稲の精2
気がつくとあたりは日が落ちて真っ暗。
僧のお腹の上には大きなおにぎりがひとつ乗っていました。
僧は一生懸命それを食べました。
あぜ道に落ちていたピンクのストールはもうありませんでした。
そのかわり、あぜ道に点々と木の実が落ちていました。
僧は木の実を拾いながら、そのあとをたどって行きました。
まん丸お月様がとてもきれいな夜でした。
木の実は村はずれの鎮守の杜までつづいていました。
杜の奥には年老いたおおきな樹がありました。
樹の根もとには古い椎の実のかけらと
ごはん粒がたくさんこぼれていました。
し~ちゃん
僧はおそるおそる呼んでみました。
稲の精におにぎりのお礼を言いたかったからです。
だれだ?
目の前の樹がザザッと揺れました。
僧はひるまず 杜にたどり着いたわけを樹に話しました。
なるほど。それは稲の精のいたずらだな。
そう言って椎の樹は笑いました。
私はだまされたのかな?
僧はちょっと不機嫌になりました。
いやいや そうではない。
あの子は良い子でな。
私はご覧のとおりの年寄りだ。
話し相手もおらず寂しくしていたら
ある日 道に迷ったあの子が来てな。
私のそばで毎朝、毎晩いろんな事を聞かせてくれるようになった。
村のこと 田んぼのこと
自分が見てきたいろんな事をな。
そうでしたか。
最初は楽しかったのだが
そのうち私は稲の精がひとつの場所にいつまでもいてはまずいだろうと思いはじめた。
稲の精は豊作をもたらす神のような存在だからな。
けれどあの子は小さいくせに頑固でな。
ずっと私のそばから離れない。
私は時の流れにまかせることにしたのだよ。
しかし永遠の命などありはしない。
私もそろそろもういけない。
去年の夏 カミナリに打たれてからというもの
体のあちこちが枯れはじめた。
バサリと音を立てて古い枝が僧の足もとに落ちました。
私を呼び寄せのはあなたですか?
僧は尋ねました。
いや。あの子だ。
あの子にはものごとの定めがわかるのだ。
あなたのために祈りましょう。
僧は目をとじ、手を合わせた。
椎の樹はそれきり何も言わなくなりました。
翌朝 僧は身支度をして村を去ることにしました。
田んぼを眺めていると
もう一度 稲の精に会いたくなりました。
あぜ道を歩いていくと
目の前をおにぎりが横切っていきました。
ピンクのストールをはためかせて。
ありがとう。
僧は優しくつぶやきました。
し~ちゃん し~ちゃん!
その声は
真っ青な夏の空にいつまでもこだましてやみませんでした。