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誰がための嘘  作者: 青砥緑
第一章 さよなら、日常
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舞踏会への招待状(女商人キリエ・クロードの場合)

 フォード家の総力を結集して決定された後継ぎ息子の嫁選び、もとい、舞踏会の招待状が発送される頃には、余程の田舎でない限り国中の誰もが舞踏会について一度は聞いたことがあるというほどに噂は広まっていた。実際に招待状が届く可能性がある一握りの上級貴族の娘たちは毎朝毎晩、今か今かとその到着を心待ちにし、他のほとんどの者は、お伽話の続きが流れてくるのを待っていた。

 貴族の端くれに引っ掛かている程度のキリエ・クロードは完全に後者であった。しかし彼女が自宅の居間で寛いでいるときに、その一報は届けられた。


「お父様、今なんとおっしゃいましたか。」

 目を丸くして問い返す娘にクロード会長は唾を飲み込んでから一つ、一つ言葉を区切って繰り返した。

「招待状が来た。フォード公爵家からだ。お前にだ。」

 娘はつられて一言ずつ区切って答えた。

「それは、あの、噂の、花嫁選びに招かれた、と。そういうことですか。」

「そうだ。」

 キリエは淑女にあるまじき大声で叫んだ。


「なんで!」


 驚きすぎると地が出る。思わず町の子育ちの地金が出るほど驚くのも無理はない。キリエは行き遅れ決定、花も散りかけの二十五歳。ちやほやしてくれるのは商会に出入りする商人仲間の中年達や、日雇いの男たちくらいのものである。家柄も三代までしか世襲を認められていない男爵だ。そして父がその三代目。つまりキリエ自身は平民。全く以って世紀の大舞踏会に招かれるにふさわしくない。

「飽きの来ないように、珍しいのも混ぜておこうと思ったのではないか。」

 実父ながらひどい物言いである。しかし、それしか考えられない。おそらく数名の本命以外は明らかに対象外の娘を揃えて、面倒を減らそうという魂胆なのだ。誰でも良いなら他の娘を呼んでくれたら良かったのに。社交の場に連れ出されるたびに苛められた心の傷は深い。こんな一流の上級貴族の舞踏会への招待状など彼女にとってはもはや嫌がらせである。

 しかし、キリエの頭の中の算盤は素早く計算する。若い娘の誰もが喉から手が出るほど欲しがっていた招待状である。これを断れば断ったであちこちに角が立つに違いない。逆に出ておけば、家に箔もつくし、今後しばらく商談の合間にする雑談には困らない。羽振りの良い貴族の知り合いができればお得意様を増やせるかもしれない。これは嫌なことを一度我慢したとしてもたっぷりとおつりがくる。

 キリエは計算結果を受け入れることにした。ここは商売のためと腹を括って行こう。無駄足にならぬようきっちりと成果を出す方法を考えるとしよう。それに集中すれば、他の憂鬱なことも忘れられるだろう。


「舞踏会への支度金はいただけるのですか?」

 あっさり気を取り直したと思ったら、きりりと背筋を伸ばして聞き返してきた娘に実父は呆れた表情を向けた。

「出るわけがないだろう。結婚が決まっているならいざ知らず。金は使いどころを間違うなといつも教えているだろうに。ここで使わずして、いつ使うのだ。」

「うう。」

 キリエは顔をしかめたが、父の言い分ももっともなので諦めた。ここでけち臭い格好をしていってはせっかくの機会が台無しだ。目的を見誤ってはならない。良いお得意様になってくれそうな相手に足元を見られないようにせいぜい美しく着飾っていこう。王国一の嫁取りの現場である。さぞかし羽振りの良い上流貴族が集まっているに違いない。

「クロード商会の名を売るための出資と思えば已むを得ませんね。」

「いや、せっかくの舞踏会をいきなり商売の場と決め込むな。アンドリュー様は無理でも、そのお近くの高名な騎士様くらい射止めようという気概を持て。」

 握り拳を作って娘を励ますクロード会長に、冷たい一瞥が向けられた。

「気概で結婚できるのなら、世の中に行き遅れなど存在しません。」

 キリエは鋭く言い返すと、すぐに舞踏会への支度を整えねばと父親の前を辞した。


「ああ、お前はいったい誰に似たんだろう。」

 父は寂しそうに雄々しく去っていく娘の背中を見送った。 


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