23、失踪の友、焦燥の少年
ジャスティスとの思いがけぬ対話から数日が経った。明日から春休みに入る。修二は、中学の入学準備が忙しいとかで来られないらしく、チームスレイヤーは、しばらくは三人で活動することになった。もちろん、そのせいで、チーム内の活気が激減したのだが。
終業式の日である今日、勇は休んだ。勇にしては珍しい。誰も座っていない椅子と机を見て、僕は思った。だが、かばんを下ろしたころ、他の生徒からの噂が聞こえてきた。
「なぁ知ってるか、勇、失踪したらしいぜ」
「ええっ! マジかよ!」
「マジもマジ、大マジ」
勇が――失踪!? まさか、ありえないだろう。さすがに今回は違うはずだ。滅多に休まないとはいえ、ちょっと怪我とか風邪とか引いたのだろう。だが、その予想も聞こえてくる噂で断ち切られる。
「でも、風邪とか怪我じゃねーの?」
「でも風邪も流行ってねーし、あいつの運動神経なら車が来ても避けられるだろ」
確かにそうかもしれない。僕は一度振り切った――正確には振り切ろうとした――不安を募らせた。普段から幾度となく部活の練習に付き合ってきたんだ。野球やサッカー、ときには女バスまで・・・・・・。反射神経だって相当なものだ。勇は常に五感が激しく働いている。
いつだか帰りが一緒だったとき、勇はなぜかなにかを避けた。「砂を避けたんだ」と言っていた。冗談だとは思っていたが、その瞬間僕の目に砂粒がついた。
「うわっ、目に砂がぁっ」
「大丈夫かよ」
僕は軽く笑って「大丈夫」と返した。あのときは確かに砂をかわしたのだ。それに、砂をのせてきた風の動きも正確に捉え、かわしたのだ。あの五感能力、当時はなんとも思わなかった。その話は、僕がクリエイターだと気づく前の話だったからだ。気にかける必要もなかったのだ。だが、今ならかなりのことだと熟知している。目に見えない、視覚に頼って避けることのできない砂を、勇は軽々とかわした。砂をかわせるのだ。車をかわせないはずはない。
そんな勇が休むなんて、ありえない。だからこそ、失踪なんて噂が流れているのか。僅かに首筋に冷や汗が流れた。大切な友。それを失いたくはない。でも、意外にも風邪だったりするかもしれない。とにかく僕は、今日勇の家に行くことに決めた。
帰り道、回り道をしながら勇の家へ向かう。いつもの帰り道なら、僕の家の前を通るからだ。同じ場所を二回通るのは好きではない。だからこそ、勇の家、僕の家という順番で帰れるようなルートにした。いつものように、大きな橋のかかった川の上を歩くことはなかった。
かなり川が浅くなるあたりで、簡単に木でできた橋ができている。この橋は人、及び自転車専用で、車が通れるほどの広さはなかった。
その橋を渡り、しばらく行ったところで、勇の家は見えてきた。もし、本当に勇が失踪したのなら、親も動揺するだろう。でも、勇に失踪する理由はない。失踪して、いいことすらもない。
勇の家のチャイムを鳴らす。誰も出てこない。というか、なぜか人の気配すらしない。ドアに手をかけ、引いてみると、鍵は開いていた。
「お邪魔しまーす」
僕はそういいながら家の中へと踏み入る。入ってからも何回か呼び出してみたが、何の反応もない。もし、失踪ではないとしたら、病院に行っているのだろう。そうであって欲しいのだが。
居間に入った僕は驚愕した。勇の両親は倒れていた。胸に耳を当てると、まだ心臓は動いている。どうやら、気を失っているようだ。そのとき、僕は目の前からする足音に気がついた。
「人間はいつも醜い争いをする」
目の前には一人の少年が立っていた。家の前に立っても人の気配などなかった。それはつまり、この家から自身の気配を、この少年は消していたのだ。涼やかなようで、憎悪のようなオーラを放っている――ような気がする――少年だ。だが、彼の言っている意味は理解できない。
「だからこそ、自分の身を守ることができない」
「あなたは一体・・・・・・」
少年はすぐに答えを返してきた。だが、答えはかなりそっけないものだ。
「紅龍。それが俺の正体だ」
この少年は、やはりどこかつかめない。第一、姿を隠してもいないのに正体とは・・・・・・。だが、少年はそんな僕にお構いなしに、歩き出した。
「君が会いにきた少年は、我々が預かった。彼は三つの世界に必要な存在なのだ」
そんな・・・・・・、彼らが、勇を誘拐した!?というより、このようなことを起こしたのは、彼一人ではないということなのか。なぜ、勇を奪っていったのだ。なぜ、彼が世界に必要なのか。三つの世界というのは、恐らくは、この地球のある世界、モンスターのうろつく「魔界」、ブレイカーが多くいる「破界」の三つの世界のことなのだろう。この龍という少年は一体・・・・・・。
「君のことだって知っている。君は、彼が定めた禁句を聞くと錯乱することもだ」
「・・・・・・!」
禁句・・・・・・複合のことだろうか。というか、それは何者かが定めたものなのか。誰が、僕にこんなものを定めたのだろうか。僕自身が知るはずもない。もし、その言葉を誰かに聞こうとし、直接聞いてしまったら、また僕はあの状態に陥ってしまうのだろう。
「意思」
彼は一言、そう呟く。その瞬間、僕はかなりの頭痛を引き起こした。世界が回る。
意思――いし――イシ!!
「うぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
僕はかなりの声量でわめいた。頭痛がまったく止まない。吐き気もしてきた。僕は、必死の思いで窓を開け、そこに胃の中のものを吐き出した。そうすると、僅かに楽になった気がしたが、頭痛は治まる気配がない。いつまでも頭をうならせる。少しずつ意識が薄れていく。
「君は・・・・・・いを・・・・・・つさせ・・・・・・べてのも・・・・・・むに・・・・・・」
龍という少年の言葉が途切れ途切れに聞こえてくる。だが、それはほとんど記憶に残らずに、僕の意識は薄れていった。
龍は、意識が薄れつつある潤に向かって言った。
「君は、いつか世界を破滅させ、全てのものを無に帰す」
それを言ったことも、禁句を放ったことにも、龍は後悔はなかった。
早いうちに、潜入先で作戦を実行させなければならない、ということを、龍は考えながらも、その場を立ち去った。