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誰がための嘘  作者: 青砥緑
第一章 さよなら、日常
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女商人キリエ・クロード-2

 日雇いたちへの支払いが終わると、キリエ達は別室に移った。次の仕事だ。


「南部の様子はどうですって?」

 広い机を囲む席についたキリエは、ついてきた数名の男たちに問いかける。あの労いの場にはもう一つの意味合いがある。それは情報収集だ。実際に現地に行って、街道を歩いてきた生の声を聞き、各地の状況を知るのである。商売には新鮮な情報が欠かせない。人夫や護衛同士の情報網には、商人の目では見落としてしまうような、彼らしか知りえない重要な情報が紛れ込んでいる。それが目の前を通り過ぎていくのをむざむざ見逃すのはもったいないというものだ。それを吸い上げるための場としても、あの宴席が活用されているのである。

「落ち着いたもんらしいですよ。米の不作で苦しいところはあるようですけど、農地を捨ててどうこうするような状況でもないようで。」

「米は早々に売り切れだな。その分、この秋の南部街道は空くだろう。今回も宿場で行き合わす商隊の数はいつもより少なかったそうだ。」

「宿代を値切り倒す絶好の機会ね。あちらにまとめて送っておきたい物を整理してみましょう。」

 次々と報告される情報にキリエは軽く頷いた。街道が空くのであれば、そこを行き来する商隊や旅人を相手にしている商売は厳しくなるということ。南部の日雇いや宿を買い叩くにはいい時期なのだ。同じ机を囲む男たちは、きらりと瞳を輝かすキリエが舌なめずりする様子を幻の中に見出して背を震わせた。骨までしゃぶってやろうという貪欲な気配を感じる。慌てて瞬きし、目をこすれば、彼女は舌なめずりもしておらず、妖しく目を輝かせてもいなかった。

「他には?」

 問いかけられて、男たちは報告を再開する。

「南が空く分、人手が東部海岸へ流れているようだ。流しの剣士や力自慢が皆、連れられて行っている。」

「東部へは芋も流れてるなあ。米の不足を補う芋の確保にも苦労するほどだ。」

 キリエは最近の情報を頭の中で整理しながら、国の中の人と物、そしてお金の流れを考える。米の収穫期の次に麦、それが終われば繁忙期は過ぎるのが常だ。もちろん、世の中の動きは毎年同じではないから、季節に関係なく騎士団の遠征があればそのための物資が動くし、内乱の気配があればその為にも物は動く。その気配を敏感に察知しなければ攻め時、退き時を見誤る。

「芋の護衛にそれほど人手が必要なのかしらね?」

 芋はどこでも作られる保存の利く食材で、はっきり言って安価だ。かさばって重たいので奪っても運ぶだけで大変だし、売れる範囲も知れている。護衛を大量に貼り付けなければならない宝石や絹の輸送とはわけが違う。キリエの疑問は他の男たちも思い当たっていたようだ。

「芋と偽って、なんかまずいもん運んでるかもしれないと人夫の間でも疑っている奴はいるらしい。下手なもんを運ばされたくないからあちらは嫌だと言ってたぜ。」

「いや、でも市場から芋が減ってるのも確かだぞ。」

「今はイトルスから難民が流れてきているから食料が余計に必要なんだろうさ。」

「あの辺の奴らの隣国嫌いは筋金入りだからな。自分の作った食べ物なんか渡すものかと隠してるのかもしれないな。」

 ウラッカ王国の東隣にあるイトルス連邦国とは長年国境を巡る小競り合いが絶えず、十年前にはかなり大規模な戦争に発展している。国境争いで血を流し続けた国境付近の民の互いへの恨みは深い。ところが、最近イトルス連邦国内で大規模な内乱が勃発し、畑や街を追われた民たちがウラッカ王国へ逃れてきているのである。着のみ着のまま逃げてくる農夫やその家族に罪はないとわかっていても、有事には命を狙いあってきた相手である。事情が変わったから助けてくれと転がり込まれてウラッカ王国の東部地域の住民が苦い顔をしているのは分かりきっていた。

「護衛を集めるのは揉め事があったときの鎮圧のためか。受け入れを決めたとはいえ、領地にいる騎士だけでは心もとないんだろうな、ノザレス侯爵も。」

「仇敵相手に手を広げて受けいれた名領主といえば聞こえはいいが、お膝元でもめ事が起きれば一気に評判が落ちるからなあ。護衛を集めているようなら、かなりきな臭いんだろう。東部での商いは様子を見た方がいいな。」

 彼らは大きな荷が届くたびに情報を更新し、危険がありそうな道を避けたり、値が上がりそうなものを急いで買い付けたり、日々の商売に反映していく。人夫や護衛たちの情報をよく聞くようになってから自前の情報収集部隊だけでやりくりしていたときよりも、情報の更新頻度が上がり、これがまた他の商会に差をつける要因になっている。


「そうね、東部に出す予定の荷は少し様子を見ましょう。」


 今ある情報では判断がつかない。キリエはそのように見極めて次の話題へ移った。今先ほど帰ってきた大きな荷馬車を、次にどこへ送り出すか。何を積むか。あらかた決まっている計画の見直しである。

「予定通り、次回は三つに隊を分けます。幸い人も馬も皆無事だったし、馬車も軽い修繕で済みそうだから、半月後から順番に出していきましょう。」

 それぞれの意見を聞き入れながら、彼女は積荷を決めていく。

「それから最後の二台だけど、かなり余裕があるでしょう?荷に隙間があるから、途中の休憩所やうちの商館に備えてある毛布なんかの入れ替えも一緒にやってしまってはどうかしら?だいぶ前に置いたきりで痛んできているし、どうせ変えるなら冬が来る前が良いでしょう。」

 荷物を運ぶ一団のためや、地方での商談のために要所要所に商会所有の小さな屋敷や、小屋を持っているが、常駐する者がいないところの手入れは本部から手を回さねばならない。自身も買い付けなどでそうした商館を利用することが多いキリエは、くたびれきった一日のあとで、くたびれきった毛布に包まれて眠ることに非常に不満を持っていた。

「それで、こないだあんなに毛布を買い上げていたんですか。」

 キリエの言葉にジェットが、思い出したように声を上げる。先日、布団屋から百枚買うなら割り引くと言われたキリエが本当に百枚買っていたのを思い出したのだ。いつ、どこに使うつもりかと思っていた。

「ふふふ。もちろん使うあてがあったのよ。二割引に目が眩んだわけじゃないわ。」

「いやあ、てっきり割引の方かと。毛布は腐りませんし。」

「というか、なんだかんだで三割引にさせてただろう。」

 男たちもジェットと同じことを思い出したのだろう。口々にあのときの悪魔のごとき交渉術は見事だったと笑い出す。

「余計に買う分だけ快くまけて頂いたのよ。次からも贔屓にしないとね。」

 キリエはにっこりと微笑んだ。

「じゃあ、この間の毛布と合せて寝具一式を積んで、うん。やっぱり二台ね。この馬車はウィトールに任せるわ。」

 その場にいないウィトールという男の代わりに、その上司に「よろしい?」と確認する。

「寝具の入れ替えをしながらになるから、何度も止まらなければならないけれど急ぎの荷はないから、ゆっくりでいいと伝えて。ついでに休憩所の掃除もしてもらえると助かるから、そのために荷馬車の隙間に入る女性か子供くらい連れて行ってもいいかもしれないわね。」

 そう付け加えると、男はぱっと顔を輝かせて「もちろんですとも!」と頷いた。

「キリエお嬢さん、ありがとうございます。」

 ウィトールには四人の子があり、さらに奥方が五人目を身ごもっている。夫は仕事があれば長く家を空けなければならないのに、小さな子を四人抱えての出産は難しい。奥方は実家に戻って出産を乗り越える予定と聞いていた。とはいえ、身重の体でそこまで子供をつれて行くだけでも難儀なことである。最後の荷馬車の目的地はウィトールの奥方の実家のすぐそばを通る。そこまで商会の荷馬車で夫と共に移動できれば、その後の旅はほんの二、三日のことで済む。荷馬車の乗り心地はいまひとつだが、幸い荷にはこれでもかと毛布が積まれる。途中途中で何度も止まっても構わないとお墨付きだ。体が楽になるだけでなく馬車代も浮くし、商会として積荷に護衛をつけるので道中も安全。ウィトールと奥方にしてみれば願っても無いことである。

「可愛い子供の顔を見られるのを楽しみにしているわ。今度こそ、奥方似の女の子だといいわね。」

 いかついウィトールの四人の子供はみんな腕白な男の子だ。キリエの言葉に男たちは、それはそうだと笑い声をあげた。


 商機は逃さず、値切りも容赦が無い。しかし、働いてくれるものには厚く心を配る。気持ちがよくて、気風もいい女商人。それがクロード商会会長の自慢の娘、キリエ・クロードであった。


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