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『刻を超えた握手』 ~末裔たちの宝探し、僕らの先祖は盗賊と処刑人~  作者: 徳崎 文音


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第六話 狼獣人・アベルⅠ

 今日も今日とて私の仕事などない筈。そう思いながら、高く澄み渡った空を眺めている。 ひかた鳥は去りゆく夏を追いかける様に南へと向かいながら甲高い声を響かせ、月隠し鳥は黒い羽根を羽ばたかせて北へと冬を運んでいく。ちょうど頭上の空が季節の交差点となり、一年で一番賑わっている。季節が巡り、鳥たちが何度入れ替わっても、私はこうして森を眺めているのだろうか。

 代わり映えのしない景色を眺めるだけ、国境警備兵とは名ばかりの仕事。辺境伯様がお情で雇って下さった孤児の獣人に得られるのは、こういう居ても居なくても良い仕事だ。やり甲斐など感じない、妹を養う為に就いている仕事。この秋に妹を嫁に出したら、自分の為に生きている心地を求めて多少不安定な職に就くのも良いかもしれない。


 高い空で夏鳥の群れと冬鳥の群れが交差する。 先頭のやつらがぶつかりそうになるのを、ぼんやりととりとめのない事を考えながら、首が痛くなるまで見上げていた。

 鳥たちが器用にお互いを避けてすれ違っていった矢先、南の国境警備という仕事に就いて五年と八ヶ月目にして初めて森の異変を確認した。風もないのに木々が揺れ、そして消えて道が見えてきた。


 塔の下で壁の内側に注意を向けている同僚にも知らせるべく、警鐘を叩いた。初めて鳴らす警鐘の叩き加減が判らず力いっぱい叩いたせいで不意に大きく響くカーンという音に耳が痛む。


「道ができただと!?」


 耳の痛みが一瞬で去ると今度はキツネ獣人の同僚が叫んだひっくり返った声が頭に響いて顔を顰めた。頭痛に目を瞑りたくなるのを堪えて、道の果に目を凝らせば、驚きはそれで留まらない。いや道ができたら誰かが通るのは当然か。ならば国境警備兵として仕事を遂行するだけだ。


「降りるぞ!馬車が来る!」


「はっ?馬車だと?」


 目を丸くしている同僚の肩を叩いたが、眉を寄せて俺の顔を見るだけだ。道の向こうに砂埃が見えているし、馬の蹄のパカパカという音と車輪のゴトゴトという音が聞こえているから間違いないと思うが、同僚には見えていない様だ。一応砂埃の見える方向を指差すが、目を細めるばかりで動こうとしない。

 馬車の姿が見えてから降りても間に合うだろうか?そう言えば橋は下ろしているが門は閉めているから、押入られる事はないか。同僚の耳に車輪の音が確認でき、私の目に馬車の姿が捉えられた所で門の屋上から降りた。

 門扉を開け門の前の堀に架かる橋の魔法陣を確認し、一度も実施したことのないマニュアル通りに魔法陣を起動した。

 そうして待ち構えている私達の前に現れた馬車は貴人が乗るような物でも、乗り合い馬車でもなく、馭者台の後ろに大きく膨らんだ幌が見える荷馬車で、馭者台には少年と青年の間くらいの年齢の整った容姿の人間が二人だった。色合いは真逆だが。

 白い肌に金の髪で青い瞳の優しげな顔立ちの人間が橋の向こう側で馬車を降りて来た。馬車の馭者台には日に焼けた肌に黒い髪の逞しい人間が残っている。

 どうやら敵意はない様だが、どうして樹海から現れたのか。妖精の悪戯なのか、本物の人間なのか、会話はできるのか。疑問しか生まれない来訪者だ。


「私は商人見習いのレオ、馭者のダリオと共に秘境・辺境を巡りながら商売の修行をしております。樹海にあるエルフの里の長から、ここより北の集落に手紙と届け物を預かってきているのです」


 橋の向こう側、国境を越えない位置から大きな声で告げられる内容に、同僚と顔を見合わせた。橋に仕掛けた魔術に気付いてあの位置で止まったのだろう。

 樹海の中のエルフなどおとぎ話の存在ではなかっただろうか。あの人間の姿もよく見ればおとぎ話の存在と似ている。金の髪に青い瞳の将軍様。この国境壁と門を造られた開国の祖の一人であるハボル様の言い伝えられる姿だ。


「どの様な幻術を使い迷いの森を抜けたのか、門で話を聞きたい。馬車をひいてこちらへ参られよ」


 こちらからも大声で呼びかけつつ、見えるように橋の魔術を解いた。私が怪しい来訪者の話を聞いている間に同僚には上へ報告を上げてもらう。一刻ほど足止めをすれば、おそらくダニーロ様が様子を見に来てくださるだろう。


 この国は大国の権力に迫害された者たちが流れ着いて作った国だ。皇帝が代替わりする度に様々な者が流れ着いて来た為に世界で唯一の他種族国家となっている。故に国を壁で囲い、門に警備を置き、時勢を見ながら門を開いて国交を図っている。

 だが、建国以来数百年で一時期しか開かれなかったのがこの南門だ。それも建国された当初に、大将軍ハボル様のみがこの門を使われていたという記録しか残っていない。

 門を通して良いかどうかは、南部国境警備隊の隊長であり、南部辺境伯たるダニーロ様が判断する事だ。


「とても大きくて立派な門ですが、随分と閑散としていますねぇ」


 馭者兼護衛だと紹介されたダリオという黒髪の人間が門を眺めながら呟いた。迷いの樹海に接する門に人が居る方が可笑しいだろうに。


「人の来ない門の守備兵というもの閑職……」


 独り言かもしれんが、しっかり聞こえておるぞ。本人を目の前に冷や飯喰らいだと言うような商人が居るのだろうか?仮令馭者だとしても。益々不審な奴らだ。

 見張り塔の一階にある取り調べ室に案内して、奥側の席を薦める。窓はない部屋だ。ランプが壁に四つあるだけで薄暗い部屋はどう見ても歓迎している訳ではないというこちらの意思が伝わった事だろう。

 二人で顔を見合わせた後困ったように眉を下げて勧めた席に座った。事務机を一つ挟んだ対面に私が座り、彼らが逃げ出そうと思うと私に勝つしかない位置関係だ。

 この門の見張り台の下は取り調べ室だけでなく、応接室もある。使う場面が全く想定できないが、毎日掃除はしていつでも使える様にしている。


「私は国境門守備兵のアベル。改めて君たちの身分と来訪の目的を教えて貰えるか?」


「私の名はレオ。この森の南西にある国の王都の商会の次男です。家は兄が継ぐので、私は行商を生業にしようと、旅を始めました。立ち寄った村で取引をしながら旅をしているうちに、縁あって樹海に住むエルフの皆さまと交流が持てました。エルフの森にはしばらく滞在させてもらい、古い言い伝えや魔術を学ばせてもらいました。本当は森の南に出て、街道を東へ向かい小さな村を渡り歩く予定でしたが、エルフの族長殿から手紙の配達を依頼され、こちらへと伺った次第です」


 真っすぐと視線を合わせて言葉を返す金髪の青年から嘘の匂いはしない。誠実そうな佇まいで好感も持てるが、隣の黒髪褐色肌の青年はいただけない。キョロキョロと落ち着きなく部屋を見回し、顔を顰めているのだ。せめて表情を繕うくらいはできないのか。そんな彼の様子は無視して、私は金髪の彼と向き合う。


「その届け先は?」


「この国の北の渓谷にある遺跡の村に住むエルフへ。人間と暮らしている族長殿の孫娘宛です。もう八十年程音信不通だと仰っていました」


 青い瞳に金の睫毛の影が差した。整った顔立ちで物憂げな表情をされると、話を受け入れてしまいそうになるが言っている内容は到底信じられる話ではない。我が国は多種族国家ではあるがエルフが住んでいると聞いたことはない。さらに北の渓谷は険しい山に囲まれた場所でとても人が住む場所ではないはずだ。


 いや、何より確認すべきは南の樹海を通行できた理由か。


「目的は分かった。しかし君の話の通りならば、幻術の樹海を南から突っ切って来たことになるが、君たちにその様な力が有るようには見えない」


「レオの交渉術で妖精とエルフの協力を得たのです。所で、アベル殿の家系も我が家と同じく閑職家系なのですか?知識も観察力もあるし、きっと体術も優れているのに、この様な閑職に就けるとは素晴らしいですね」


 私の言葉に黒髪褐色肌の青年がズイっと身を乗り出した。鳶色の目を輝かせて流れる様に私を侮辱した。ニコニコと述べられた言葉をもう一度かみ砕いてみるがやはり侮辱されている。目が険しくなっても仕方のない事であろう。


「君、さっきも聞こえていたが、この状況でよく私の事を侮辱できるものだな?というか、言動に商人らしさが全くないが、本当に商人なのか?商人などと言いながらどこぞの国の回し者ではないのか?」


「アベル殿、申し訳ありません。コイツの家は少々特殊な事情でして、閑職という言葉に侮辱の意図はないのです」


 ゴンという鈍い音が響いた後、金髪の青年が慌てたように謝罪と言い訳を述べた。金髪の青年は隣で自分の脛を抱えて悶絶する黒髪の青年を鋭く睨みつけたあと、私の方へ眉を下げた申し訳なさそうな表情を向けた。嘘の匂いはしないが、言っている意味がわからない。そもそも「閑職」が褒め言葉になる特殊な事情とはなんだ?閑職に見せかけ、油断させる必要のある職務を引き継ぐ家系なのか?


「特殊な事情とは?どこぞの王家の諜報部隊の家系なのか?」


「えぇ?なんでそうなるんです?そんな面倒な職務に就けられたら、病気引退か不慮の事故ですよ!」


「ダリオ、少し黙って!!君が喋れば喋るほどややこしくなる。このままスパイ容疑で牢屋に入りたいなら任せるけど?」


「うえっ?!……レオに任せます」


 金髪の青年が思いのほか冷たい声音で告げると、黒髪の青年は目を丸めて口を噤んだ。その驚き方は、スパイ容疑をかけられているのが不思議で仕方ないといった雰囲気だ。それにしても、この二人は一体どんな関係なのだ?金髪の青年から嘘の匂いはしないが、商人と馭者と言うには不自然すぎる。


「アベル殿、私から説明させて頂いても宜しいですか?」


「……よかろう。君が代表者の商人なら、初めからそうすべきだ。横で馭者が騒ぐのは感心しないな」


「ありがとうございます。ここにいるダリオはウヴァーラ帝国の子爵家の次男です。彼の家の家訓と言うのが、『目立たず、出世せず、財をなさず』を家訓とすることで家を維持してきた家なのです」


 まず一言目から何を言っているのか理解ができなかった。孤児である自分が望んでも得られない身分を持ち、目指せるのならばどんな努力も厭わない地位や財を要らぬというのか。真っすぐに見つめる青い瞳に続きを促せば更に理解できない話が続いた。


 黒髪の青年の家系はかつて大きな権力争いに巻き込まれた反省から、「無能であること」を処世術として磨き上げてきたのだという。有能であれば利用され、目立てば消される。だからこそ、彼らは代々、全力で目立たず存在感を消すための努力を続けてきたのだと。 私の常識では考えられないことだった。

 私にとって、「閑職」とは、己を無価値だ無能だと示す言葉だ。いつだって私の存在意義を否定する刃だった。


 ちらりと黒髪の青年の顔を見れば、首を傾げて瞬きを繰り返している。語られている内容を当然の事として受け止めている表情だ。視線が合えばまた鳶色の瞳を輝かせる。その瞳には、かつて私を嘲笑った連中のような陰湿な色は欠片もなく、羨望の色が見える。

 目の前の黒髪の男は本当に 「仕事がない閑職に就いているなんて、なんと素晴らしい成功者なんだ」と思っているらしい。あまりの価値観の相違に、眩暈がしそうになる


 自分の感情はひとまず置いて、二人の関係や旅の理由を尋ねていく。どの話も信じられないが、金髪の青年から嘘の匂いがする事は一切なかった。あまりの訳の分からなさに疲れてきたころ、馬の蹄の音が聞こえてきた。ダニーロ様が着かれたのだろう。


「行商人として旅をしているという事は、この町でも何かを売るつもりなのか?」


「はい。この町では少しはお金が得られると良いのですが……ここまではずっと物々交換でして、本当にこの先の旅路が不安になっています」


「妹の婚礼衣装に布を買いたいのだが、布は積んでいるか?」


 門外に連れ出し、ダニーロ様に観察していただく為にの口実に尋ねると、二人揃って目を丸めた。顔を見合わせて何やらアイコンタクトをした後、金髪の青年はニッコリと人好きのする笑みを浮かべた。


「布は沢山積んでおります。初めてお会いしたのも何かのご縁。多少の融通はさせていただきましょう」


「ではぜひ見せてもらいたい。しかしあまり高いものは買えないのだが」


 私が立ち上がっても不思議そうに見上げて目を瞬かせる二人に部屋を出て付いてくる様に告げ、取調室の扉を開いた。石造りの廊下にゆっくりと足音を響かせながら門へと向かう。これくらいの音を立てれば、今日の相方にもダニーロ様にも私たちの動きが伝わるだろう。


「私どもにとっては、アベル殿が身につけている革の方が貴重品に思えます。革との交換ではいかがでしょう」


 関所部分の広場までもう十歩もない所で金髪の青年が発した言葉が、廊下に響いた。石造りの通路に反響した声は、待ち構えているダニーロ様の耳にも届いただろうか。

 私が身に着けているのは、成人した時に狩ったボアの革で作った防具代わりのベストとズボンだ。着古しているし珍しくもない革を貴重品と言ってくれたのは彼なりの気遣いだろう。この言葉から彼らの人柄が伝われば良い。


 広場に着いて向かい側の通路に目を凝らせばダニーロ様と、今日の相方である狐獣人がこちらを見ているのが確認できた。姿を見せずに様子を観察するおつもりらしい。

 二人に荷馬車の幌を取って積み荷を説明するように求めると、見たこともない植物や、信じられないほど滑らかな艶のある布が沢山積まれていた。


「妹さんの婚礼衣装にこちらの布はいかがですか?先ほど言った通り、お代はアベル殿の身に着けている服の革と交換で問題ありませんので」


 考える風を装って、通路に目を凝らせばダニーロ様が頷き、右肩を払う仕草をされた。監視下で滞在させよという合図だ。


「革そのものなど持っていないので、休みの日に狩りに行ってくる。それまで街で待っていてくれるか?」


「狩りに付いて行かせてくれたら、布の材料と織り機もつけるよ」


「材料と織り機となると、私では扱いきれん。上に話を通す事になる」


 そうは言いつつダニーロ様をちらりと見れば頷かれた。ダニーロ様は彼らとの取引に利を見出されたようだ。この後は客人として遇していこう。


 二人と三日後に狩りに行く事を告げた上で、宿屋への紹介状をしたため渡した。三日後までは荷を売りさばくことは控えてもらうように伝えたが、果たして守ってくれるだろうか。二人を門から送り出し、形式上の領主へ報告の文書を書きながら城塞を建築した偉人の事を思い出す。寝物語に語られる偉人も金髪に青い瞳だったか。


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