全に戦闘態勢を整えた。

 偽臓―――それを移植してくれた女性にあやかってつけられた名前は〈女獅子の心臓コル・ライオネス〉が産みだした膨大な〈魔力〉が細胞壁を強化された全身から噴きあがる。


獅子の闘気レグルス・オーラ!! 全開っ!!」


 この〈央京〉で唯一、あつきだけが行使できる〈魔力〉を纏った戦闘態勢であった…… 

 




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