2、広まる噂
次の日、教室に入った僕は、いつもとちがう教室の雰囲気に気づいた。なにかに興味を持ち、それにたかっているような気がする。
「潤! 聞いた?」
「なにを?」
「えー。それも知らないのー」
そんな口調で話しかけてきたのは親友の船木勇。こんな僕の唯一の友達といってもいいほどだった。こんな自分を受け入れ、他の人となんの変わりもなく話かけてくれる。つまりは、差別しないのだ。それが親友というものだろう。
「今、噂になってる話なんだけどな。これがなんていうか・・・・・・すっごい探究心をくすぐるような話なんだよ」
「へぇー」
僕は勇の話を聞くことにした。探究心とかはおいといて、噂とかは聞いておきたいのが僕の性分だった。それが本当でも、嘘でも。
「実は最近、ある中学生が目撃した話で――――
ある夜の日のこと、星空を見上げる者がいて、それから少ししたら、すごい白くて光る階段が現れた。
そいつはその階段を躊躇なく上っていって、途中で階段が途切れていると思ったら、そこからその人は消えていってしまった――――
っていうお話なんだけど。実はこの話、いろいろと説があって」
その話を聞いている僕は、すでに足が震えていた。季節としては冬だが、今日は快晴で、雪どころか雨も振らぬ、寒くない日だった。つまりは恐怖心で足が震えていたのだ。
「その階段は天国に上る階段だとか、異世界に繋がってるとかいろいろ説があるらしい」
「そ・・・そそそそそーなんだぁ・・・・・・あは・・・・・・はは・・・・・・」
天国に上る階段ならその人死んでるじゃん。と言おうとしたが、震えてるのでうまく言えなかった。
「はーい、席につけー」
担任が入ってくる。僕と勇は席が隣だった。横に勇が座る。全員が座ったころ、担任があの噂の話を持ち出してきた。
「どうやら、空の階段の噂が広まっているらしいが、そんなのは、存在しない。この根拠のない噂は、はやいうちにやめておけよ」
どうやら、教師の間では、この噂は、「空の階段の噂」として広まっているらしい。そして、担任は、現実主義者だと知った。
「こういうのを広める力があったら、来週のテストに向けて勉強でもしておけ」
僕は担任の話を半分聞き流していた。よく考えれば、噂を広める力があるんだから、その人はとても口達者な人だな、とか言えば、空気もよくなるんじゃないかと。
「さ、次の時間は美術だろ、はやく美術室に行けよー」
誰が時間とったと思ってるんだよ。と、言いたい気持ちを抑えて、机から美術の教科書とノートを取り出し、勇とともに美術室へと向かった。
授業全てが終わったところで、カバンを背負い、勇を連れて学校を出た。帰りは同じだ。どちらも帰宅部だったからだ。僕はこんな体だからやっても永久補欠と分かっていた。でも、勇は何にも入ってないのは、正直だれでも驚くはずだ。勇は、勉強はそこそこだが、運動はトコトンできるやつだ。野球をやらせればホームランを打つし、サッカーをやらせれば、ボールは絶対奪わせない。バスケをやらせればダンクを決めるし(そんなに身長ないのに、ジャンプ力でダンクする)、とかなりの運動神経の持ち主なのに、部活には入らなかった。
「なあ」
勇が話しかけてきた。僕は返答し、質問を待った。
「あの噂、潤は信じる?」
「うーん・・・・・・」
噂なんて信じるも信じないも自由だ。科学的な根拠を挙げて否定する必要はないし、理想とかロマンを主張して、肯定する必要もない。だから僕は、その中間の答えを出した。
「信じられるような話じゃないけど、もしあったら、見てみたいとは思う」
「ふーん」
そこで一つの会話が終わった。僕は話題を切り出した。
「ところで昨日のお笑い見た?」
「あー、見た見た。アホナンデスが面白かったよな」
「うん。あれは面白かった」
アホナンデスという芸人の話題になって、そこから別の芸人の話になって、芸人のしりとりになって、三語で終わった。僕はその三語目で答えられなく、終わった。で、ちょっとしらけた空気になった。でも、そんな空気を打ち破るように、あたりが暗くなり、雷鳴が轟き始めた。
「降るかな」
「たぶん、降るんじゃない」
「じゃ、急ごうぜ」
勇に急かされて、少し足早に帰り道を歩いた。僕の家は勇よりも近いところにあるが、方向が一緒なので、ほぼ毎日一緒に帰っていた。
しばらく歩いた。僕の家は学校から一キロだが、勇は二キロもある。二人とも自転車で通学すれば、はやく帰れるからいいのだが、あいにく、三キロ以上学校から離れていないと自転車は使えなかった。
だが、今日は歩いていなければ見つけられなかったものを見つけた。歩いている途中、背後からかなりの光が溢れ出た。僕はすぐに後ろを振り返る。あれは・・・・・・。
白き光に包まれた階段が空へと続いている。途中で途切れているその階段は、まさしく噂の階段だ。
「い・・・・・・いさ・・・・・・勇・・・・・・」
「どーしたー」
勇が後ろを振り返る。だが、今までと何も変わらない表情で話しかけてきた。もしかして、あれが見えないのか! いや、まさかそんなはずはない。あれだけの光を放つほどなんだから気づかないはずはない。
「あ・・・・・・あれ・・・・・・あれ・・・・・・」
ビクビクしながら僕は階段の方を指差す。だが、勇はやはり階段が見えていないようで、首を傾げることしかしなかった。
「なんだよ。ただの空じゃん。曇ってるけど」
なんで!? なんで見えないんだ!? 僕しかあれは見えないのか!
「まさか、空まで怖いわけじゃないだろ。そりゃ、俺も空から落ちればコエーけど」
うう・・・・・・。もしかして今日は疲れているのだろうか。ちょっと疲れてるのかも。ゆっくりと目をこすってみる。だが、階段は消えない。いまだに光を放っている。
「ほら、早くしないと雨降ってくるぞ」
そうだ。きっと今日噂を聞いたから意識のどこかに眠っていた幻覚が見えたんだ、きっと。うん。きっとそうだ。だから気にしないで帰ろう。
「うん。分かった」
そのまま僕と勇はそれぞれの家に帰っていった。
簡単に食事をとり、風呂に入って部屋のベッドへと飛び込む。ベッドの頭のところには窓がある。ゆっくりとカーテンを開けた。いつのまにか、雷鳴はやみ、雲はなかった。空には無数の星と月が見えた。窓を開け、新鮮な空気を取り入れる。空を見上げた。すると、流れ星が見えた。
生まれて初めて見る流れ星だった。願い事がかなうとか言っていた。誰かが。とりあえず僕は祈ることにした。こんなに疲れる日はほかにないかもしれない。でも、こんなに疲れたくない。そして、思った。こんな日常を変えてみたいと。そのためには、どんな願いにするか。そう思った矢先、一つの言葉が、口からもれるように出てきた。
「強くなりたい」
そう言った直後、目の前がまぶしくなる。ゆっくりと目を開けると、そこには、あの噂の階段が現れた。自分の部屋の窓の先に、あの噂の階段・・・・・・。
通常の私服だった僕は、それにつられるように足を踏み入れていった。ちゃんと歩ける。明らかにこれに対する恐怖心が強かったのに、今の僕は、躊躇なくその階段を上っていた。
僕は、これからいったいどうなるんだろう・・・・・・?