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『刻を超えた握手』 ~末裔たちの宝探し、僕らの先祖は盗賊と処刑人~  作者: 徳崎 文音


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第八話 秘境渓谷・トーマ少年

 ふうふうと荒い息遣いで眠る弟の手を握ると驚くほどに冷たい。顔はこんなに赤くて熱いのに。熱冷ましはさっき飲ませたばかりで、今してあげられる事はおでこに乗せた布をこまめに冷やしなおす事くらいだ。

 窓から見える山にチラホラと赤や黄色が見え始めている。あとひと月もすれば、この辺りは雪に埋もれて家から出られなくなる。両親が冬ごもりの準備のための買い出しに出かけてひと月ほど。王都まで片道十日だからそろそろ帰ってきてくれる。そうすれば母ちゃんの調合する薬で弟の熱も下がるはずだ。


 外から聞こえる馬車の音で両親が帰って来たかと思ったが違った。大きな馬車からはオイラと同じくらいの年の男が二人降りてきた。


「申し訳ないが泊めてもらえないだろうか?」


 山奥に旅人がくるなんてありえない。自分と同じ年頃の男を初めて見た。怪しすぎる。金髪青い瞳の男と黒髪に褐色肌の男はヒソヒソとまた怪しまれているなんて小声で会話している。バッチリ聞こえているぞ。


「宿泊のお礼はこの積み荷から好きなものを差し上げるし、食事は自分たちで賄うのでお願いできないだろうか?」


 金髪男が作り笑いでオイラの方を向いて、黒髪の男が荷馬車の幌を開けた。開かれた馬車の荷台から漂う匂いにオイラの警戒心は吹っ飛んだ。薬草の匂いがする。この辺りに生えていない薬草の匂いだ。弟を元気にできる薬の原料だったはずだ。


「……サルターレ」


「病人がいるのか?」


 思わず呟いた薬草の名前を、金髪男には聞かれたらしい。怪訝そうな顔で問い返された。怪しいやつらに弟の事を知られたくなくて黙っていると、金髪男はため息を吐きながら荷台から木箱を一つ下した。


「調合はできるのか?ほかに必要な薬草は?」


「薬師見習いだ。この辺りで採れない薬草がいくつか必要なんだ」


「僕らの持っている薬草や素材はこれなんだけど……足りなくてこの辺りで採れるものなら採集にも行こう」


 開けられた木箱を覗き込むと、薬草や薬の材料として本でしか見たことのない素材が一杯に詰まっていた。青々としたサルターレの葉なんてこの辺で見たことない。箱の端でキラリと光ったのはシュラー貝だ。ウコチェストやイピオスみたいな有毒植物も入っている。取れる場所も季節も違う素材が全て新鮮な状態で信じられない。


「おかしい、一番近い場所で採れるその実でもここから三日はかかる場所にしかないはずだ」


「この箱が特殊なんだ。僕はこう見えても魔術具をいくつか発明していてね。これは結構頑張って作った保存箱だから、一年くらいは入れた時の状態を保てるんだ。旅の道中で貰ったり、採取した素材だから、かなり遠くから運んできているよ。どうかな?僕らの宿泊代にこの素材では足りないかな?」


「わかった。薬草を代金に宿泊してもらって構わない」


「ありがとう。できればこの辺りの歴史や決まり事なんかも教えてくれると嬉しいんだけど、頼めるかな?」


 要望が増えているぞ。だが、薬草を採ってきてくれるのはありがたい。オイラは二人を裏庭へ案内し、馬を放させた。家の中に二人を招き入れると黒髪のダリオと名乗った男が不躾に部屋中を見回した。何だか嫌な予感がする。サルターレは欲しいが、不審者には違いないし、守るべきものは守らなければ。


「この家の二階は立入禁止だ。両親と弟の部屋だ」


 階段に目を向けられた瞬間に、ダリオの前に立った。オイラの方が背は小さいし体格も敵わないから、力づくで来られたら危なかったけれど、レオと名乗った金髪男が青い目を瞬かせながら、ダリオの首根っこを掴んだ。どうやらこのレオという金髪男は弁えているらしい。

 階段から離れて水場へと案内する。廊下を歩いていると後ろからうめき声が聞こえてきた。なんだろうと思って振り返ると、金髪のレオが何食わぬ顔でダリオの脇腹に鋭い蹴りを入れていた。


「なにやってるんだ?」


「いやなんでもない」


 蹴りを入れた方の何でもないを信じるのは良くないとは思うが、何となく予想の付くことだから、気にしない事にした。


 ギィっと音を立てる扉を開けると申し訳程度の壁と屋根の付いた水場に繋がっている。この二人を連れてきた二頭の馬たちが身を寄せ合って大人しく裏庭の草を啄んでいる。こっちの庭が南側なのに、高い山の中腹斜面のせいであまり日向がない。あの馬たちには寒いだろうか。

 水場を案内した後に二人の寝泊まりする部屋として、一階の西の端にある部屋へ連れて行った。部屋に入るとダリオに荷物を押し付ける様に渡したレオはオイラに深々と頭を下げた。


「ご両親には挨拶しなくて良いのかな?」


「両親は王都に薬を売りに行っている。弟は察しの通り臥せっている。狭くて申し訳ないがこの部屋を使ってくれ」


「そうか。薬草は弟さんの為に必要なのだな」


 ふと懐かしそうに眼を細めたのはレオだけではなかった。さっきまでの軽薄な雰囲気がいきなり引っ込んだダリオは西の窓に目を向けて遠くに目を細めた。


「必要な薬草とそれを採取するに当たって必要な決まりをまずは教えてくれ。明日薬草を確保できたら、この村の遺跡の事を教えて欲しい」


 遺跡はオイラも入ったことがない。父ちゃんの許可が必要だし、許可が出ることはないと思う。立ち入れば毒に魅入られて災害をまき散らすなんて言い伝えがある場所だ。どこから来たのかも分からないような怪しい奴らには場所も知られない様に気を付けないと。


「古い石造りの建物に入るのは禁止されているし、オイラも行ったことないからよく知らないんだ。荷馬車で来たって事は谷底の街道を通って来たんだろう?あの道より北側は決まりが多いから、行かない方が良い」


「そうか。必要な薬草は、道より北に行かなくても採集できるのかな?」


「ウチの前の道を西に行くと湿原があるんだ。そこでフレッサーの根を採ってきて欲しい。道中でジマーの枯れ枝もひろってきてくれると最高の薬ができるはずだ」


 分かったと頷いたレオの後ろでダリオがぎゅっと眉間に皺を寄せた。湿原で足元が汚れるのが嫌なんだろう。家の中を歩いてる時に、ボロイとか薄汚いとか言ってたのはちゃんと聞こえてたんだからな!


 次の日二人は早朝から出かけて行った。オイラはイヴァンの様子を見ながら家の中の掃除をした。確かにちょっと掃除をサボり過ぎてたかもしれない。


 夕方になって二人はフレッサーの根だけじゃなく、ネーヴェやイピオスの花なんかも持って帰って来た。湿原に住む小型の魔動物も狩ったみたいで、きれいに捌かれた肉や肝まである!魔動物を狩ったのはダリオで、昨日の失礼な態度への詫びだと三匹分の肉と肝を渡された。いや、多すぎるって!まぁ貰うけど。

 二人の狩りと採集の成果に免じて、夕飯はオイラが作った。大した味付けはできないけど、大した効果のない薬草で香りづけをして肉を焼いたら、美味しいって言われた。


 夕食後においらはフレッサーとサルターレとジマーを持って、調合室に入った。失敗はできない。初めて扱う薬草に手が震えるけれど、イヴァンの為に頑張るしかない。

 サルターレの葉をできるだけ細かく刻んで、フレッサーはジマーで叩きつぶして、出てきた汁と刻んだ葉をジマーで混ぜ合わせていく。白かったフレッサーの汁にサルターレが解けてエメラルドグリーンの液体になれば完成だ。


 出来上がった薬をイヴァンに飲ませたら、イヴァンの指先が少し温かくなった。少しずつ効いてくれれば良い。薬を飲ませはじめて三日目の朝、イヴァンが目を覚ました。開いた褐色の目がオイラを見てふにゃりと笑った。ひと月ぶりのイヴァンの笑顔だ。


「おなかすいた」


 オイラがイヴァンの看病に専念してる間、おかしな旅人たちは家の畑の世話をしたり、水場の壁の補修をしていてくれた。イヴァンが目覚めた日には出かけて行ったと思ったら、昼には月隠し鳥を一羽仕留めてきて、オイラとイヴァンの分のスープも作ってくれた。イヴァンのスープには細かく細かく叩いた肉を入れてあった。


「すごくおいしい」


 まだ顔は赤いけれどイヴァンは目を輝かせて、おかわりを要求した。イヴァンが食べ物を欲しがるなんて初めて見た。


 イヴァンのスープの具が鶏肉だとわかるくらいまで大きくなった頃、両親が帰ってきた。イヴァンが食事をしているタイミングで帰って来た両親は驚きすぎて動かなくなった。ひとしきり父ちゃんが泣いた後、オイラはダリオとレオを両親に紹介した。

 レオは艶々の布を一巻き母ちゃんに差し出した。母ちゃんは目を見開いて一瞬固まったあと、レオの顔をまじまじと見た。


「……指導者ハボル様」


「ハボルはご先祖ですが、僕はまだまだ未熟者です。今回はスミリアン様からのご依頼で手紙を届けに参りました」


 レオが白い封筒を差し出している。母ちゃんへの手紙?スミリアン様って誰だ?父ちゃんの顔もなんだか強張ってる。カサリと母ちゃんが封筒を開けて手紙を読み始めた。すぐに母ちゃんの目が涙でいっぱいになって、ポトポトと床に涙が落ちていく。コイツらやっぱり毒に魅入られて災厄を振りまく者だったのか?


「トーマ、あんたのばあちゃんからだよ。トーマに会いたいってさ」


 二枚の手紙を父ちゃんに渡した母ちゃんがオイラに笑いかけた。ばあちゃんってなんだ?オイラの家族は父ちゃんと母ちゃんとイヴァンだけ。北の山に居る父ちゃんの母ちゃんはオイラの家族じゃないって言ってたのに?耳が尖ったオイラにばあちゃんがいるのか?


「ばあちゃんってなんだよ!なんでかあちゃんは嬉しそうなんだよ?!」


「トーマ、マリヤはマリヤの母さんを助ける為にこの村に来たんだ。お前がイヴァンを助ける事に必死なのはマリヤにそっくりだな。父ちゃんの家みたいな薄情者とは違うんだな」


 その日は父ちゃんと母ちゃんから、ゆっくりオイラの家族の事を聞いた。死んでもすぐに生まれ変わるばあちゃんの話や、遺跡の守り人をしているじいちゃんの事。父ちゃんと母ちゃんが結婚した理由も聞いた。話のほとんどはよく分からなかった。でもオイラのばあちゃんってのが、会ったこともないオイラやイヴァンの事を妖精たちに聞いてよく知ってるってのは面白いと思う。オイラも妖精にばあちゃんの事を聞けたら良いのに。

 ばあちゃんはイヴァンの事をすごく心配をしていて、イヴァンの病気を治すためにレオとダリオを此処に来させたらしい。怪しいやつ扱いして悪かった。


 次の日、父ちゃんはレオを連れて道の北側に行って、レオとダリオとオイラ達家族が遺跡に入る許可を取り付けてきた。許可が出た理由が、レオが村の東の端の魔導籠を作った人の子孫だからって。レオはそんな凄い奴だったのか!



 初めて歩く街道より北側の山は、オイラの家がある山とは違って、風が乾燥している。早朝に出て、おてんとうさまがてっぺんの手前辺りに差し掛かった所で、山から木々の姿がなくなり、白いごつごつとした歩きにくい岩場になった。そしてさらに一刻ほど歩くと石造りの立派な建物が立ち並ぶ景色が広がった。

 その建物の一つに母ちゃんが迷わずに入っていく。オイラも続いて入るとヒンヤリとした空気に思わず身震いした。狭くて暗い通路を五十歩程歩いた所で母ちゃんは立ち止まって、右側の壁をランプで照らした。


「母の手紙に、レオ君は古語や魔術言語が堪能だと書いてありました。ここの文字が読めますか?」


 壁面に刻まれた、オイラにはただの模様にしか見えない文字。それを、レオは指先でなぞりながら、まるでおとぎ話でも語るようにスラスラと読み始めた。


「魔の悪戯には毒を以て制裁を?この絵は……トーマ、この絵図鑑で見たことない?」


 レオが指さす所に書かれているのは小さな丸だ。いやよく見ると、木の実に見えなくもない。この遺跡に入ると毒に魅入られるって事は……。


「ウコチェスト?」


 それからレオは言葉を読んではオイラに隣の絵や記号が何なのかと聞き続けた。どれもこれも毒のある植物や素材の絵ばかりで、オイラには「病人は役に立たないから殺せ」っていう風に読めてしまった。


 家に戻ると、レオが毒素材ばかりを並べた木箱をオイラに差し出した。干からびたウコチェストにイピオスの黄色い蜜、シュラーの貝殻は苦しませない優しさのつもりか?オイラはレオを睨みつけた。

 レオは眉を下げて袖から一枚の紙を取り出した。オイラにも辛うじて読める文字で書かれている手紙は、息子を心配する父親が、家に残した妻に宛てた物だ。


『北の果ての渓谷に着いた…………俺の体質で君の魔力を受け継いでいるならば、チェノストの実を使った薬を与えるのが良いだろう……』


「これは僕のご先祖様の隠れ家に残っていた手紙なのですが、これを書いたのは大盗賊と呼ばれても体は普通の人間でした。そしてあて先は稀代の魔女と言われていた魔力持ちの女性です。マリヤさんとカルロさんの間に生まれた子にもこの薬は効きそうではありませんか?」


 そう言いながら、箱の中からウコチェストを持ち上げて見せた。生実の時の艶が無くなったウコチェストは竈の燃えカスみたいで、人を固まらせる猛毒の効果があるようには見えないけれど、もとは一口で死ぬ木の実だ。


「イヴァンの為の薬はお兄ちゃんが作るんだろう?あの壁の記述、魔の悪戯は過剰な魔力が体を痛める事、そのためにウコチェストの毒を使えって事だ。他の部分にはウコチェストを人に飲ませるための方法が書いてあった。『闇の苦さには光の甘さを』『水の力で大いなる休息を』」


 光の甘さでイピオスの黄色い蜜を、水の休息でシュラーの貝殻を持ち上げながらレオの青い瞳はオイラから逸らされなかった。毒を薬にするなんて、信じられないし、一歩間違えれば命を奪うものだ。だけど……


「にいちゃん、つくってよ。僕も外に出たいんだ」


 いつの間にか居間にやってきていたイヴァンの一言でオイラの覚悟は決まった。オイラは木箱を持って調合室に飛び込んだ。あの壁の絵を思い出す。きっと比率も手順もあそこに書かれていたはずだ。

 干からびたウコチェストを磨り潰して、少しづつイピオスの蜜を加える。闇に光が勝つ時……ウコチェストの二倍くらいのイピオスの蜜で真っ黒から朝焼け色に変わった!この量だ!シュラーの粉を少し入れると自然に蜜が集まって固まった!


 できた薬をイヴァンに飲ませたらその効果はすぐに表れた。


「からだが、いたくない!」


 その冬、二人は我が家で越冬することになった。深い雪に閉ざされて山を下りれなくなった事と、オイラとイヴァンにこの村以外の事を教えて欲しいと父ちゃんが頼んだからだ。

 オイラはダリオと薪を割り、イヴァンはレオから文字を習った。晴れた日には雪玉を投げ合って遊んだりもした。オイラは初めて楽しい冬を過ごせた。


 湿地にピンクの花が咲き始めた頃、オイラはダリオと狩りに出かけた。


「トーマ、これやるよ。偏屈なドワーフの爺さんの最高傑作だってさ。『武器ではなく道具として正しく使える者に渡せ』って預かってたんだ」


「えっ?そんなすごいもの?オイラに?なんで?」


「毒を薬にできて、家族を守れる男だろ?それにトーマは若いから、多分長く使ってくれるだろ?条件にピッタリだと思うんだ」


 手の中にずっしりと重たい短剣がある。鈍く光る刃先と、生のウコチェストみたいな色の握り部分。目の前に居た小型の魔動物は一突きで仕留められるし、植物もスッパリと切れる。多分すごい短剣だと思う。


「ダリオ、本当においらでいいのか?」


「トーマがいい!」


 その狩りの三日後、レオとダリオは旅立って行った。西へと下っていく馬車を、オイラたちはいつまでも見送った。


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