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誰がための嘘  作者: 青砥緑
第一章 さよなら、日常
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酒場にて

 賑わう酒場の隅で二人の男が並んでいた。その酒場は安い上に食事が美味く、しかも適度に薄汚れて気取らない。恋人を連れてくるには向かないが男同士で仕事帰りに寄り道するにはいい場所なので始終混み合っていた。注文は叫ばないと届かない。喧しいので鳥小屋と呼ばれている。


「お前のためを思って言うんだぞ。」

 前置きする男に、連れ合いが「そりゃあ、ありがたいな。」と気のない合いの手を入れた。睨みつけられても堪えた様子もなくにやりと笑って見せる。その様子に、男はため息をついた。

「なあ、いいか?そんなに入れ込んでもお前が辛いばっかりだろう。いい加減にしておけよ。」

「入れ込んでいるわけじゃない。仕事だ。」

「よく言うよ。」

 男は連れ合いをじっと見上げた。説教されている方がやや背が高いがいずれも細身で似たような印象を与える二人である。二人そろって、どこにでもいそうな若者だ。

「俺たちの仕事は影からじいっと相手を見ていることさ。そりゃあ多少は手も出すが、それも日陰のこと。日の光の下へ出ていくのはきっちり仮面をかぶった後だ。お前だってこっちの世界に長いんだ、分かってんだろう。素顔を日に晒すってのは、無駄に危険に身を晒すってことだ。情が湧くからって、素直に情けをかけてたら仕事を仕損じるぞ。」

「だから、入れ込んでいるわけじゃない。」

 同じ言葉の繰り返しに小柄な方の男は、うんざりだとばかりに乱暴に首を振った。

「なあ、自分で自分の首を絞めて楽しいか。そういう変態趣味なのかもしれないが、それを見せびらかされるこっちは迷惑だね。友達思いだか、女に惚れたか知らないが余計なことすんなよ。今は大事なときだろう。お前も、あいつも。仕事だって言うなら仕事に集中しろよ。」

 背の高い方の男は黙って酒を煽った。卓に戻したグラスを見るともなしに見たままに、ぼそりと言い返す。

「やると決めたらやる。自分のためだ。」

「だからってよ。」

 反論しようとする連れ合いに皆まで言わせずに背の高い方の男は素早く、静かに続けた。

「あれは俺が俺の名前でした最後の約束だ。破ったら俺は死ぬ。」

 死ぬと言った男の表情は冷たく冴えており、大げさでも比喩でもなく、それが事実と告げていた。その顔をじっと見つめて、比較的小柄な方の男は、しばらく黙り込んだ。


「おおい、酒まだか?」

「鳥の揚げ物と、芋と、それからチーズもだ。」

「葡萄酒瓶ごと一本頼む。」

「ほら、熱いから気をつけな。魚介の蒸し焼きが通るよ。」


 客と店員の叫び声を聞きながら、二人は自分のグラスに酒が無くなるまで飲んだ。

「おおい、こっちにももう二杯頼む!」

 小柄な男が声を張り上げると、遠くから「あいよ!」と返事が返ってきた。振り返った男は、最初よりも肩の力を抜いて背の高い机にもたれかかるように立った。

「まあ、俺は忠告した。今後お前が後悔する後ろで指を指して笑い転げて涙までこぼしても文句は言うなよ。」

 もう泡しか残っていないグラスを未練がましく逆さにしながら小柄な男が声をかけると、背が高い方の男は薄ら笑いで相手を小突いた。

「これまでだって散々人の不幸を笑ってきただろうが。何をいまさら。」

「はん。あんまり不憫なんで同情してやっただけだよ。」

「お前に同情される方が余程不幸だ。止めてくれ。」

 忌々し気な言葉に小柄な男は嬉しそうに笑った。


「ところでよう。そろそろ仕事場で行きあう機会も出てきそうだぜ?」

 背が高い方の男は、そこでようやく友人を見下ろした。にやついている表情に出会って仏頂面がより一層険しくなる。ふいと目を逸らしてから小柄な男に釘を刺す。

「邪魔するなよ。」

「はん、どの計画の邪魔の話だ?お仕事か?そっちこそ、失敗すんなよ。今度上手くやればお前、元の世界に戻れるんだからよ。日陰生活ともおさらばだろ。」

 かかかっと笑った男はバシンと景気よく背の高い方の男の腕を叩いた。

「いいよなあ、戻れるところのある奴は。俺なんてどんなに頑張ったって畑の隅っこの掘立小屋がいいところだ。もう崩れちまってるだろうがな。なあ、俺たちの努力を無駄にしてくれるなよ?あの斡旋屋から証文を引き出すのにどんだけ苦労したか知ってるだろう。」

「耳にたこができるほど聞いた。」

 冷たい返事にも男はめげずに、大きく頷いた。

「そうだ。忘れんなよ、でっかい貸しだぞ。しっかり返してくれよ?期待してるぜ、エセルバート。いや、未来の侯爵様よ。」

 口元を歪めながら聞こえぬふりをする男を眺めて気分良さそうに笑うと、小柄な男はおもむろに振り返って叫んだ。


「おおい、こっちの酒はまだか?」


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