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誰がための嘘  作者: 青砥緑
第一章 さよなら、日常
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クロード商会会長

 ジェットがお目付け役兼、教育係としてキリエについて十年になる。現クロード商会会長のお気に入りの部下でもある彼は、今も時おり会長の下を訪れてキリエの様子を報告する。商人でありながら男爵位も賜っているクロード会長は大商会の領袖らしく、落ち着いて洗練された雰囲気のある男だ。威圧感のある重鎮というよりは、むしろ優しげで誠実な印象を与える。しかし穏やかな物腰に彼を侮って役に立たない後悔をしている商売敵は数知れない。前会長の息子として物心ついたときから商いの世界で揉まれてきた老練な商人である。ただ優しいだけの人物ではない。


 ジェットが先日の顛末を話せば、クロード会長は鷹揚に頷いた。

「相変わらずだな。」

「はい。全く見事なものです。」

 まだ若い彼女のこと。もちろん仕事の全てが完璧に行くわけではない。しかし、年と経験を考えれば十分及第点がでる。特にいくつもの仕事を繋ぎ合わせて組み合わせて、更にウィトールの家族を無理なく荷馬車に乗せてしまうような手腕は誰を真似たのか、こちらが聞きたいほどだ。

「これで、もう少し若い娘らしいところがあれば。」

 会長としては今のままでも十分だが、父としては少し心配なところもある。女の二十五歳は市井でいけば行き遅れである。かわいい娘が家業を大事にしてくれるのは有難いが、同じように私人としての人生も大切に営んでほしいのが親心だ。その辺りのことを、どうも娘は気づいているのか、意図して考えないようにしているのか、とにかく色恋にせよ結婚にせよ積極的ではない。

「昔のことが尾を引いているのでしょう。」

 ジェットこれまでに何度も繰り返した通りに答えれば、クロード会長も同じように「そうだな」とため息交じりに頷いた。

 クロード会長が男爵位にあるのは彼の曽祖父が男爵に任ぜられたときに三代まで世襲を許されたからである。以来、三世代のみの貴族として最低限、社交界に出なければならなかった。キリエは四世代目にあたるため、今は男爵令嬢と呼ばれるが、父の身罷った後にはただの平民になることが決まっている娘だ。それを周りも承知している。そういう娘が、男爵風情が顔を出せる程度の社交界に連れて行かれれば、どんな仕打ちを受けるか。


 成り上がり。金で爵位を買った平民が紛れ込んでいる。次も金で貴族の夫を買うのだろう。


 なまじキリエが可愛らしい少女だったことが悪口を助長させたのは想像に難くない。男の子と話そうものなら、そら見たことか、爵位目当てだと口さがない連中に散々に嫌味を言われて、キリエはすっかり意固地になってしまった。


 金を稼ぐ才覚の何を恥じることがある。男も爵位も興味は無い。生まれ持っての身分ばかり鼻にかけたような男など、こちらから願い下げだ。


 そう宣言すると、以降は商会の仕事に専念し、熱中し過ぎたのか恋愛ごとにはとんと縁のないままここまで来てしまった。社交界で揉まれて商売人として多少の嫌味に動じない鋼鉄の面の皮を手に入れたのは良いことだが、仕事にばかり入れ込むのは若い娘としてはどうかと思う。若者が恋人と出かけるような祭りがあっても、キリエはそこに出向くことよりも、出店で稼ぐことの方が余程面白いと言って憚らない。

「あれは、私の落ち度だ。」

 彼女を社交の場に連れ出した責任は自分にある。多少、嫌なことがあっても我慢して気の合う相手と伝手を作っておくほうが将来のためになると、クロード会長なりの親心であったとはいえ、嫌がるキリエを宥めすかして連れて行ったのは会長自身だ。その負い目もあってこの件ばかりは、キリエに対して強く出ることができない。

「しかしなあ。いつまでもこのままでは。」

 二人の会話はいつもと同じように深く落ち込み、沈黙を挟んだ。キリエは賢く朗らかで、今が盛りのように美しい。しかし、彼女が頬を染めて誰かと寄り添う様子がどうも想像できない。

「来年、再来年で決まらなければ、今度はこちらの覚悟を決めねばなるまいな。」

 クロード会長はこめかみを揉み解した。無理に娶わせても諾々と従う娘ではない。本人が納得のいくような良い相手を見つけてくるのを待つしかないと思うと、とても不安だ。順風満帆。国中で商いを成功させている会長も、娘の恋愛ばかりはどうにもならない。

「お伽の国の舞踏会への招待状でも、届くと良いですね。」

 少しでも明るい雰囲気に持って行こうとジェットは冗談めかした相槌を打った。その言葉にクロード会長はようやく微笑みを取り戻す。お伽話では、王子様は素敵な女性を舞踏会で見つけ出して恋に落ちることになっている。まずは招待状を受け取って、見初めてもらえる場に出れば意外な出会いもあるかもしれない。

「ああ、全くだ。しかしお前、ああいうものはいたいけで健気な娘に届くものだ。」

 随分な言い草だが、クロード会長は娘のことを良く分かっている。健気なところはあるが、お伽話のお姫様のような甘い女ではない。

「実際には、健気なだけの娘に王妃は務まりませんよ。本当ならばキリエお嬢さんのような方が見初められるべきです。人の声を聞いて、自分で考え、判断し、行動できる。人の上に立つ素質がおありですよ。」

 ジェットはかわいい孫でも見るように目を細めた。ジェットの弟子馬鹿もなかなかに年季が入っている。

「そういう女が良いと言ってくれる、見る目のある王子がいるといいんだがなあ。」

「若い男にはなかなか難しいでしょうね。」

 自分たちの若い頃を思い出して二人はそろってため息をつく。自分がキリエと同じ年頃だったとして、そろそろ女傑の称号を獲得しつつある女を妻にと望むほどの勇気があっただろうか。

「・・・私より年上の息子は認めたくない。」

 搾り出すようにクロード会長が呻くと、さらに若いジェットが「私よりも年上でも嫌です。」と返した。


 このとき、クロード会長とジェットが夢物語のつもりでつぶやいたお伽の国の舞踏会は数ヵ月後、期せずして現実のものとなった。


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