賽の目も神次第~こっそりと仕掛けられた時限トラップ~⑥
オレたちは、風呂でしゃべって、騒いで、洗い方を教えられ、長湯をした結果――のぼせあがった。
「うーん、ぎもちわるっ」
「水ちょうだい、水」
着替えたオレたちは、リビングのソファーにうつ伏せに倒れ、男のオレに水を頼む。
「お前ら、少しは自分で自分を管理しろよ。ほら」
ジト目でテーブルに水を置いていく。くそぅ、お前がオレの立場なら結果が違うとでもいうのか。と恨めしい視線を送る。
だが、その前に水を飲もう。コップの中の水を一気に飲み干せば、胃の中が冷え、一息つく。対面に座るシュンコもちまちまと水を飲んで、落ち着いたようだ。
「それで? お前らすぐに飯食えるか?」
「ああ、頂く。結構、腹減った」
「じゃ、待ってろ。盛ってやるから」
男のオレを黙って眺める。自分の後ろ姿を自分で見るなんてと苦笑をするが、シュンはその様子に気がつかない。
「動くの辛いならリビングで食べるか?」
「いや、そっちに行く。なあ、シュンコ」
「ええ、ちょっと待って」
二人して、重い体を持ち上げて、食卓に着く。テーブルに盛られたカレーを見て、口の中から唾液が染み出す。
「それじゃあ、食べるか」
「「「いただきます」」」
三人揃っての夕飯。奇妙な感じだ。昨日までは、いただきますも無しに一人で食べる事があったのに。
おっ、カレー。うまい。
「なあ、お袋と親父は?」
「お母さんは、仕事で夜勤。お父さんは、編集との打ち合わせで出かけているって」
オレの疑問に、シュンコが答える。ぱくぱくと食べ、ぽつぽつと会話する。
「ってことは、今夜は俺達だけか」
「「……」」
そんな男の俺の呟き。いや、まあ事実なんだけど、どうしてオレが敢えて意識しないことを言うのかな。
「……ねえ、男の私」
「何だ?」
「襲わないでね」
「何故そうなる!?」
いや、そこは気づけよ自分の発言に。
「いや、オレたちって、体は女だろ? だからな。男のお前だと基本争っても負ける自信がある」
「いやいや、襲わねえし! どうして俺がやること確定みたいな話し方なんだよ!」
「シュン。部屋から出ないでね」
「ジュンに言われる、かなり傷つくがやらないからな。絶対に」
またベタなコントの突っ込みをする。テレビでは完全にフラグだからな。でも現実は、そんなコントみたいじゃない。ここまで釘を刺しておけば大丈夫だろう。
そのあとも、てんやわんやと多少食事に華やかさが戻り食後は、三人仲良くリビングのソファーに座りながら、お茶を飲みながら胃を落ちつけている。
「ふう、腹一杯だ。カレーは二日目が楽しみだな」
「たくさん食べたからね。流石は男の子ってところ?」
「その反面、オレは予想以上に食べられなかった。女って本当に小食になるんだな」
いつもの調子で食べたオレは、軽く口を押えてソファーに腰を掛けている。
オレたちは、後は寝るだけのそんな状態で集まり、談笑と愚痴の言い合いをしていた。
「ジュンは、やっぱり男に戻りたいのか」
「当たり前だ。だけど、諦めが入り始めているな」
シュンコに長い髪をブラッシングされながら、溜息を着く。ブラッシングも拒否したが無理やりやられた疲労感と楽しそうにオレの髪を弄るシュンコを見ているとこのままでも良いかな? などと自堕落な考えを持ってしまう。
「なあなあで過ごすと、本当に女の子として生きていくしか無くなるかもね」
「勘弁してくれ。精神は肉体に牽引されるとか言う話が本当になるだろ」
「でも実際、体は素直よ。私が見たところ完璧に女の子。その内、生理だって来るわ」
後ろから抱きつかれるように、服の上からそっとお腹を撫でるシュンコとそれを擽ったそうに身を捩るオレ。男の俺は、顔をそむけている。いや、そんな微妙な反応するなよ。
相手はオレなんだぞ。欲情するなよな。してないよな、ただ目のやり場に困っているだけだと信じたい。
それより先に、シュンコの言う事についてだ。
「生理用品着けろとか言うなよ。それこそ、下着の比じゃない抵抗感があるぞ。今だって窮屈で仕方がない」
オレは、自分のお尻周りを撫でる。寝るときは普通、窮屈なので女性はノーブラらしい。まあ、もともと崩れるほど胸ないし。
「なんか? 失礼なこと考えなかった?」
「いえ、ナニも考えておりません」
オレは、男の俺に助けを求める。視線を合わせて、溜息をつけられる。
「俺は男だからわからんが、生理用品は必要なんだろう? 知識だけは知っておいても良いんじゃないのか?」
「おい、オレを助けろ。自分が女性のイロハを教えられることに耐えられるのか?」
「無理だ。だが、耐えろ」
「理不尽だな。おい」
オレが男の俺に文句を言う。どうやら男の俺はそっち方面ではフォローしない気だ。精神面のフォローはしやがるのに、忌々しい。オレ自身だけど。
「まあ、その辺は私がフォローするけど、自分で気を付けられることは、気を付けてね」
「自分でって、お前。俺は昨日からの女なんだぞ。気づく前に、それ以前の知識と経験が無いって」
「だから、教えるの」
どこ吹く風と言うように、軽く流すシュンコ。もうオレは抵抗に一々気にしないようにしている。
「で、私は聞きたいのよ。なんで裸見られたのに恥ずかしくないのに、私とは入りたがってなかったでしょ! 男に対してとか、お風呂場の時とか」
「うん? ああ、見られたのは、嫌だな。ってかあの目を思い出したら鳥肌が……」
「むしろ、シュンコが代わりに騒いだ御蔭で冷静に成れたんじゃないか? 俺だって一人だったらあたふた保険医の前でボロ言っていた、と思う」
「それって、私が原因?!」
まあ、間接的にはそうなるな。と俺たちは互いに納得し、シュンコは納得しない面持ちでいる。
「どこが、何が駄目なのよ!」
「何が」
唐突に話の流れが変わる。何が駄目なのか、俺たちに聞かれても困る。
「なんで男のあんたは裸見ても思春期らしい言動無いのよ!」
「「はぁ?」」
「やっぱり、魅力ないのよね」
オレたちはシュンコの言葉の意味とか分からない。いや、説明なしで言われても分からないから。
「私の身体ってそんなに魅力ないかな?」
「つまり、ジュンの身体はシュンコの身体だ。俺がジュンやシュンコに魅力を感じないことは、シュンコに魅力を感じないことと同義? ってことか」
あっ、なるほど。得心とはこのことだ。
別にそんなことは無いのだが、もう一人の俺に指摘されて、少し拗ねたように口を尖らせ、目線を合わせないようにするシュンコは確かに可愛い部類だと思う。
「お前は、気にし過ぎだ。魅力が無いわけでも、貧相な訳でもない。ただな――」
「ただ、何よ」
恨めしそうな目で睨んでくる。こいつ、最初から男のオレの言うこと信じてないな。だが、男の俺の口から出る言葉にオレが逆に驚かされる。
「お前は、俺だ。女の俺でもな。なら、妄想の中でも穢したくないと思うだろ」
「それは……」
「俺は平凡だが、お前は身内の贔屓目抜いても十分に可愛いと思うぞ」
すぱーん、と近くにあった新聞紙を丸めて、シュンの頭へと振り抜く。
「この馬鹿っ! なに女のオレにそんな歯の浮いた台詞言えたな! 聞いてるオレが恥ずかしいわ!」
男の俺は、なぜあんなセリフを吐けるんだ。まるで女に優しい男なんですか!? って思い返してみると、結構人に対して気遣いとか無意識に言ってる気がする。
それ以前に、その言葉聞いて、シュンコがぽけーっと夢見心地な感じだし。おいおい、戻ってこいよ。
「えっ、なんか、私。とんでもない言葉聞いたような」
「大丈夫だ。白昼夢だ。疲れているだろう、もう寝ろ」
「そうだよね。うん、夢よね。それじゃあ、ちょっと早いけどお開きにして寝る?」
「ならこの話は終わりだ、明日のために気力を養っておかなきゃな。ジュンの評価は『男子制服を着たちょっと変わった女子』なわけだから」
「嫌なこと思い出させるなよ! もう、嫌だ。明日学校行きたくねぇ~。女子の制服も着たくねえ」
オレがソファーに倒れこんでバタバタと暴れる。男の俺は呆れた表情でこちらを見てくる。
「まあ、明日くらいなら男子の制服しても大丈夫だろ。制服」
「どこにその確信があるんだよ」
「なんとなく。最悪両方持って行って状況に合わせて着替えれば良いだろ」
だから嫌なんだ。とオレは高校生にもなって駄々を捏ねる。なんか、幼児退行していない気もしなくはない。
「もう、どうにでもなれ! オレは寝るぞ」
ばたばた廊下を掛け上がり、自分の部屋へと入る。
うーっ、もう寝る、明日の事は明日の朝に考えてやるぜ。
そう思いながら、布団に包まる。女特有の甘い匂いの布団に最初は落ち着かなかったが、だんだんと慣れてきて、オレは泥のように深い眠りに入って行った。