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稲の精  作者: 抹茶あいす
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さよならの向こう側

待っておくれ。礼を言うのは私のほうだよ。今もこうして私を元気にしてくれたじゃないか。

ほら、このとおり。


旅の僧は胸を張って勢いよくこぶしで叩きました。


う、ごほっごほ!



しーちゃん。



稲の精はふわりと宙に浮かびました。


しーちゃん…



稲の精のからだはどんどん透明になり

そしてついに僧の目の前で一瞬キラリと光ったかと思うと

ぽうっと消えてしまいました。



あとには空っぽの土鍋だけ。



稲の精!稲の精よ!


僧はあばら家の中を慌てて見回しました。



すると戸がすっと開きました。誰もいないのに。


僧は土間に駆け降りました。


どこだ?


僧が外を見ると

雪の上に転々と小さな足あとがついています。


待て。待っておくれ。


僧は足あとを追いかけました。


ざっ!ざっざっ!


ざっざっざっ!



雪の上に足あとがなかったら

とっくに見失っていたに違いありません。



ざっ!ざっざっ!


ざっざっざっ!



僧は足あとを追いかけてどこまでも走りました。



ざっざっざっ!


ざっざっざっ!



林を抜けるとそこは崖の上。

行き止まりでした。


小さな足あとは崖の上でぷっつり途切れていました。


そんな…。


旅の僧はがくりと膝をつきました。


僧はわんわん泣きました。


その声があまりに大きかったので足もとの雪が崩れ、僧は崖から転げ落ちてしまいました。


うわあ〜!


ごろごろ〜 どすん!



雪だるまから手が生え、足が生え、そして顔が出ました。


えーい!こんちくしょう!!



そこは稲の精とはじめて会った場所でした。

まわりは雪で真っ白でしたが僧には見覚えがありました。


そうだ。この田んぼだ。


僧はいろんな事を思い出しました。

おにぎりを追いかけたこと。

ドーナツを見つけたこと。あの時、稲の精はヨモギ蒸しをしていたのでした。


綺麗だった灯籠(とうろう)流し。

二人で作った精霊馬(しょうりょううま)


一緒に十五夜お月さまを見た美しい夜のこと。あの時はてっきり稲の精が御釈迦様だと思いました。

どれもこれも忘れられない思い出です。


僧は雪の上に大の字になって空を見ました。

冬の空はどこまでも澄みきっていました。


僧がめそめそしていると

一羽の鶴が突然大きな声で鳴きました。


キョー! キョロローッ!!


僧はびっくり仰天しました。

鶴の声はよく響くのです。

野鳥たちも驚いて林の中から飛び出しました。


鶴は雪に埋もれた田んぼの真ん中あたりでじっと立っています。


やあ。こんにちは。


キョー!! キョロローッ!!


鶴は長い首を天に向けて羽根をばたばたさせました。

そして旅の僧に気がつくとじっと僧のことを見つめました。


僧も鶴を見つめました。



お前なのかい。稲の精なのだね。

お前はもうこの世からいなくなってしまったのだね。

一人で生きていくのは辛すぎる。

この先私はいつも道ばたの花に手を合わさずにはおれないだろう。

私は思い知ったよ。お前と私は一緒にいなくちゃいけない。お前がたとえ鶴になってしまってもね。

お前と私は一心同体なんだよ。


鶴は僧をじっと見ていましたが、やがてゆっくりと言いました。

いえ。どうなのでしょう。僧にはそう聞こえただけかも知れません。



さよなら。大切だった人。

さよなら。優しい思い出。


貴方が思っていること。本当は真実でない。

私は消えない。この世から消えたりしない。


だから…


さよならの向こう側には何があるのだろう。


寂しさに足がすくむ。

それでも私は歩いてく。


どうしても寂しさに耐えられなくなったら

道ばたの花に私も手を合わそう。


楽しかった日々を愛おしみながら。


そうしてあの穏やかな日々に帰ろう。

私の心はいつでもあの日々に戻れるのだから。




ああ。稲の精よ。稲の精よ…

僧は嘆き悲しみました。



鶴はくるりと背を向けると雪の上を駆けはじめました。


待て。待っておくれ。


旅の僧は座り込んだまま手を必死で伸ばしましたが、届くはずもありません。


鶴が二度三度と大きく羽根を動かすと

ふわりと体が浮き上がりました。



待ってくれ。お願いだ。



鶴は真っ直ぐに空に向かって舞い上がりました。

それはあっという間のことでした。

鶴は悠々と空の彼方に遠ざかっていきます。



なんと美しい姿だ。



それを見た僧はついにあきらめました。

会うは別れのはじまりなのです。


大空を羽ばたく鶴を見上げて

僧は何度も手を振りました。何度も何度も。



私は待っているよ!

お前が帰ってくるのをいつでも待っているよ!


キョー!

キョロローッ!!



とうとう鶴は飛び去ってしまいました。



僧はなんにもない空をいつまでもぼんやり見ていました。



くいくい。


くいくい。



何かが僧の袖口を引っ張っています。


なんなんだ。いったいこんな時に!


振り向くとそこに稲の精がいました。にっこりと笑って。

あのいつもの笑顔で。



しーちゃん。



お前…。



旅の僧の病はほっておくと命を落とすところだったのです。

すべてを見ていた御釈迦様は稲の精を消すのをやめ、僧のもとに戻してあげたのです。



しーちゃん。



稲の精よ。



しーちゃん。



ねえ。あの鶴はお前だったのかい。


僧は尋ねました。



稲の精は小首をかしげてきょとんとしました。



まあ、いいさ。

さあ、行こう。たくさん走ったからお腹が空いたろう。


僧は稲の精のお腹をポンポンと撫でました。


しーちゃん!



稲の精は顔をぷっとふくらませました。



雲のうえを真っ白いおおきな鶴がすいすい飛んでいきました。





おわり。

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