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賽の目も神次第~こっそりと仕掛けられた時限トラップ~②

「お袋、おはよう」


 洗面所では騒がしい少女おれたちの声を聞きながら朝食の席に着く。


「おはよう。にしても、あの二人は、毎朝あんな感じで成長無いわね」

「もう少し女らしくあれば、シュンだって振り向くのにな」


 親父まで現れて、お袋との会話に加わる。この場は、現状を知る上で有用に使わないと考えた。


「親父。その言い方だと、二人のどちらかを俺の彼女にしたいようだけど……」


 悩むそぶりもなく親父は即答する。


「ああ、お前は俺の子供で、シュンコとジュンは母さんの子だ。お前ら名目上(、、、)は兄妹だけど実際は赤の他人だからな。

 なら結婚して家族になれば良いんじゃないか? 名実ともに家族になるしな」


 わははっ、と笑う親父。いや、どこのマンガですか。小説家だけど、倫理はちゃんと持ってると思っていたのに。

 だが俺は黙って考える。これは女神の設定かもしれない。現在は、不明な点が多い。だが俺の親は二人しかいない。だから別に想像する必要もないし、気にする必要もないのかもしれない。

 それに、長年一緒にいる肉親に関してジュンは男性という認識は定着してない。ということは、女神の言う【認識の不完全】なのだろう。

 その沈黙がどう取られたかはわからないが、二人は、語調を落ち着けて語りかけてきた。


「あんたね。別に、連れ子だからって疎ましく思ってないわよ。あんたは、私たちの子供それだけよ」

「そうさ。物心つく前から俺たちがお前の親なんだから」

「いや、そういう訳じゃないけどな」


 ちょっとしんみりした空気が流れ始めた。そのまま、朝食の食パンを噛り付く。


「まあ、本当の家族になるために、シュンコとジュンのどっちかと結婚するのは、賛成だぞ! あっ、両方の一夫多妻でも父さん許すぞ~。それとも今からもう一人作るか?」


 口に含んだパンの屑が気管に入り込み咽かえる。

 お袋に軽く叱られ逃、げるように自室の仕事部屋に朝食を持って行った親父。それを溜息交じりの視線で見送るお袋。この二人のやり取りは変わらない。


「私はね。シュンに感謝しているのよ。小さい頃、お父さんも私も忙しくて家を空ける機会が多かったでしょ? その時、あんたがあの二人の面倒見てくれたお陰で私たちは、一生懸命取り組めた」

「……うん。そうか?」


 俺の記憶では、その頃は、親父が事故で長期入院になり、お袋が親父も見舞いやら何やらで一人ぼっちだったころだ。

 寂しくないと言えば嘘になるが、淡泊な性格はこの辺だろうか、と自己分析をしてみる。


「まあ、ジュンは、昔は甘えん坊であんたに甘えていたらいつの間にかあんたみたいに男っぽい恰好してるのは心配ね。中学高校と男子の制服着るし、周りは男扱いしているようだから心配よ。でもお姉ちゃんのシュンコも面倒見がいいから、なんとかなるわ。

 だから、二人が何ともならない時に手を貸してあげてね」


 昨日出会ったばかりの同じ俺達なのだから、普通の兄妹以上の絆はあるだろうが俺は有能じゃない。だから無難に、でも意思を伝える。


「わかった。善処する」

「ふふっ、ありがとね。お兄ちゃん」


 そう言われると、言われ慣れて無い所為か、背中にむず痒さが走り抜ける。


「だから、うるせえよ! もういいだろ!」

「駄目よ、待ちなさい」

「朝は、もう少し静かにしてくれ。妹たち」

「「お前は黙ってろ!」」


 二人同時に、朝食を食べている俺の脇腹に左右から肘鉄を食らわしてくる。流石は、俺だ。コンビネーションが最高じゃねえか、と思いながら苦痛で体を折り曲げる。

 俺と同じ量を食べようとしたジュンは、顔を顰めながら口に押し込み、シュンコはたっぷりジャムパンと甘めのお茶で朝食を彩る。

 その後は、三人一緒に家を出る。


「お袋、行ってくる」

「いってらっしゃい」


 通学路で俺たちは互いに情報を整理する。


「男のオレの立場は、連れ子だけど扱いは変わってないんだな」

「ああ、まあ。兄としての威厳を求められたくらいだ。あと、ジュンの認識は、親しい人間には影響が及んでいないようだ」

「つまり、見ず知らずの人には、男。親しい人ほど女として見るなんて面倒ね」


 シュンコが毒を吐く様子に、同意してしまいそうになるのは、やはり同じ俺なのだろうか。そしてそれを理解しているのか、完全スルーの女になった俺。

 俺は、二人に見つけた変化も聞いた。


「それで、そっちは何か変わったこと見つけたか?」

「オレは、服の一部が女物に変わってた」


 かなり言い辛そうに呟くジュン。全く、何を照れているという風な視線をシュンコから感じる。ご愁傷さまで。


「お風呂が広くなっていたわ。それに洗面所も」

「ああ、あれは、余裕で人が三人は入れるな」

「……」


 俺が沈黙する。何を考えているのかは、同じ俺たちなのだから容易に想像されてしまう。特にシュンコからの冷たい視線を受けながら、ジュンに釘を刺されるのは厳しい。


「言っておくがオレたちは、別々に風呂に入るんだぞ。間違っても三人同時に入浴ってイベントは起こらない」

「俺は、まだ何も言ってないが」

「オレは、元々お前だぞ。それとも何か? お前の視点から言うと、男二人がいちゃいちゃしながら入浴したいのか?」

「最低ね。男の私って。でも、もう一人の私? 今夜は一緒に入るのよ」


 シュンコの一言に女の俺が噴き出す。


「ちょ、待て! なんでそうなる! お前がレズだったのか!」

「馬鹿は休み休み言いなさい。あんたは、心は男でも体は女なのよ。女になって、体の洗い方とか手入れの仕方を教えてあげるのよ」

「そのお節介は、全力でごめんこうむりたい。オレの視点から言うと、異性と入浴になるんだぞ。それに普通に手入れすればいいだろ」

「うらやましいな。俺と今すぐ変われ」

「脳みそ腐ってるのか! 実際に状況に遭遇すれば、お前は冷静で居られなくなるぞ!」


 それもそうだ、と納得してしまう俺と苛立ちを露わにするジュン。


「ジュン、あんたには、どれだけ女性が辛いのかと、その心構えを植え付けてあげる。感謝しなさい」


 にやり、と楽しそうな笑みを浮かべるシュンコ。恐る恐るだが、尋ねているジュン。まあ大体見当が着いてしまう俺は、なるべく黙るだけだ。


「それは、どういうことなのでしょうか? ジュンさん?」

「当然、生理よ。私はどちらかというと重い方だから、辛いわよ」

「男の前でそういう話はどうなんだ? それに今日は、帰りに女神様に貰える様に頼んで全て終了。だってあり得るだろ。短い期間性別が反転しているなら、体験せずに終わる」


 ジュンは、それもそうだ。と安心したような表情をする。

 全く、話を聞いた直後のジュンの顔面蒼白には、俺の方が驚く。


「そうね、私もそうなれば良いと思うわ。でも万が一に備えることが悪いとは思わないわ。それには同意してくれるはずよね」


 当然、普段の俺たちなら、同意する。だがジュンの感情部分が強い否定を出す。俺は冷静に結果論で話をするので多数決で、完全に決まってしまった。


「そうね。まあ、手加減はしてあげる」

「同じオレでも、女のオレは、ドSなのかよ」

「それは違うぞ? ジュン、俺の口煩さは、優しさの裏返しだ。わかるだろ」

「感情論でなんとか突破させてもらいます」


 不貞腐れて、俺たちとは反対方向の空を見る。


「……はぁ」


 盛大に溜息を吐かれるとかなり声が掛け辛い、そんな中でその背後に声を掛けられる。


「シュンにシュンコちゃん、おはよう」


 聞き覚えのある声に振り返れば、顔見知りが小走りで近づく。


「ジュン、おはよう」

「あっ、ああ。おはよう、古里」


 俺たちは古里と挨拶を交わす。どうやらこの世界では、古里との交友関係は継続されているようだが、妙に隅にいるシュンコの様子から、こいつと古里の関係は希薄だということがわかる。


「シュンたちは、昨日、行ったの?」

「うん? 俺たちが何処いったって?」

「その、神社裏の鯉を見に」

「……」


 シュンコは、余所余所しく通学路の端に寄る。俺はというと視線を泳がして誤魔化そうとする。

 直接声を掛けられたもう一人の俺が話を逸らし損ね、追及を受ける。


「いや、その。だな。一応、行ってみたんだが……」

「ジュンは、願ったの? なんてお願いしたの」


 普段の古里では考えられない追及。さりげない押しの強さに、ジュンがつい口を滑らしてしまう。


「何って、別に、大したことじゃねえよ」

「もしかして、言えないこと? 誰か特定の人に」

「ち、違うぞ! オレたちは同じ願いをだな……あっ」


 こういう超常的な状況にいるその原因の願いなど、公言できるはずもない。

 二次被害、ひいては友人を失わないためにも俺がフォローを入れる。


「待て、古里。神主さんから噂の真偽を聞いたんだが、これにはルールがあるんだ」

「……ルール?」

「願いは、他人に話さない、ほら神社の参拝でも人にはなるべく言わない方がいいと言うだろ」


 なるほど、と納得の笑顔を表情を浮かべる古里。ナイスフォローだ。と親指立ててグッジョブされた。


「そ、そういうことだ。すまんな古里。オレは、話せないんだ」

「そうだよね。僕も気を付けないと」


 納得したようで、安心。

 状況がかなり混乱している為に、何を話していいのやらわからない。

 古里がいるために、今後を論議するわけにもいかず、俺たちは、アイコンタクトで話を合わせることにした。

 時折、古里がジュンをちらちらと見てきては視線を外す。

 最初は、ジュンの認識に関する違和感でも覚えているのか、と思ったが分からない。ここはカマを掛けて見るか。


「な、なあ、古里? きょ、今日の授業、何があったっけか?」


 カマ掛けるにしても同様し過ぎだろ、俺!


「何って、今日は体育のある日だよ。シュンとジュンは、男子の主戦力なんだから期待しているんだよ」

「そ、そうか」


 普通に返された。それっきり俺達は、口数少なく学校へ向かう。

 教室が近付くにつれ戦々恐々とした思いが沸き起こるが、実際ほとんど変化はなかった。

 ただ、席が俺を中心に右にシュンコで左にジュンという構成。ロッカーも出席番号も三人で連番を取得している状態だ。

 そこまで確認できたら、もう乗りと勢いで何とかなりそうな気がする。

 そして森坂との関係は、シュンコが毛嫌いしているが俺たちは一応友人関係である。


「オッス。三つ子」


 声を掛けてきた瞬間、シュンコがあからさまに嫌悪の表情を浮かべる。

 俺は、出会い頭に、頭を寄せて小声で尋ねる。


「な、何するんだよ」

「なあ、聞きたいんだが……あいつに何した?」

「……はぁ?」

「ほら、シュンコ。あいつの明らかにお前に対する不愉快ですって態度は何かあるだろ?」


 今更何言ってるんだ? と言った感じでわざとらしい溜息を吐く森坂。


「いつの事だよ」

「良いからオレにも聞かせろ」


 腕組みして仁王立ちのジュンも加わる。シュンコと同じ長い髪は、黒のヘアゴムで纏められており、どこぞの美少年侍のような雰囲気が威圧感を醸し出す。


「分かったよ。えっとな……いつだったか、俺はある疑問を抱いたんだ」

「疑問?」

「ああ、あのおっぱいには何があるのか、何か夢みたいなものがあるんじゃないのか、とそんな哲学的なことを、な」


 別に哲学でもなんでもねえよ。と小声で呟くが、それを聞き流される。


「そして俺は、ある時、試みた。おっぱいの真理を確かめに! そして俺が見たのは絶望だった!」


 まさかな、と嫌な予感がする。もう一人の俺も感じたらしく、表情が引き攣っている。


「そう、シュンコの胸は、パットによって盛られた偽乳だったんだ! これは、もうおっぱいに対する冒涜だろう! な」


 最後に同意を求めるあたり、残念だ。いや、最低だ。

 そして、俺達の拳は、森坂の鳩尾を狙う。


「うご!?」

「てめぇの愚行を今すぐ詫びろ。俺たちの前で、そして、全ての存在に謝罪をしろ」


 耐久性と残念に定評のある森坂は、いきなりの出来事に固まる。


「もしも拒否と言うなら、今度は俺の三連コンボでぶちのめすぞ」


 もう一人の俺も膝を屈した森坂を見下す。クラスは何事かと一瞬ざわめくが、また、森坂か。という溜息が次々と漏れる。


「俺が何したっていうんだよ!」

「何かした? てめえがシュンコにやったことをオレたちが代わりに鉄拳制裁だ、ボケっ!」

「待て、あの後、シュンコに二週間の機能障害並みの打撃を受けた!」


 その言葉を聞いて、俺は、痛くないのに痛みを感じた。隣の俺なんか、少し顔が青褪めている。


「も、もう手は出してないし、近付いてない。つか、近付いたらまたられる」

「「……」」


 これは、もう許すしかないのか? と思っていた時――


「じゃあ、あんたは、神社裏の罪に関しては、弁明しないの?」


 その言葉にはっとする。思いだした、パンの耳の件もある。


「そうだ。お前の撒いたパンの耳で水が汚れていたんだぞ! それに、菓子の袋も捨ててあった!」


 クラスの何人かは目を逸らした。それをジュンが見逃さなかったらしく、冷やかな視線を浴びせているが今はどうでも良い。


「誰が掃除したと思ってるんだ! ふやけたパンの耳とかお前しかいないだろ!」


 立ち上がったところで、ジュンがボディブロー。女の力じゃ倒れないのか、よろけるだけだ。


「いや、オレだけじゃないかもボッ、し、しれない……もしかしたら、俺じゃない!」


 一撃喰らってもまだ否認する森坂に俺も確たる証拠はないが、言質は取った。


「俺だけじゃない。ってことは一部認めるんだよな」

「あっ……」


 目が完全に泳いでいる。数秒のクラス中の冷たい視線、視線、視線。を背中に受け、緊張に耐えられなくなり――――


「ノォォォォォ―――」


 絶叫を上げる。そのとき俺とジュンは、ダブルボティブローをねじ込み、完全にダウンを取る。

 俺たち二人は、互いに讃えるハイタッチを。傍観に徹していたシュンコは良い笑顔で迎える。

 最後に、古里がトドメの。


「……森坂」


 哀れみの視線に項垂れる。

 流石、耐久力に定評のある男。復活も早い。だがこれはもう俺たちへの詫びが必要だと考えた。


「じゃあ、今日の昼は三人分の総菜パンを詫びで差し入れろよ」

「ひでぇ……」


 立ち上がって、抗議の声を上げる森坂を一睨み。


「なんか言ったか? も・り・さ・か」


 女の姿のオレは、全然非力だがドスの利いた声で一言言えば、黙り込む。

 これが女と認識されたら余計に舐められただろうに。


「全く、オレは安穏とした生活が欲しいのに……」


 女になったオレは、ふうっ、と長めの溜息を吐き出し、眠たそうな目で席に着いた。


「オレは、今日寝るからお前にノート任せる」

「じゃあ、ノートは任された」


 女のオレは、腕枕の上に頭を乗せて、眠りに入っていた。

 右のシュンコは、いいのかよ。という視線を投げ返るが、今日だけは許してやれ、と視線だけで返した。

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