34、伝説剣――レジェンドソード――
僕の中に響いたあの音は、キーラーが初めて話しかけてきたときと少しばかり似ていた。だけど、あのときと今は状況が全く違う。場所も、敵も、そして、響かせた者も。
「とうとう覚醒を起こしたな・・・・・・!」
震えるように声を出す正男を見上げる。恐怖で震えているのではない。怒りで震えているのだ。
「一つだけ聞かせてもらう!」
「・・・・・・」
僕は正男の言葉を黙って聞く。話すことさえ鬱陶しいくらいだ。まるで、言葉が殺されたように。
「お前は、ここにいたるまでに、力を求めなかったか?」
向こうは真剣に聞いてきていた。僕は、それに視線を揺るがせないまま返答した。
「求めた」
あのとき・・・・・・。全ての始まりとなった、あの日。噂されている光の階段のことを思いながらも、僕は、生まれて初めての流れ星をみた。そして願った。「強くなりたい」と。力を欲したのだ。確かにあのときに。
「お前が力を欲したその日から、お前の人生は変わっていった。お前は、その運命に、その瞬間縛られたのだ。不幸だと思う」
「黙れっ!!」
僕は叫ぶ。目の前の、憎い「敵」を圧迫させようとでもいう目つきをしながら。その様子を見ていた奈々達も、僕が叫んだのには驚いているようだ。だが、僕には今そんなことは全く関係なかった。
「あなたを・・・・・・倒す! 今日、ここでぇっ!!」
僕は力の限りに叫ぶ。その瞬間、背中が妙に疼いた。僕はゆっくりと自分の背中を見る。赤く色づいた翼がその姿を現した。天使を想像させる翼の色は紅に染まっている。紅いその翼は、どこかたくましくも見えた。
それに驚いているうちに剣がいきなり僕の手から離れる。僕は慌てて取ろうとしたが、なぜか透けた状態になっている。剣が少しずつ光に包まれていく。そして、気づいたときには、剣はかなりの変貌をしていた。今までよりもかなり硬そうな、鋭そうな素材。持ち手が少し変わった形で、柄の部分に、半円のわっかがついていた。だが、僕はあまり気にしなかった。
僕は勢いよく地面を蹴る。案の定、空中に飛び出す。僕はぐんぐん上昇する。正男とほとんど同じ高さまで上り詰める。
「覚悟しろ・・・・・・」
「そちらもな・・・・・・」
僕は正男に向かって刃を向ける。すると、剣から機械音がした。柄の部分が曲がる。そして、刃の中から銃口が覗き、わっかが連結した。
「銃だと・・・・・・!?」
僕自身も驚いていたが、すぐに納得はできた。
銃と剣が一体化し、遠近全ての戦いを制し、その力をしのぐことのないと言われる、伝説の剣――レジェンドソード――!!
僕の力に呼応するかのように、これは創られたのだ。
これが僕の力。誰にも奪われることのない、最強の剣。
僕はトリガーを引いた。決意を込めた指は、初めてのブレイカーとの戦闘の際に引いた引き金に掛けられたあの時の指よりも何倍も強い決意がこもっている気がした。
銃口から放たれたのは、鉛の弾丸などではない。そんなものではないのだ。僕は、幾度かこれを見てきた。そう、レーザーだ。ジャスティスはレーザーを武器に僕と、僕達と戦ってきた。僕は、ジャスティスと対等の力を手に入れたのだ。
「ビームだとっ!!」
正男はジェットパックを操作してこちらのビームをかわす。僕は体重を前に倒し、正男に急速接近する。そして、正男の目の前で剣を振った。正男は体を反らすようにジェットパックを操作する。僕は急いでもう一振りするが、そのときには正男の姿はなかった。正男は、反ったまま体を回転させ、ジェットパックを使って急降下したのだ。
「面白い! こちらも本気を出させてもらう!」
正男はそう叫ぶと、ジェットパックの中から一本の短剣らしきものを取り出す。胴体ほどのジェットパックから出てきた短剣は瞬く間に一本の長刀へと切り替わる。
つまり、あの剣は短くたたんで使う短剣形態――ショートモード――と、一本の剣に伸ばして使う長刀形態――ロングモード――があるのだ。
「さっきまでとは・・・・・・違う!」
僕は改めて再認識する。今までの殺気とは比べものにならないのだ。僕は、後ろに下がりしながら、正男をひきつける。正男は、僕が後退するのを知ってか、ジェットパックからハンドガンを取り出す。
ハンドガンといっても、普通は両手で持って使う物だが、正男は片手で持っていた。片手では、撃ったときの腕や肩への負担が大きくなるのだ。だが、正男は気にせずこちらに銃口を向けて引き金を引いた。
大きな銃声が響く。僕の方ではまわりの時間がゆっくりと動いていた。こちらに飛んでくる弾丸さえ、ゆったりと動いている。このままなにもしなければ間違いなく心臓直撃のコースだった。
「せやぁぁっ!!」
僕は動き出した時間を確認しながらも叫ぶ。そして、剣で弾丸を切り裂いた。切り裂いた弾丸は、こちらの剣の衝撃によって、分割されると同時に、真横へとその軌道を完全にずらした。
「何っ!」
僕はもう迷わない。自分が選んだ道を。自分で動かした運命を。止めようと、変えようとはしない。僕は、運命を辿る。
僕が後退を止めたのを予想していたようで、正男は一気に僕に近づいて、頭上から長刀を振り下ろす。僕も剣を振る。鋼と鋼がぶつかり合い、火花を散らしてせめぎあう。確かに、体力差ではこちらは劣る。でも!
「僕は・・・・・・倒す! あなたを・・・・・・アンタを!!」
僕は一気に剣を押す力を強め、つばぜり合いを制す。がら空きになった正男へ、僕は剣の切っ先を突きたてた。
「くっ!」
正男はジェットパックを操作して、ぎりぎりのところで僕の突きをかわす。だが、僕もそれに呼応するかのように、一気に前に飛び出す。正男はジェットパックで位置を微調整し、ぎりぎりで僕の突きを再びかわす。
僕は突きの体勢のままだった。正男は右手に握られている長刀で、僕の翼を切る。幸い、軽く傷がついただけのようだが、僕の体の一部となっている翼の傷は、僕に痛みを覚えさせた。そして、傷ついた翼のせいか、僕はゆっくりと落ちていく。
「く・・・・・・なあぁぁぁっ!!!」
僕は落ちる叫びと痛みの叫びを同時に上げた。どんどん高度が下がり、地面が少しずつ近づいてくる。
ここで僕は死ぬのか。何も守れないまま、ここで無様に死んでいくのか・・・・・・。奈々も、修二も、海も、光も、クリエイターの皆も、地球の人たちも、母さんも、この地球も。そして、勇も守れないままで・・・・・・。
――どんな命も、守られる権利がある。
ジャスティスが発した言葉が脳裏をよぎる。今僕が死んだら、何も守ることはできない。僕は今まで守られ続けてきた。母に頭を下げさせ、勇に盾代わりをさせ、仲間にはただ助けてもらうだけ。キーラーは、そんな自分の代わりに戦ったのだ。
僕が、ここで負けるわけには・・・・・・。
恩返しの欲求。それを成すための、生への欲求。
「死ぬわけには・・・・・・いかないんだぁぁっ!!」
僕の翼は、すでにその力を取り戻していた。