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誰がための嘘  作者: 青砥緑
始まりの章
3/123

アウザ港の戦い-3

戦争シーンの描写が続きます。苦手な方はスルーして次へ進んでください。

 一方、イトルス軍は陸路からも迫っていた。騎馬部隊を前に、歩兵を後ろに控えさせたまま整然と進み、港町への入り口前に展開した。町の門は閉じられているが、王城の門とは違う。簡単に打ち破ることができる。そうしたら一気に騎馬部隊を突っ込ませる算段となっていた。騎馬は走っていて初めて価値が出る。門さえ開ければ助走をつけられるイトルス軍が圧倒的に有利だ。立ち止まって待ち構えている騎馬など木偶と変わらないのである。

 イトルス兵が大きな丸太を運び出し、門に繰り返し打ち付ける。王国軍からの妨害はいくらか弓が射掛けられる程度の弱弱しいものだ。ほどなく、古びた門は軋みをあげて吹き飛んだ。


「突撃!」

 鋭い掛け声で騎馬部隊が突進する。しかし倒れた門を抜けて視界が開けた瞬間に弓矢の壁が立ちふさがった。構えた盾に次々と叩きつけられる弓矢は、ときに馬の装甲の隙を突いて騎馬をもんどり打たせ、甲冑の隙をついて騎士を吹き飛ばした。もとから脆い門は捨てる覚悟だったのだろう。弓兵の主力は門から続く大通りに展開されており、飛び込んでくる騎馬部隊を待ち構えていたのである。

「怯むな。数の利はこちらにある。王国軍は挟み撃ちで逃げ場などない」

 イトルス軍は指揮官の叱咤に答えて騎馬の突進を続ける。倒れた味方を飛び越え、踏み越えて進むと一瞬鋭い笛の音の後で矢が途切れた。第一の防衛線を捨てたのだろう。王国の弓兵が並んでいた後には背の高い木組みの柵が残されている。馬が飛び越えられる高さではない。

「なんだあれは。いつの間に」

 昨日までの町の様子にこのような大きな柵の存在は伝えられていない。

「切り倒せ。騎馬を一度退かせろ。歩兵前へ。工作兵を盾で守れ」

 次々と指示を出すが、前線に置く兵士を入れ替える隙を王国軍は見逃しはしなかった。第二の防衛線に下がった弓兵から再び矢が降り注ぐ。

「迂回路を探せ!」

 幾人かの騎士が騎馬のまま脇道に逸れて、駆けられる道を探しに行く。脇道に入ってみれば、さすがに全ての道が柵で塞がれているわけではない。迷路のように閉じられている道、柵のない道が入り組んでいる。柵の前で立ち止まれば屋根の上や二階に潜んでいる王国騎士から弓矢の洗礼が贈られる。慌てて進める方、進める方へ向かえばいつの間にか散り散りに袋小路に引き入れられ王国騎士に囲い込まれていた。

 迂回路を探しに出た騎士からの朗報はもたらされないまま、イトルスの騎馬隊は犠牲を払いながらも邪魔な柵を倒し、町の中心を縦断する大通りの突進を再開する。

「こちらからも射掛けろ。同じ失敗を繰り返すな」

 大通りに張り巡らされた柵の向こうに構える弓兵相手にイトルス軍も弓を射掛け、第二の防衛線の放棄を早めさせる。柵をいくつ立てたのか分からないが、何度も足止めをくらっては騎馬で一気に押し通す攻め込む側の優位を全く生かすことが出来ない。

「弩を出せ」

 柵を素早く倒すために投石器を引き出し、岩礫を打つ。木製の柵を破壊され、盾ごと腕を潰され、王国軍は第二の防衛線を捨てた。先ほどよりも余程早い後退にイトルスの指揮官は、建て直しの兆しを感じて一つ頷いた。このまま直進すれば港へ出る。そこで海から降りてくる兵士を迎え入れ、彼らの遡上を妨げようとする王国騎士たちを討ち果たすことが陸上の援護部隊の使命だ。軍船の入港までにその場にたどり着いていなければ、後から海軍になんと謗られるかしれない。

「勢いを殺すな、柵など踏み倒せ」

 柵を倒すために殺到する彼らの脇を黒い液体が流れていくことにイトルス軍は気づかなかった。踏み固められた地面に掘られた溝にそって流れていく黒い液体は血ではない。しかし倒れた兵と馬の血で既に地面は染まっており見かけでの見分けがつかず、匂いの違いは倒れ伏した者以外には分からなかった。

 二つ目の柵が取り払われ、再び突進が始まったところで第三の柵の向こうから樽が放たれた。平坦に見えた道は、第二の柵から第三の柵に向かって緩やかな傾斜があり、第三の柵を離れた樽はイトルス軍に向かって転がり続けた。

「火を」

 王国騎士団の小隊長の言葉が不吉に響いた。そして、彼らの予想通りに火矢が刺さった樽は大きな火の玉になった。知らぬ間に地に流されていた酒に引火し第三の柵の前に炎でもう一つの柵が出現した。炎の柵の前後で部隊が分割される。孤立し、戸惑う最前線の敵兵を王国の兵士は狙い撃ちにした。

「止まるな、駆け抜けろ」

 突然の炎に驚いた馬が混乱し、イトルスの騎馬部隊はまた押し戻された。指揮官は炎の壁が厚くないことを見抜き、突進を指示したが、たいして広くない大通りでは倒れた人馬が邪魔で速さが出ない。彼は一回目の突撃が失敗であることを認めざるを得なかった。

「騎馬部隊、退け。歩兵を前に。力で押し通せ」

 全ての柵を乗り越えるまでにこれ以上、騎馬隊を消耗することはできない。陸路からの突撃では騎馬の勢いは殺され、外から強襲する側の利は失われた。

 ここからは歩兵による押し合いで一進一退の攻防が続くことになった。



 海、陸共に王国側を数で圧倒するはずのイトルス軍の第一波の攻撃は十分な備えで迎え撃たれ、双方の軍勢の勢いは拮抗した。日が上がるにつれて、戦いは激化する。炎が上がり、悲鳴と怒号が飛び交う。上官の指示を繰り返す伝令兵の声があちこちの路地から響いた。


 ろくに食事を取る暇もないまま日は中天にのぼる。海上では先頭の二隻の巨体は沈み、ほぼ見えなくなっていた。背後に控えていた奴隷船の一隻は前の二隻が沈んでできた隙間を進もうとしたところ、石礫を集中的に浴びせられて同じように動かなくなった。いまやこちらも沈むのを待っている状態だ。残りの船からは小船が下ろされ、手漕ぎの船で沖から港を目指して来る作戦に変更されていた。小船は矢の雨を潜りながら港を目指すが、運よく岸壁までたどり着いた者も陸にあがる階段や壁で待ち構えている王国の騎士たちになで斬りにされていく。沿岸では動かない兵士が血で濁った波に洗われ続けていた。それでも次々と陸へと押し寄せるイトルス兵の数は迎え撃つ王国騎士の人数をはるかに超える。全てを防ぎきることはできずに市街戦へともつれ込んだ。

 狭い路地で、あるいは港の桟橋で。粗末な革の鎧に短剣を握りしめたイトルス兵たちは目を炯炯と輝かせ、何事か叫びながらウラッカの騎士たちに向かっていく。長い船旅で萎えたのか足取りのふらついている者もあるというのに、イトルス兵には迷いがなかった。死すらも恐れぬ様子で剣を振り回す。目の前で何人の仲間が討ち取られようとも、怯むことがない。

「なんなんだよ、こいつら。痛みも恐怖もないのか」

 終わることなく海から上がってくるイトルス兵を相手にし続けるウラッカ騎士は、その異様さに徐々に青ざめ、じわりじわりと後ずさる。棒切れのように痩せた少年から老人までが仲間の倒れた上を踏み越え、狂ったように切りかかってくる。それはまるで悪夢だった。


「あれは捨て身だ。屍を積み上げても怯みもしない。勝たなければ帰る船は迎えにこないとでも言われているのだろう。騎士ではない。罪人どもに剣をもたせたのかも知れない」

 休憩のため交代して戻ってきたウラッカ王国の騎士が報告する。自分たちの倍以上の人数の死兵を相手取っての戦いは若い騎士達から高揚をあっという間に吹き飛ばし、今や海岸の守りはゆっくりと崩れだしていた。

「組織されていないのは助かるが、投降しない敵は厄介だな」

「無理に押し返そうとしなくていい。突出して敵に囲まれる方が危険だ。今ある戦線を維持しろ」

 中隊長の指示に、小隊長は反論する。

「しかし、上陸自体を止めなければ戦線の維持は不可能です。とにかく数が違いすぎる」

 中隊長は、その言葉に深く頷いた。

「もちろん、残りの船はまとめて引き下がってもらう」

 港の全体が見渡せる商館の上階に立って、彼は再び指示を出す。今や奴隷船と思しき巨大な船から下ろされた小船は海を埋め尽くすばかりに広がっている。あれに全て上陸されたら負けだが、一つ一つ沈めていくには時間がかかりすぎる。今が頃合であった。

 指示を受けて笛が鳴った。応答の笛が返り、そして彼らが見つめる前で海に仕込まれた二つ目の罠が動き出した。


 港に係留されていた王国の船が動き出す。もやい綱が次々に外され無人の船が沖へと押し出された。流れ出る船を確認したイトルスの指揮官は手を打った。

「よし、やったぞ」

 今はただの邪魔者になってしまった先導の軍船と、折り重なるように止まっている奴隷船はもうすぐ沈み、また港への道が開く。港への突入をかけるなら、沈没の直後しかない。軍船の後ろで港を塞いでいるウラッカの船達はイトルス船の速やかな入港に対して邪魔だった。上陸を果たした兵士が綱を切り、船を港の外に追いやろうとしているのだろう。あの場所があけば小船も岸につけやすくなる。海上で上陸を待っているイトルスの兵は港を守るウラッカ兵の三倍を超える。あちらは騎士で、こちらは急ごしらえの民兵だが、一度陸に上がってしまえば兵の練度の違いなどなかったことにできるだけの数的優位を生み出せる。遠のいたかに見えた勝機が再び手の中に戻ってきた。

「この調子で民兵どもにウラッカの腰抜け騎士を一掃させろ。そのために特別いい飯を食わせてやったんだからな。恐れ知らずのイトルスの男の恐ろしさを思い知らせてやれ」

 指揮官は、大声で叫んで進軍を続けろと指示を飛ばした。


 港を離れた無人の船はあたり一面に漂うイトルス兵の乗った小船にぶつかりながら、その合間を漂っていく。海上は更に増えた船のおかげで混み合い、漕ぎ手たちは苦労し叫びあっていた。なので彼らはじわじわと海上に浮かぶ樽の数も増えていることに気づかなかった。もともと弩で放り込まれた樽が浮かんでいたし、破損した船から投げ捨てられた色々なものが漂っていたのだから、櫂が樽に当たってもまたかと唸るだけだ。その隙間にひとつ、またひとつと樽が浮かんでいく。

 海面が見えないほどに大小の船でいっぱいになった港とその沖を見て、中隊長は一度目を閉じた。眉間に深く皺を刻み何かに耐えるように歯を強く食いしばる。それも、ほんの数秒のこと。彼は静かに目を開けるとまっすぐに海を見つめて腕を振った。


「放て」


 町の外れ、港の風上に立っていた弓兵が火矢を放った。いくら腕の良い者でもそんな距離から矢など当たるはずがない。風に乗った矢はどこにも狙いが定まらないまま海上に落ちるだけに見えた。しかし、それは着水の瞬間に一気に海面に火の輪を広げた。その火は波に乗り、海の上を燃え広がる。そして漂う樽や王国の船にたどり着くと、船は轟々と大きな炎を上げた。火矢など届くはずのない沖でも突然に船が燃え上がる。あっという間にイトルスの小船が浮かぶ海は炎に包まれた。

「な。何故、海が燃える」

 指揮官は見る間に赤く燃え上がった海を見下ろして言葉を失った。海上だと言うのに火は勢いを弱める気配を見せない。


 一時間も前に王国兵によって潮目を読んで投げ入れられた樽には油が詰められ、口を水に弱い紙で塞がれていた。流されていくうちに油を流し始め、それが小船の櫂でかき回されて広がった。火矢はどこへ落ちても燃えあがる準備が出来ていたのだ。そして王国が自ら放った船にも油と、藁と、火のついた長い蝋燭が仕込まれていた。蝋が燃え尽きる頃、ほどよく港から離れた船は盛大に燃え上がる。イトルスの民兵を乗せた木製の小船は炎に囲まれ逃げ惑った。数で王国軍を押し切ろうと一斉に船を下ろしていたことが仇になり、同士討ちの衝突も多かった。知らぬ間に油をたっぷり纏わされていた船や櫂は容易に燃え上がり、同じように海水を被っていた男たちにも引火する。溜まらず飛び込んだ海の水は焼けた肌を傷つけ、苦しさに海面に顔を出せば火の海。炎に巻かれてながらも浮かんでいる物に縋ろうとして板切れを奪い合う。仲間を見捨てて沖へと逃げようとする小舟は海に落ちた兵士の無数の手に縋られて転覆した。


「あああ、熱い! 熱い!」

「助けてくれ!」

「おい、待ってくれ! 置いていかないでくれ!」

「こっちに来るな! 火が移る!」


 穏やかな港町の海は見る間に煉獄に姿を変えた。黒い煙と悲鳴。船と人とが燃え上がる異臭。意味を成さない苦痛と怒りの叫びが風に逆らい港の中まで響いた。

 海上の混乱を見て、中隊長はもう一度目を伏せる。こうなれば火の勢いはもう止まらない。後戻りは不可能だ。彼は顔を上げると炎が消えるまでに港の守りを編成しなおして、生き残りの敵兵に備えるようにと指示を出した。残っている奴隷船は近づいて来たら火矢と弩の餌食になるので寄り付いては来ない。それに大半の兵士は吐き出した後だ。寄って来ても出来ることなど知れている。残りの軍船もおそらく退くだろう。前線に連れていくべき兵を失ったのだ。将だけが一人たどり着いても、戦局は変わらない。

 海上の敵は、現在の布陣で当面食い止められる目処が立った。そう結論付けると中隊長は席を立った。

「俺も出る。後を頼むぞ」

 部下に残る海上の敵に対する指揮権を譲ると、朝から見つめ続けた海から目を逸らし、外へ向かった。


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