プロローグ 回想
まただ。二階に住んでいるのに外から窓を叩く音が聞こえる。
コツン、コツンと数週間前は小さかった音なのに、今は窓を割りそうな勢いで音を放っている。
寝れない。寝れない。眠いのに寝れない。
布団に潜ったまま何時間経ったのであろう。窓から聞こえる音はずっと鳴りやまない。
さっき気になって窓を開けると音は止み何もおらず、また窓を閉じると音が聞こえている。
今日は風が吹いていないに…。窓の方には階段が無い為人が叩くことは出来ないはずなのに。
出来たとしても隣に住人がいる場合。
私の隣の部屋202号室には誰も住んでおらず202号室の隣も70代くらいのおばあちゃんが一人で住んでいるので私の住んでいる203号室の窓を叩くことは不可能である。
考えていても窓を叩く音は鳴りやまず何も解決してくれない。
ドン、ドン、ドン。睡眠不足と毎日鳴っている原因不明の音から解放されないイラつきが募って私はついに怒鳴ってしまった。
「うるさい!!!!」私の声が響き渡ると窓を叩いていた音は消え部屋の静寂が返ってくる。
辺りを見回し、何も起きない事を確認した私は、ホッとため息をついて目を瞑ると意識はぶっつりと消えた。
視界はモノクロで色が失われている。思考も働かない。
前方にみえる扉のドアノブを捻ってみると鍵は掛かっておらずすんなりと開いた。一瞬怖くなり少しだけ開けた状態でドアノブから手を離すが、何を思ったのか再びドアノブに手をかけ人が入れるほど扉を開き中に入ってしまった。
扉は閉めずにドアノブを話すと何かの意思があるように扉は大きな音を経てて閉まった。
私は慌てて後ろを向きドアノブに手を掛けるがガチャガチャと音を立てるだけで扉は開いてくれない。
何度もドアノブを回していると後ろに何か気配を感じて動けなくなってしまった。
恐怖心による金縛りにかかった私は、その場で立ったままドアノブに手を掛けている状態で動けずにいる。
段々と上がっていく心拍数は私の恐怖心を増幅させ、より一層金縛りを強くする。
眼球も、手も足も動かせず、冷たい汗がゆったりと首筋をつたう。
外からは虫の羽音も聞こえず、無音である。
突然喉元に痛みが生じ私はその場から後ろに向かって倒れる。
開かれた目には血の気が薄そうな長髪の女が私の首を食べている姿が映る。
血が地面に流れている感覚と共に段々と意識は薄らいでいくのを感じるが女の姿と私が食べれれている状況は見えていないのに伝わってくる。
女性は私の首を尖った歯で噛み千切ると左の頬を噛み千切った。
痛覚と体の一部が千切れる感覚は味わっているのに私は何も出来ない。
次に左眼球、右、腕、胸、腹部。全てが千切れる痛みと感覚を感じながら私は女性に食べられた。
全身から気持ちの悪い汗が流れ出て布団は濡れている。
荒い呼吸で目覚めた私は手を動かし顔が消えていないかを確認する。
凹凸を感じ鼻の部分も何も変化なし、眼球は見えている。口も荒い息を吐いている、耳も音が聞こえる。
フッと緊張感が途切れた私は服を脱ぐとバスルームに入った。
「で、そんな顔になっていると。」雑音に混ざりながら私は袋に包まれていたホットドッグを口に近づけ頬張る。
正面に座っている後輩は確かに私の目から見ても顔色も悪く、体調も悪そうだ。
「そうなんです。もうあそこに住み始めてからきちんと寝れなくて。寝ても変な夢をみるし、先輩助けてください…。」目から涙を潤わせながら後輩はお辞儀をすると私はどうしようかと考えた。
「助けたいのは山々なんだけれど、君の憑いている者は私の力じゃあどうしようもないよ。」そういうと後輩は下げていた顔を上げて顔を近づけてきた。
「やっぱり先輩には何か見えているんですね。」私はその言葉を聞いて軽く目をそらした。
「いや、見えないよ。見えないけどそんな気がするんだ。」後輩は私の言葉を聞くと近づけていた顔を離れさせ下を向きながら言った。
「でも先輩って昔、憑かれていた数々の人を救っていたんですよね。」彼女の言葉に私はゆっくりと言う。
「今は出来ないよ。昔は確かにそんな事もやったけれどさ、力は全部なくなっちゃった。」私はそう言いながら彼女を救う方法を考える。
『いや、あるにはあるんだけれど…。うーん、命の方が大事だよなぁ。』自問自答を繰り返していると彼女は泣きながら言った。
「頼れるのは先輩だけなんです。お願いです。助けてください。」泣きながらいう彼女を見た私はため息をついて答える。
「…わかったよ。私じゃ無理だけど助けてくれる人を紹介する。」私の言葉に安心したのか顔を緩めた彼女に対して私は続けて言う。
「ただ、助かっても大変な事に巻き込まれる可能性はあるよ?」私はもう二度と会いたくもない奴に会う決心を付けながらそう言った。