33、対峙
龍はその力を存分に発揮できぬまま戦闘不能となった。少なくとも、あの体では戦うことはできないだろう。一瞬の安堵を切り裂くように、龍は笑い出した。
「ふふ・・・・・・ふははははっ!」
錯乱でもしたかのように笑い始め、ようやくおさまったというところでこちらに視線を向け、冷ややかな声を投げかけた。
「我々はまだ負けぬ。貴様にはあの方に・・・・・・マサ様に勝てるはずもないのだからな!」
マサ・・・・・・様? 一体、そいつは誰なのだろうか。龍以外に仲間として見かけたものはいない。僕が見るときは、全て一人で行動していた。仲間といえる者など・・・・・・。
「久しぶりといった方が妥当かな? 潤」
自分を呼ぶ声がする。誰の声なのかは、想像がつかない。だが、いきなり、キーラーが苛立ちのこもった声で叫び始めた。
「あんたは・・・・・・正男か!!」
正男・・・・・・? どこかでその名を聞いた気がした。友達にもいない。学校全体にもいない。そこいらの地域にもいない。有名人でもない。家にも・・・・・・。
家? そういえば、正男という人の名を、確か家で聞いた気がする。かなり自分に近い存在だった気がする。
渦巻く迷いのなか、一人の男が、背中にジェットパックを背負い、地上へと降り立ってきた。その姿を見た途端、正男という人物との光景がフラッシュバックされる。
彼――正男――は僕の父。母さんと結婚し、後に離婚したと言っていた。
「母さんに未練でもあるの? 父さん」
いつの間にか、僕とキーラーは入れ替わっていた。キーラーは苛立ちを放ちきれていないのか、こちらにも怒りが伝わってきた。
「違うな。俺が未練があるのはお前だ。潤」
「僕・・・・・・?」
なぜ自分に未練があるのか、僕自身分からなかった。だが、無言の質問に答えるように、父、正男は話し始めた。
「お前の家系は代々戦いの歴史を潜り抜けてきた戦家だった。そして、戦うことを恐れ、世界の破壊を望んだ。その結果、とうとうお前の代で世界崩壊の力を手に入れてしまった」
僕の家系・・・・・・あんなことを言っているということは、正男は僕の家系ではないのだろう。戦いの歴史・・・・・・もしかして、歴史の中にあった戦争や戦のなかに・・・・・・。
「元寇、関ヶ原の戦、日清日露戦争、太平洋戦争。それ以外にも様々な戦いに足を踏み入れ、終わらせようとしたのだ。お前の先祖は!」
否定はできない。第一、僕の先祖が何をしたって、僕が変わることなんてない。これは決められた運命なんだ。変わることなんてない。何一つも。
「やがてお前は、全てを、この世界を破壊する!」
いきなり正男は叫び始めた。そして、頭上に両手を掲げ、巨大な光体を作り出す。
「だから俺は! ここで貴様を破壊する!」
その光体から太いレーザーが放たれる。この大きさでは、さすがに僕も避けれそうにない。僕の中で、今まで消えかかっていた恐怖心が再び蘇る。
「うあぁぁぁっ!!」
僕は目をつむった。なぜか、体が僅かに軽くなったような気がした。でも、肉体的にではなく、気分、つまりは精神的に軽くなった気がした。僕は、ゆっくりと目を開ける。目の前には、僕の知らない少年が、レーザーの直撃を受けていた。
「君は一体・・・・・・!」
「俺の名はキーラー」
僕の質問に、彼は当たり前だろとでもいうかのように答えた。まさか、キーラーが自らの肉体を持つなんて・・・・・・。
いや、それ以上に、僕の目の前に映る光景には、そんな気持ちをかき消すようにキーラーが叫び始める。
「ぐ・・・・・・ぐぁぁぁっ!!」
レーザーなら、本当は焼き尽くされるはずだが、キーラーはそれに耐えた。耐え続けた。恐らく、自身にレーザーを吸収すると同時に、多方向に分散させているのだろう。
僕を守るために。
「キーラー!」
僕が彼の名を呼ぶと、キーラーはこちらを見ながら、僅かな笑みを浮かべ、語りかけてくる。
「大丈夫だ。お前はもう、一人で戦っていける」
僕は、僅かに震えながらキーラーの言葉に耳を傾ける。僕は声も出せぬまま、ただその様を見ていた。
「お前には、力がある。お前は、強くなったんだよ」
そういうと、キーラーは徐々に光に飲み込まれていく。
「潤・・・・・・生き・・・・・・」
その言葉を最後に、キーラーは消滅する光と同時に、完全に光の中に飲みこまれた。僕はがくりと膝をついた。何もできなかった。ただ見ていることしかできなかった。実体はなくても、キーラーだって大事な仲間の一人だったのだ。僕はそれを見捨てた。
キーラーは死んだ。もう生きていない。
だが、かすかにキーラーの声が聞こえた気がした。キーラーは、今までも、そしてこれからも、僕の心の中で生き続けている。そんな気がした。
涙が頬をつたって滴り落ちる。だが、その涙は一分も経たぬうちに枯れた。目の前にいる殺人者を睨みつける。僕は、今ほとんど感情を制御できずにいた。
僕の中で、弾ける音が響き渡った。