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『刻を超えた握手』 ~末裔たちの宝探し、僕らの先祖は盗賊と処刑人~  作者: 徳崎 文音


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第五話 エルフ・テレジアⅡ

「テレジアさん、滞在費代わりの品物ですが、何が良いですか?今、荷の中にあるのは、食べ物、布、貴重な薬草、鉱石と少量の植物の種子ですが」


 家の前に着いて、黒髪の少年が馬を近くの小さな木につないでいる間に、金髪の少年が荷馬車の幌を開けて、荷物を見せた。荷物は雑然と積まれていて、滞在費としての適切な品物を選ぶことは難しそうだ。


「里の皆に役立つ物が嬉しい。薬草はありがたいが里に居る者が扱った事のある種類でないと無駄にしてしまう。植物の種子も森の環境との相性という問題がある。布では里の皆には行き届かないだろう?鉱石などは森では何の役にも立たないな」


「この里は、夏の暑さと冬の寒さはどちらが厳しいですか?」


「夏の暑さだな。冬にさほど冷え込まない代わりに夏が蒸し暑くて大変だ」


「では、植物の種子を差し上げ、育て方と使用方法の知識をお伝えするのはいかがでしょう?使用方法については、既に加工した物をいくつか差し上げます」


 荷車の上に上った少年は、こぶし大の布袋と細い枝のような束を持ち上げて見せた。何の変哲もない枝に見えるが、今の会話の流れなら暑さ対策に役立つ物なのだろう。ただ、初めて来た少年に、森の気候が分かっているとは思えない。この森はかなり特殊な植生なのだ。


「その種はこの森でも育つと?」


「妖精の力を借りられれば確実に。そうでなくても育つとは思います」


 提供されたのはごく小さな種子であった。枝に見えていた束はその種が成長した後の草の茎で、筒状の非常に丈夫な繊維だという。


 翌朝には金髪の少年が随分と器用にその草の茎で帽子を編んでくれた。日差しが厳しい時に被ればかなり涼しく感じられる帽子だと言う。それとこの草の茎で作った敷物もくれた。大きさは然程ではないが厚みがあり、寝床にするに良いものだと言う。

 外出の用意をして、渡された帽子を被ってみた。軽くて枝に上がる支障になることはなさそうだ。今日一日で彼らが里にもたらす利を見極めねばならない。種の方についても話を聞こう。


「それで、これをどこに植えてどのように世話をするのがよいのだ?」


「里の東側に有る川の近くに植えると宜しいでしょう。育つのに多くの水を必要としますので。それと植え方次第ですが多少の大水までは氾濫をせき止める役目もできるかと」


 これは、昨年の川の氾濫について妖精が話したのか?それとも森に入ってから里に来るまでの川の周囲を見たのかどちらだ?どちらにせよ言葉が全て真実ならば、善なるものに思える。


「なかなか有益な物を提案し我らの里へ齎してくれるつもりに見える。だがどうしてそこまでする?」


「必要な人に必要な物を届けるのが商人だと父に習いました。家を出た身ではありますが、先達の教えに背くつもりはないのです。それにおそらくこの里にも私のご先祖ハボルは関わっていると思いましたから」


 妖精の信頼もある、誠実な人間に見える。そして提供されたのは初めて育てる植物だ。作付けくらいまでを手伝って欲しくもある。スミリアン様の話を聞く時間としてもう少し滞在してもらうのが良いだろう。部屋の隅でこっそり様子を伺っている妖精に目配せをして、里の皆へ知らせてもらい、長老の家へ二人を連れて行くことにした。


 スミリアン様は今日も窓際のロッキングチェアに揺られていた。ゆるりと振り向いた顔には薄く化粧がされており、私が見たことのない精緻な刺繍の施された青いワンピースを纏っておられた。私の頭に目を止めて、ふっと笑われる。


「テレジアの事も物で懐柔するとは、若いのにやるねぇ」


「スミリアン様、私が二人を連れてきたのは私が懐柔されたのではなく、里の為になる提案を二人がしてくれたからです」


 ポンと金髪少年の背中を叩くと、彼は実に美しい仕草でスミリアン様の足元に跪き、恭しく手を取って挨拶の口上を述べた。恐らく彼らの国の礼儀作法でとても敬っている気持ちは伝わってくるが、どの様に答えるものなのかさっぱり分からない。しかしスミリアン様は、懐かしそうに目を細めると、淀みなく返答の口上を述べられた。

 場所をダイニングに移すと二人に手ずからお茶を淹れ、二人からここへ来た経緯やあの作物の話を聞き出された。


「では、レオ君がわれらの指導者ハボル様の末裔なんだね?それでハボル様の残された魔法の解読をしていると?」


 金髪の少年はコクリと頷き、ハボル様の残した魔術の資料だという布を広げて見せた。スミリアン様はパチパチと瞬きをしながらその布を覗き込んだ。見せられた魔術資料をゆっくりと指先で優しく撫でていく。ふっと口元が笑み緩んで、目尻の皺に懐かしさが浮かんだ。


「……ああ、この几帳面な文字。エマ様の癖がそのまま残っているねぇ」


「エマ……様?」


 金髪の少年が聞き返すと、スミリアン様は窓の外の遠い空を見つめた。


「魔法の話も良いが、ハボル様がどんな人物だったかを知りたくはないかい?」


「知りたいです!」


 金髪の少年に対する問いかけに勢いよく返事をしたのは黒髪の少年だった。その大きな声に金髪の少年も驚いている。


「君は、随分熱心な歴史研究家なんだね?」


 スミリアン様の穏やかな問いに、ダリオは膝の上で拳を握りしめ、絞り出すように言った。


「僕の親戚のご先祖は処刑執行人でした。そのご先祖の日記に大盗賊ハボルとその仲間の処刑に関する事が記されているのですが、命を散らす瞬間の様子が皆とても悪人には思えなかったと書かれているのです。僕はその日記の言葉を信じたいし、真実を知りたいです」


 黒髪の少年は真っすぐにスミリアン様を見つめて言い切った。日記という文字でしか得られない情報に対してどうしてそんなに信頼を寄せられるのか、私には信じられないがスミリアン様は優しい眼差しで頷かれた。


「そうだろうねぇ。彼らは儂の弟子で、多くの貧しい者たちにとっては偉大な指導者であり救世主だったよ」


 語られたのは、エルフが奴隷として扱われていた暗黒の時代。そして、禁術を作り出した罪で『魔女』とされた女性エマと、彼女を守り抜いたハボルの物語だった。


「レオ君がハボル様の子孫なら、魔女様の子孫でもあるね」


 驚きに目を見張る黒髪の少年と、表情の硬くなっていく金髪の少年とは対照的にスミリアン様は懐かしそうに遠くを見つめ穏やかに語られている。


「スミリアン様、まるで見たような話しぶりではありませんか」


 スミリアン様は私の方を向いてニッと悪戯っぽく笑い、とび色の瞳を輝かせた。ふふっと上品に笑っているのにどこか仄暗い雰囲気を感じる。


「そりゃあ見たもの。儂は、魔女様の実験材料として儂の魂を差し出し、一族の保護をハボル様に頼んだのだから」


 金髪の少年がヒュッと息を飲んだ。彼の視線はスミリアン様ではなく手元の布に落とされている。そこに書かれた魔術は魂をどうこうする危険な物なのか?それは禁忌の魔法なのではないのか。


「この里を作ったのはハボル様と魔女様さ。儂の魂は魔女様の魔法によって永遠に引き継がれるのだよ。今の肉体は百歳だが、最初の肉体は八十年で事故に遭って失っている。今の肉体の限界が来た時には息子の肉体に魂が入る事になっている。そうして儂は『時が満ちる』のを待ち続けているのだよ」


 初めて聞く話に私も唖然としてしまう。少年二人も黙り込んでしまった。


「私たちはこの隠れ里で人と関わりなく暮らしていたから、何がどうなってハボル様が大盗賊なんて呼ばれる様になったのかは知らない。私たちには偉大な指導者で保護者であった。優しい人だったよ」


 スミリアン様は一度言葉を切ると、冷めてしまった茶器を下げ、慣れた手つきで新しいお茶を淹れ直した。カチャリカリャリと茶器の音だけが響く間、私も彼らも言葉が出なかった。すいっと差し出されたカップには青いお茶が揺れている。立ち上る湯気は、どこか懐かしく、同時に背筋が伸びるような静かな香りがした。ハッと息をのむ音に視線を上げると少年二人が目を丸くしている。


「テインのお茶だよ。シルビオという商人が君たちと同じようにハボル様の事を知りたいと来た時に持ってきた物だよ。君のご先祖なのだろう?同じ誠実な目をしているね」


 スミリアン様が黒髪の少年に優しく笑いかけた。黒髪の少年はキュッと口を結んで、カップの中を見つめている。


「君たちがその魔術を解明しハボル様の真実を知りたいのなら、北へ向かいうと良い。国境を超えた向こう側の更に北の山奥に遺跡に暮らす同胞が居る。その遺跡は私達が街暮らしをしていた頃の遺跡で、魔女様は魔法を発明する時に何か参考になさっていた様だし、そこに住む者は誰よりも魔術の造詣が深い。北へ向かうのなら国境までは森が導く様にしておくよ?」


 スミリアン様から同胞たちへ説明され、彼らは夏の終わりまで里に滞在する事となった。私は黒髪の少年と共に里の東側へ行き、あの草の植え付けや世話を習う日々を過ごした。金髪の少年はスミリアン様の所へ通い、ハボル様と魔女様の話を聞く日々を送っている。

 夏の盛りを迎えるころ、あの草は私の腰ほどの高さまで成長した。気候の違いか機嫌よく飛び回る妖精たちの力なのか、少年たちの想像を超えた速さで草は成長した。今日は一部を刈り取って、皆で帽子を編んでいる。帽子を編む作業には金髪の少年とスミリアン様も参加されている。


「レオ君は商人だと言ったね?この里では何か仕入れはできたのかい?」


 視線は金髪の少年に向けつつも、手は一切止めずにスミリアン様が尋ねられた。迷いなく手を動かされる様子は、この帽子の作り方を知っている様で、ハボル様と交流のあった魂の記憶を見せつけられているようだ。


「仕入れをする元手も心許ないですし、それにエルフの里の物を外に持ち出すのも良くはないでしょう?」


「北の国境の街。あの町の西側にもこの森と植生のよく似た森があるんだ。もしかしたら彼らも使っているかもしれないけれど、そうじゃないかもしれない。とある植物の根を織った布とその布を織る為に必要な機械を仕入れて行かないかい?」


「皆さんが纏っている光沢のある美しい布ですね?里の外で作られ里の外で当たり前になる事で、目線を逸らしたいと?……その対価は何をお求めですか?」


「手紙を一通配達してほしい。その配達費用として布と技術を預けるよ」


 彼らの会話を聞いていたのは私だけではなかった。気付くと機織り自慢の女性たちが手に手に布を持ってスミリアン様の周りに集まっている。金髪の少年が仕入れると明言をしないうちに集まった布に目を丸めた。スミリアン様は口元に力を入れて笑いを堪えている。


「確かに他では見ない美しい布ですね。技術はスミリアン様の手紙の配達を対価として、布は荷車にある物で相応の価格の物と交換しましょう」


 翌日には里の中心であるネムの木の下に市が立った。金髪の少年が持っていた荷を広げたのだ。初めは布と交換するだけだったが、男たちの不満により保存食でも荷と交換してくれる事となった。私もとっておきの干し肉を持って並ぶ。彼らが去ったあと、妖精たちのご機嫌取りに使えそうな宝石をいくつか譲ってもらった。


 彼らの旅立ちの日は妖精も同胞も里に居る皆が涙を流した。彼らは季節一つほどの滞在で我らの仲間となったのだ。もしかしたら、他の人間とも仲間になれる時が来ているのかもしれない。彼らが『時が満ちた』と報告しに来てくれる事を信じて待とう。

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