山奥村の待ち合わせ
遠くから、蝉の鳴き声が聴こえた。生温い風は頬を撫で、目の前に広がる黄金色の絨毯を波立たせている。
思えば田舎に来たもんだ。バス停のベンチに体を横たえ、景色をぼうっと眺める。ここから見えるのは、一面の麦畑。穂をつけた麦たちは、風に応えてザァザァと、頭を揺らしていた。
電車とバスを乗り継いで八時間。
ここは山奥村という、山の麓にある集落で、ここは集落の玄関口にあるバス停。
トタン屋根の小屋にベンチが二つ設けられただけの簡素なバス停は、この路線の終着駅となっていた。集落の中までバスは通っておらず、このバス停が村の入り口となっている。ここから先は道幅が狭くなっており、一目でバスの進入が困難だと見てとれる。俺はこの山奥村のバス停で、人と落ちあう約束をしていた。
もともと、こんな田舎に訪れる予定はなかった。とくに田舎暮らしに憧れているわけもなく、祖父母がこの村に住んでいるわけもなく。この村に何か思い出があるのでもない俺は、本当は今頃バイト先のスーパーで品出ししているはずだった。なのに俺は此処にいて、目の前に広がる麦畑を眺めている。
八月の終わり。高校二年生になった俺は、父が参加しているNPO活動に、父の代わりとして参加することになった。父が参加しているNPO法人の活動は多岐に渡っているそうだが、これは父からの話なので、話し半分に聞いておいた方が良いと思っている。