16、深き眠りからの目覚め
僕の目の前に天井が映った。ここはどこだ? というのが、率直な疑問だった。ゆっくりと体を起こす。白衣を着た職員が、こちらに気づいて話しかけてくる。
「大丈夫か?」
大人・・・・・・というより、老人と言った方が近いであろう年代の男性が、僕の体の様子を案じた。どうやら、ここはリエイトの医務室か何かだろう。僕は、言葉を返した。
「はい。もう大丈夫です」
そういって、僕はベッドから下り、靴を履く。まだ僅かな頭痛はあるが、行動できないわけではない。時計を確認した。五時・・・・・・くらいか・・・・・・。ミッションから帰ったのは昼過ぎだったから、四時間くらいだろうか・・・・・・。
「昨日の昼から今日の夕方まで、ずっと寝込んでいたから、少しは心配になったが、もう大丈夫そうだの」
え・・・・・・? 昨日の昼?まさか、そんなことはないだろう。きっと聞き間違えたのだ。僕は聞き返した。
「あの、今なんて?」
「え?少しは心配になったが・・」
「いえ、その少し前で」
「ああ、昨日の昼から今日の夕方まで、というところかね?」
し・・・・・・信じられない。僕は唖然とすると同時に、別の意味で軽い頭痛を催した。睡眠時間は、四時間じゃなくて二十八時間だったということになるのだ。
「僕・・・・・・そんなに寝てたんですか・・・・・・?」
「そりゃあもうぐっすりと」
僕はまたも唖然とする。まさか、この歳で一日以上寝るなんて考えもしなかった。これが明け方の五時なら、結構寝たんだな、僕。くらいに感じられる。でも、一日以上なんて・・・・・・!
幸い、昨日は土曜、今日は日曜なので、学校はない。だが、それよりも、なぜ、僕はあんなことになってしまったのだろう。確か、あの会話の中に出てきた、「複合」という言葉がいつまでも頭から離れなくなってしまっていた。・・・・・・あれ? あの時は頭痛とか起こったけど、今は全くない。なぜ?言葉の力というやつだろうか?
言葉というのは、いくら作っても、それを口に出したり、何かに書き記さなければ、誰にも知れることがない。逆に言えば、人が気分を悪くするようなことを口に出さなければ、半永久的に、その人が気分を悪くすることはない。つまり、あの言葉は、直接聞いてしまったから異常が発生したのかもしれない。
僕は医務室を出た。ドアを開いた先にいたのは、壁にもたれかかっていた奈々だった。奈々はびっくりしたようで、口を開けている。
「あ・・・・・・大丈夫?」
「そ、それはこっちのセリフ!」
「あ、ごめん」
思わず「大丈夫?」なんて聞いてしまった。いつからここにいたのかは分からない。ちょっと前にいたのかもしれないし、実は昨日の昼からずっといたりしたのかもしれない。
「昨日から・・・・・・いた・・・・・・」
奈々はそう小さく呟いた。僕は俯いた。申し訳ない。自分のためにずっとここにいてくれたことに。僕は、何も返すこともできない。いや、一つだけある。たった一言。
「ありがとう」
奈々はその言葉を聞いた瞬間、笑顔を見せた。心配をかけてしまっただろう。僕は奈々の隣に並んだ。奈々はその笑顔のままで聞いてきた。
「でも、びっくりしたよ。一体どうしたの?」
どう説明しようか迷う。たぶん、単に頭痛と吐き気がしただけではないだろう。だが、あの言葉を口にしたら、たぶんまた同じことになるだろう。僕はただ黙って歩き続けた。奈々も、それ以上は聞いてはこなかった。自室の前までくると、僕はようやく口を開いた。
「じゃあ、また明日」
「うん。学校でね」