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驟雨の街

 窓の外に視線を送ると、幾つもの黒い物体が雨のように降り注いでいた。


 秋良波羅あきらばらあつきは、もう散々見慣れた光景だというのに目を逸らすことができなかった。

 一週間に一度は必ず降ってくる“雨”だ。

 酷いときは三日連続ということもある。

 あつきには何とかすることもできないし、アレがこの街にとっては欠かせないものだということもわかっていた。

 だからといって、見て見ぬ振りはしたくなかった。

 思考をストップさせ、他の街民同様に割り切ってしまえれば、どれだけ楽になるだろう。

 だが、あつきにはできない。

 こんな堕落した状況に身を置いていたとしても、見てしまった以上、いつまでたってもあつきの心は揺さぶられてしまうのだ。

 あの“雨”に。


 どこからか飛ばされてきた人間たちが、なすすべもなく地面に向けて落下していき、誰にも助けられることなく墜死する“雨”に。


 この世界では、空からヒトが降る。

 毎週毎週、途切れることもなく。


 しばらくすると、黒い点は落ちてこなくなった。

 街の行政を司る〈政廷せいてい〉の行った統計によると、一回の“雨”で墜落死する人間たちは二百から三百人ほど。最初の落下から、最後の一人が終わるまでの時間は約一分から時間がかかったとしても三分。

 かつて、“雨”が降っていることを街民に注意勧告するべきだという提案がなされたこともあったが、“雨”の勢いはいつも強いのでそんな時間はなくて廃案となったこともある。

“雨”が降れば、五月雨式に三百人近い人命があっけなく失われる。

 しかし、この街の人間たちはもうほとんど気にも留めていなかった。

 なぜなら―――


「ラッキーくん、外を見ていたの? もう下校するの? まだ授業中だよ?」


 いつの間にか、隣にあつきが小さな頃からの知り合いがいた。

 もし使うのが許されるのならば、彼女はあつきの幼馴染といっていい相手だ。

 だが、この街の狭い人間関係に従えば、同じ地区に住む同年代はほとんどが幼馴染といって過言ではない。

 だから、あつきは彼女を特別だと考えたこともない。

 それどころか近くによって欲しいとも思っていなかった。


「……俺を変なあだ名で呼ぶな」


 すると、彼女―――呂久谷ろくがや朱衣しゅいは、バツの悪そうな顔をした。

 悪いことをして怒られている幼児のようだった。

 この時代になってもまだしつこく生産され続けている学生服があまり似合わないのは、童顔だからだろうか。

 目鼻立ちのはっきりとした、誰にでも好かれるように可愛らしい少女ではあったが、残念ながら、あつきにとってはどんな感慨も引き起こさない。


「まだ、怒っている?」

「いや。……おまえが俺に怒られるような真似はしていないはずだ」


 本人が気にしているようだが、あつきにとってはどうでもいいことだ。

 むしろ、そこまで気にしているのだったら、とうの昔に改めておけばいいだけのことだ。

 確かに彼女が気にしていることをやった当時を思い出すと、さすがにあつきも落ち込んでいたかもしれないが、本当にすでにどうでもいいのである。


「いつから“僕”じゃなくて“俺”って呼ぶようになったの? ラッキーくんらしくないよ、俺なんて……」

「ほっといてくれないか。おまえが俺に何かをいうには、そういう立場を得てからにしてくれ。少なくとも、今のおまえにとやかく言われる筋合いはない」

「ラッキーくん、変わっちゃったね……」

「別に。は何も変わっていないさ」


 暗に朱衣が悪いという気もない。

 この街の閉ざされた環境を考えれば、最善を尽くしたともいえるのだから。

 そして、朱衣のことをとやかく言う階位グレードに、もうあつきは立っていない。

 付き合いを続ける気もない。

 一刻も早く、この女の傍から離れたかった。


「じゃあな」


 あつきは廊下に立ち尽くす朱衣を置き去りにして、さっさと歩きだした。

 彼女と一緒にいるところを見られて、わけのわからない絡まれ方をするのはゴメンだ。

 今となっては彼をどうこうできるものはいないが、精神的なストレスを掛けられるのは迷惑である。

 朱衣が追ってこないことを確認し安堵すると、生徒手帳とコミになっている携帯端末を取り出して、先ほどの“雨”の情報を得た。

 落下が集中したのは中央街区と隣接する甲級住宅街。

 街からの資金が注ぎこまれているので、他の街区と違って墜落者防止ネットだけではなく、特別に誂えられた屋根アーケードが用意されているはずだった。

 屋根アーケードは重いタングステン鋼を中心にした金属板で造られていることから、どんな高度から人間が落下してきたとしても確実に防ぎきり、地上にまで届くことはない。

 だから、さっきの“雨”による被害はないはずだった。

 あってもほんの軽微なはずだ。

 落ちてきたすべての“雨人アメン”を除いては、だが。

“雨人”が落下してくるのは、高度1500から2000メートルと言われている。

 パラシュートも命綱も無しに、その高度から落下して生存できる人間はいない。

 地上にピンポイントでカバーをするクッションを置いたとしてもまったく何の意味もないし、効果もない。

“雨人”とは、まさしく地上に辿り着いて弾けて飛ぶ雨粒のような存在でしかなかった。

 したがって、そんな“雨人”のことを救おうとするものはいない。

 

「―――三百五人……。死に過ぎじゃねえかよ」


 あつきは観測された“雨人”の人数を確認して吐き捨てた。

 落下によって怪我をした街民はいない。

 ネットニュースはその数字だけを、単に事実としてサイトの隅に載せていた。

 観測されただけでそれならば、実際にはもっと多くの“雨人”が死んでいることだろう。

 人目につかないところに墜落したのもいるはずだからだ。

 死角に入りすぎて、数年たってから見つかる“雨人”の死体というのもよくある話だった。

 ……我慢がならなかった。

 しかし、あつきには何もできない。

 突然、超高度に姿を現し、現状を把握するまもなく地面に叩き付けられて死んでいく人間たちを全員・・助けることなど絶対にできないのだから。

 盗難防止用の鍵付きの下駄箱から靴をとりだし、履き替えた。

 あつきが通学に使っているのは頑丈だけが取り柄の作業靴だった。

 理由があって選んだものだが、学生服には哀しいぐらいに似合っていない。

 校舎から出ると、通りまでの空間には雑に造られた屋根アーケードが架けられている。

 代々の学生と保護者があり合わせの材料を使って架けたものだった。

 これのおかげでここ十年ほど、この青年学校での“雨人”の墜落による被害は出ていなかった。

 1500メートルの上空から落下して来た人間の速度と重量からくる破壊力で壊されない程度には頑丈にできているのである。

 あつきは、屋根のせいで夕方だというのに光があまり差してこない校庭を進んだ。

 他の学生はまだ誰もいない。

 午後の授業を抜け出して帰るような怠けた学生は、そうそういないものだ。

 特にこの青年学校は街民でも金を持っている家庭の子息ぞろいだ。

 不良はほんの一握りしかいない。

 あつきはその中に含まれる。

 そんなあつきを待っているものがいた。

 校門の手前で仁王立ちになる女性が一人。

 あおぐろい軍服めいた衣装をまとっていた。

 肩には勲章のついた分厚いコートを重ね着し、腰に佩いたサーベルのような長物の武器が異彩を放っている。


「―――あんたか。もう青年学校に通う年齢じゃないだろ」

「ほっておけ。別に復学しに来たわけじゃない。貴様に用があったに決まっているだろう」

「俺はあんたに会いたいと思ったことはないぜ。だから、帰ってくれ」

「そうはいかん。貴様になくても、私にはあると言っただろう」


 あつきはこれ見よがしにため息をついた。

 正直な話、願い下げだった。

 この女の用事なんてろくなものでないことは確かだからだ。

 何も言わずに消えてくれるのが一番いいというのに、この調子では話を聞かない限り引いてもくれないだろう。


「あんたの所のサイボーグやら改造人間やらに命令してやらせればいいだろ。俺みたいな一般人に頼まなくてもさ」

「何を言っている? 今となっては貴様以上の適任がいるとは思えん話だから、この私が直々に足を運んできたんだぞ。その程度、察しろ」


 あまりの高飛車ぶりにあつきは二の句が継げなかった。

 付き合いが長い訳ではない。

 しかし、二人の間には、下手な肉体関係以上の濃密な関係があった。

 いつまでたっても馴れる相手ではないというだけだ。


「―――わかっているとは思うけど、もう〈勇者タム・リン〉はいないぞ。彼女を当てにしているのならば空振りだったというしかないな」

「何を聞いていたんだ、貴様は。私は貴様に用があるといっただろう」

「……俺に何をさせようってんだ。俺はタム・リンみたいな〈勇者〉じゃねえんだぜ。ずっと格も力も落ちる、足元にも及ばない程度なんだぞ」


 だが、あつきのその愚痴を女は鼻でせせら笑った。


「確かに貴様の言う通りだ。“この世界を救う〈勇者〉”はもういない」

「……わかってんのなら」

「だが、〈勇者〉がもういないのならば、我々は“この街を護る〈騎士〉”に縋るしか道はないのだよ」


 女は眼差しを一寸たりとも逸らすことなく言い放つ。


「あの偉大な〈勇者〉が遺したただ一人の弟子にね」


 逆に、あつきの方が先にそっぽを向く羽目になっていた……。




星球大賞が終わるまで毎日投稿に挑戦したいと思います。

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