20、蒼い翼、紅い風
ジャスティスはコアフライヤーを操縦し、戦いが起こっているヤルドラの基地に向かった。彼の乗っている戦闘機の後を、いくつかのパーツがついてくる。ジャスティスは雲を突き破るように下降した。遠くからさまざまな戦いの音が聞こえてくる。銃声、鉄同士がぶつかり合う音。そして、やられた者たちの嘆きの声。ジャスティスには、その全てが嫌いな音だ。だが、自分もそんな音を出すことになる。それに僅かな抵抗を覚えながらも、彼は見えてきたヤルドラ基地の周辺にいる人に向かって、機銃を撃ち込んだ。
僕の体を借りているキーラーはその勢いを衰えさせることなく、攻撃を続けている。いまだに溢れてくるブレイカー達を、いとも簡単にはねのける。襲いくる刃を受け止め、撥ね返し、反撃に出る。ワンパターンな戦法だが、確実に数は減らしていた。
だが、また一人のブレイカーに斬りかかろうとしたとき、キーラーは咄嗟に何かを感じ取った。攻撃される感覚だ。そして、地面にぶつかってくる弾丸をかわした。その弾丸はおそらく空からの攻撃。キーラーは空を見上げる。一機の戦闘機が、こちらに向かってきていた。
「あれは・・・・・・」
キーラーをぼそりとそう呟く。戦闘機から人が飛び出してくる。そして、戦闘機の後ろについてきていた部品のようなものが彼の体に取り付けられていく。全ての部品を取り付けた青年はこちらにまっすぐ飛び込んでくる。
まちがいない。あれはジャスティスだ。あのとき、僕らの戦闘の邪魔をしてきた。僕らのときだけではなく、そうなったのは幾度かあるらしい。つまり、彼は戦場を混乱させ、いらぬ犠牲者を出しかねないということだ。ドラキルとの戦いのときだって、彼がこなければ、ドラキルはあの一撃で倒せていたのに、余計に長引かせてしまったのだ。
(キーラー、あいつは・・・・・・)
「分かってる! あいつをあの空から叩き落す!」
キーラーはぶっきらぼうに言い返すと、迫りくるジャスティスを真正面から捉えた。ジャスティスは、円盤のようなものを背中から抜き取る。そして、それをこちらに振り下ろしてくる。キーラーはそれを剣で受け止める。だが、そちらに気をとられている間に、ジャスティスは足に取り付けられたレーザー兵器で攻撃してくる。もちろん、かわせるはずがない。威力は最大限に弱めてあるようだが、それでも、こちらを吹き飛ばすほどの火力は持っているようだ。僕は、吹っ飛ばされ、地面で転がり、ようやくおさまったところで立ち上がる。
「まだ・・・・・・終わってないんだよ!!」
キーラーはそう言うと、再びジャスティスに向かって走り出す。
しかし、その攻撃は放たれた機銃によって拒まれる。キーラーは、機銃が撃たれてきた方を見上げる。そこには、ジャスティスのものとは違う戦闘機があった。ジャスティスは、確か蒼い機首から広がっていくような蒼い機体だ。だが、こちらは違う。機首以外が真紅を彩っている。一方の機首は白だ。その様は、まるで炎をイメージしているかのようだ。そして、そこから人が降り立ってくる。ジャスティスと同じ歳だろうか? 身長も雰囲気も、ジャスティスと酷似まではいかないまでも、近い気がする。その背中には、風のような紅いパーツを背負っている。
「ジャスト・・・・・・来たんだ」
「当たり前だ。こんな戦い、早く終わらせたいんだよ」
彼は少々ぶっきらぼうに言うと、こちらに向かってきた。速い。ジャスティスよりも速い。この戦場にいる誰よりも速い。
キーラーはなんとか攻撃を受け止める。だが、すぐに後ろに回りこまれる。攻撃されまいとすぐ振り返って蹴りを入れるが、その攻撃を彼は軽々とかわし、腹部に拳を突き出した。
「うぐぁっ!!」
キーラーは倒れこむ。そして、僕は少しずつ体の感覚が戻ってくるのを感じた。目の前に、再び襲い掛かってくる青年がいる。僕の中で、恐怖心が頂点に達した。勝てるはずがない。これほどのすばしっこさをもつ目の前の青年と、大空を飛び回り、攻撃してくるジャスティスを同時に相手をして、僕が勝てるはずもないのだ。
だが、その恐怖心が再びあの現象を起こした。周りの時間の進み方が遅くなる。唯一いつもどおりに動いているのは、僕の思考だけだ。他はまったく動かないといっていいほど動きがのろい。僕はその時間を利用し、回避策を練った。あいつが、先ほど攻撃してきた場所、その直前の攻撃のかわしかた、攻撃パターン。回避の構想が成り立った、あれを回避する。だが、それを自分は実行できるのであろうか。それを迷っているうちに、時間は少しずつ元の早さに戻ろうとしていた。もうこうなったらいちかばちかだ。やられるなら、回避策を実行してからだ。
時間の流れが戻る。僕は、目の前からの攻撃を受け止める。そして、それを見た相手は素早く後ろに回りこむ。ここだ。ありったけの勇気を振り絞り、蹴りを繰り出す。
「はぁっ!」
その蹴りを、先ほどと同じようにかわす。これを回避しなければいけない。こちらの蹴りをかわした青年は、その拳をまっすぐ腹部に目掛けてくる。僕の片足は、さきほどの攻撃で浮いたままだ。だが、これを狙っていた。地に着いている足を滑るように地面から離す。それによって僕は体ごと背中から倒れこむ格好になった。腹部に向かっていた拳を掴む。そして、自分が倒れるのと同時に青年も倒れた。いわゆる、道連れだ。あっけなく倒れこんだ青年は、腰を強打したようだ。なかなか起き上がれそうになさそうだ。
「ジャスト!」
ジャスティスがこちらに向かってくる。ジャスティスは背中についていた円盤を抜き放ち、こちらに向かってくる。
――もう一度俺が行く!――
キーラーが再び僕の体をのっとる。そして、襲い掛かるジャスティスの攻撃を剣で受け止める。そして、腕をひねるようにして剣を動かす。それにつられて、円盤ごとジャスティスも横に半回転する。まさに、歯車状態だった。
こちらに背を向けたジャスティスに、キーラーは飛び掛り、その刃先を向けた。その刃先は、彼の心臓から揺るがない。
「うおぉぉぉっ!!」
切っ先をまっすぐにジャスティスに向けている。だが、ジャスティスは次に思いがけない行動にでる。なんと、彼は、背中にある翼を切り離したのだ。それによって、剣は翼に命中した。翼が爆発し、キーラーは吹き飛ばされる。ジャスティスは翼を失い、地上での戦闘をよぎなくされた。これで、こちらのほうに勝機が見えてきた。
ジャスティスは目の前にいる少年の怒涛の連続攻撃に、ただただ圧倒されていた。あの見事な回避力は、以前の戦闘から変わらず、それに加え、時折攻撃を見せるという戦法に驚愕だった。一体、彼の中で何が変わったのだろうか? だが、こちらは圧倒的に不利なことは明確だ。ジャストは戦闘不能、こちらも空中から攻撃できないため、こちらにほとんど勝機はなくなった。地上はもう彼のテリトリーだ。五メートルジャンプを使えばなんとかなるかもしれないが、それも無限に行えるわけではない。これ以上の戦闘は、ただこちらの被害を増やすだけになることを、ジャスティスは知覚していた。
「ウイングパーツ射出!これより、撤退します」
一方、その通信を聞いたテペーラは驚愕した。まさか、ジャスティスがウイングパーツのエネルギー切れ以外の理由で撤退しようとしているとは。今まで、こんなことは一度もなかった。いつもジャスティスは悲しそうな顔をしながらではあるけれども、必ず勝利して帰ってきた。そこで起きている戦闘を、しっかりと中止させて。だが、こちらでは、まだ戦闘が続行されているという情報が入ってきていた。それも、ほんの二、三分前の情報だった。数も相当なものだから、いくらジャスティスといえども難しい話だろう。少なくとも五分は必要になっているのだ。
「ジャスティス! なぜ撤退するんだ! まだ戦いは続いているんだろ!」
『でも、あの敵・・・・・・強いんだ・・・・・・。それに、ジャストも負傷しているんだ』
――あの敵――強いんだ。信じられない言葉が耳に入ってきた。何かの聞き間違いなのではと錯覚した。その上、ジャストさえも負傷し、劣勢。彼ら二人を戦闘から遠ざけようとするほどの力をもつなんて、一体何百人の敵を相手にしたのか。
「ジャスティス! 一体何百人を相手にしてんだよ!」
『いや、その、相手は一人なんだけど・・・・・・』
またまた信じられない答えが返ってきた。確かに、「あの敵」、ということは相手は一人だ。「あの敵達」ならまだ納得はできたのだが・・・・・・。
「くそっ・・・・・・」
テペーラは小さく言い捨てた。