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誰がための嘘  作者: 青砥緑
始まりの章
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アウザ港の戦い-1

 立派な帆船のマストは燃え落ち、港には投げ捨てられた樽や、転覆した小舟、その合間にもう動かない兵士たちが浮かんでいた。夕闇の迫る町の中、路地には力尽きた二種類の甲冑がそこここに倒れ伏している。その脇を煤と血に汚れた騎士が駆け回り、負傷者を運んでいく。

「海にも目を凝らせ。日が落ちればもう海の中の者は助からないぞ」

 港の真ん中で指示を出す男は、自らも額にまいた包帯に血を滲ませながら徐々に降りてくる夜空を睨んでいた。

 昨日、夕暮れを眺めたときには整然としていた港、にぎやかだった酒場、意気揚々としていた仲間達。それがたった一日で戦火に飲まれ、消え去った。どれほどの犠牲が払われただろうか。彼はじっと報告を待つ。次々と寄せられる訃報。それが途切れる前に夕日は沈み、長い一日が終わろうとしていた。



 ***



 ウラッカ王国は海をもって東の国境としている。穏やかな砂浜の続く南部を南東部海岸地域、大きな岩に覆われた複雑な海岸線が続く北部を北東部海岸地域と呼ぶ。南北それぞれに領主が置かれ、王国の国境を守っている。南東部は海という天然の国境が延々と続くだけだが、北東部は最奥に湾があり、それを隣国と分け合っている。大きな湾の対岸を治める国をイトルス連邦国という。王国と隣国イトルスは一応、湾に注ぐ大河を自然の国境としながらも、以前より国境を巡る小競り合いが絶えなかった。大河の河口と湾の全てを掌握すればこの地域の水上交通を一手に取り仕切ることができるためである。その利権を巡って、両国は数十年に渡り戦争と停戦を繰り返している。長引く争いに巻き込まれる国境沿いの町では多くの住人が身近な家族を戦争の中で失っており、それがお互いの憎しみを募らせる。人々の悲しみや恨みが次の衝突への火種として常に燻る紛争の土壌が育っていた。




 そしてある日、再び戦火が上がった。

 語られる原因は双方の言い分が食い違い、もはや定かではない。重要なことは二国間で宣戦布告が行われ、互いの軍が国境へと向かったということである。ウラッカ王国からは国王直属の王国騎士団が素早く隣国イトルスへ侵攻。戦争のきっかけとなったとされる最初の町を占拠すると、今度はこれに報復するように隣国が王国の別の町へ出兵。これを繰り返して両国の間の国境をめぐる戦いは拡大した。


 ウラッカ王国騎士団第二師団第八大隊第二中隊はイトルス連邦国と向かい合う湾にある港町の防御を受け持っていた。港に注ぐ運河は現在の最前線に繋がる河から注いでいるため、運河を遡っての物資の供給の任も併せて負っていた。補給基地の一か所ではあるものの、その港町は前線まで陸路で数日の距離であり、両軍の進路からも逸れていた。それゆえに人々はいつもの生活を続けており、通りかかる者の目に戦時だと知らせるのは巡回するものものしい甲冑姿の騎士だけだ。

 中隊長は港町の各所に小隊を配置し、静かに停戦の日を待っていた。打って出て手柄を上げようという野心は無い。それを狙うには今回の遠征で与えられた彼の部下には若い者が多く、経験が浅すぎる。与えられた場所に留まっていても上官の指示の伝わりにくい市街戦では不利になる。出来ればこの場で交戦することは避けたかった。隊を温存して戻ることが出来れば他にも手柄を上げる機会はある。


「私がここに来てからしたことと言ったら樽を運ぶことだけですよ」

「私は木の柵を延々と組んでばかりです」

 中隊長は何事もなく停戦を迎えたいと思っていても、実績のない若い騎士は出世のためにも手柄がほしいものだ。中隊長を捕まえては少し偵察に出るくらいはしていいか、とせがんでくる。

「それも全部大事な仕事だ。ちゃんと手柄になる。手を抜くなよ。馬に蹴られても壊れない柵でなければ意味が無いからな」

「もう三重に組みましたよ」

 もういいでしょう、と言いたげな十代の騎士達の言葉に中隊長は首を振って彼らを見下ろした。

「任務中、いつ上官からの指示を貰えない状況に置かれるかもしれない。自分ができる最善を考える癖をつけろ。今、思いつきで町を離れるのが一番役に立つ仕事だと思うか?そんなに力が余っているなら町の路地の一本一本まで覚えて来い。お前は夜襲にあっても住民を避難させないといけないんだぞ」

「え。路地って全部ですか?」

「最低限自分の持ち場は覚えておけ」

 青くなった青年は、明るいうちに行ってきますと仲間とともに駆け出していった。素直なものだ。

「キース、お前はいいのか?」

 一人残った若い騎士に声をかけると、彼は小さく頷いた。

「道は覚えました。今は柵をもっと効率よく置けないか考えているところです」

 座り込んだ彼の足元には枯れ枝が並べられている。遊びではなく路地を再現しているようだった。

「この町は細くて入り組んだ道が多いから、上手くしないと柵を置くだけで時間がかかってしまう。しかし置きっぱなしでは生活が不便です」

「そうだな、闇雲に全て封じようとすれば時間がかかる。人が、どう動くかを考えて通り道を残すところと敵の侵入を塞ぐところを見極めることだ。いい案ができたら小隊長に持っていくといい。今の案より良ければ採用になるだろう」

 中隊長は枯れ枝を並べ替える若い騎士を励ました。

「はい。頑張ります」

 嬉しそうに返事をした騎士を残して、中隊長は巡回を続ける。戦時にしては平和なときの過ごし方だった。


 戦況は国境となっている河の支流を挟んで一進一退となっていた。両国とも大規模な援軍を出しているが、王国軍の方が数日先に前線につくとの予想だ。王国はこれをもって現在の膠着状態を打開し、イトルス軍の援軍が到着する前に一気に勝負をつける算段である。そうなれば、もう辺境の港町には戦火が広がることもないままに戦争は終結に向かう。中隊長もある晩、高い笛の音を聞くまでは剣を抜くことも無いまま今回の遠征を終えることも夢ではないと思っていた。


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